表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第三章 極光の夢
99/104

第32話 夢の終わり 第3位

 ――人は老いるからこそ、朽ちるからこそ、美しい。幸福は消えるからこそであろう?


 ロンディアナ・ベルディック。始まりの精霊騎士第3位。最も長く戦い続けた男。


 全てが終わった後に精霊の世界を巡り、人の世界を巡り、ありとあらゆる者を救い、ありとあらゆる場所で騎士を育て、そして、心の底から笑って死んだ男。


 精霊の世界における騎士の伝説は全て彼が創った。


 だから、そこに立つその男に、何一つ曇るところはない。


「ジーク……残るは我らだけだ。どうだ? 人は強かろう?」


「馬鹿言うなよ。先祖返りしかかってるやつもいっぱいいるじゃねぇか。強いのは精霊だよ精霊」


 禍々しい鞘に収まった剣を地面に突き立て、ロンディアナは微笑みながら隣に立つ黄金の翼を持った男と談笑していた。目の前で倒されていく嘗ての仲間――仲間の記憶――それを肴に、二人はどこから取り出したのか酒を飲む。


「しっかし老けたなぁ。俺と別れた時は、もっと皺が少なかったんじゃねぇの? なぁロンド」


「そういうな。ふふふ……これもまた、人の美しさと言うやつぞ」


「えぇ? でもさぁ……そんなことばっか言ってたお前が、完全に汚染されて精霊になっちまうって、どうなの? まぁ、いいけどさぁ」


 酒瓶を傾け、黄金の翼を持った男は一気に酒を飲みほした。それを転がし、隣に立つロンディアナに対してどうだという顔をする。


 彼らは、幼少の頃からの親友であって、共に剣を磨き合った仲だった。


「あー……こうやってるけどさぁ。俺達中身ないんだよなぁ。不思議だよな。人格も、心も、違いは無いのにな」


「そうであるな。我も死した時のあの達成感。まだ残っておるわ」


「へへへ、ま、いいか。さぁて、それじゃどうする? 俺が残りやるか? それともお前がやるか?」


「うむ、では我が半分やろう。残りはくれてやる、ぞ」


「ええ? いやいいけどさぁ。半分ってお前、全部やれよなぁ。向こうも数人だぞぉ?」


「精霊様は最強なのであろう? その力、みたいではないか。なぁ精霊の王、ジークよ」


「わぁったよ元人間様。半人間のくせに精霊を煽んなっての」


「くくく、いや、楽しくてな。若かりし頃を思い出してしまった」


「そーかい? それじゃ、まぁ、俺あっちな。お前あそこの女騎士くれてやるよ。俺女は斬らねぇんだ」


「よく言う。国民を虐殺した王が」


「へへへ、言うなって。まぁ若気のあれだな。じゃあなロンド」


 黄金の翼を広げて、黄金の翼は空へと飛び上がっていった。禍々しい剣を地面から取り、ロンディアナはそれを肩に担ぐ。


 笑いながら、顔を向ける先にはロンディアナと同じ黄金の髪を持つ女。彼の孫娘であるシエラルド・ベルディック。その顔は驚きで包まれていた。


「まさか、そんな、お爺様……こ、こんな、世界を消さんとする魔王の、仲間だったなんて一言も……!」


「まぁ、言う必要もなかったから、な。シエラルド。お前だけか? ランディルトはいないか?」


「父上は……精霊の国で、弱者のために、飛び回っています。お爺様が残した騎士団を使って……」


「そうか、くくく、いい。いいぞ。それでいい。では来るがいいシエラルド。最初に言っておくが、我はお前を斬る気はない。故に、たっぷりと、全力で、命の心配をせずにかかってくるがいい」


「そんな……私は、どうすれば……せっかくもう一度会えたのに……」


「愛しき孫娘よ。我もできれば語り合いたい、だができぬ。我はあくまでもアークの使徒であって、お前の祖父ではないのだからな」


「あ、そんな、声も、仕草も、何もかも同じ……なのに。先生、私は……お爺様に剣を……」


「くくく、心配はいらぬシエラルド。ただ鍛錬と思って、その剣を見せるがいい。お前が動けなくなるまで相手をしてやろう。お前だけは殺さずに、全てを終わらせてやろう」


「う、うう……」


 シエラは自分の剣を抜こうともせず、ただただたじろいでいた。頭ではわかっていた。こうなれば言われた通り、やるしかないのだと。だがロンディアナは彼女を育てた男なのだ。


 親しき祖父、それに剣を向けるなど、彼女はできなかった。


「シエラ、譲ってくれないか?」


 立ち竦む彼女の肩に、手が置かれる。シエラは振り向く。そこには長い黒髪をなびかせ、鋭い眼をした女騎士。精霊騎士第2位、ユークリッド・ファム・セブティリアンがいた。


 ユークリッドは真っ直ぐにロンディアナを見て、その表情をより強張らせる。


「ユークリッド……悪いことはいわない。殺されるぞ。先生を待った方が……」


「いや、兄さんに任せてばかりはいられない。私がやる。シエラ、いいだろ? 友人として、譲ってくれないか?」


「……わかった」


 一歩引く、シエラに変わって、ユークリッドはその曲剣……母より預かった刀を抜き、ロンディアナの前に立つ。


 風が吹く、舞い上がるユークリッドの長髪とロンディアナの長髪。黒と金。


「探したぞ。いると思った。どこかにいると思った」


「誰かと思えば、先祖返りして精霊と化した娘ではないか。久しいな。腹の傷は治ったか? くくく」


「私は、お前に負けた。お前にだけ、負けた。一度も負けたことが無いと、人は言う。嘘だ。私はお前に負けた」


「ふむ……執念か。面白い。人らしいではないか。それで、血の呪いにより精霊に身を落とし、さらに神種の力を分け与えられ、人としての考えうる限り全ての進化を経験したお前が、願うことは我の敗北、か?」


「そうだ。そう言われたくないから隠し続けてきた。そうだ、この力は、私の力ではないのかもしれない。一度も負けてないという嘘を、今日、本当にする。あなたを倒して兄に追いつく」


「くくく、いいだろう。シエラ、見ているがいい。この女こそが、あるいはお前の行き着く果てかもしれん」


 ロンディアナは禍々しい鞘より黒い剣を引き抜いた。黒い、黒い剣。


 ユークリッドは刀を胸の前で構える。それは自分が使い続けていた曲剣とは違い、重く、幅の広い剣。世界最古の神種であるマリィメアが手に入れた、世界最古の製法で打たれた剣。


 その重さを感じながら、ユークリッドは剣を右へと振り下ろし、そして――跳んだ。一足で前へ。


 遅れて音が付いてくるほどの速さ。振り下ろされる刀。にやつくロンディアナの顔が一瞬凍った。


 ぶつかる黒い剣と、刀。それは受け止めるというよりも打ちあうようで。超高速で二人は剣を振り合う。


 火花、音、火花、そして音。もはや何かが通ったということにしか二人以外は見えないだろう。それほど速く二人は剣を打ちあう。


「ほぅ」


 ロンディアナから声が漏れる。彼の剣技は流、流すことに関しては歴史上最もうまい人物だろう。そのロンディアナが、剣を打ちあっている。


 そのことが、シエラにも信じられなかった。


「おおおおお!」


 ユークリッドの雄叫びが周囲に響き渡る。彼女の剣はさらに速く、一刀ごとに速く、次第にロンディアナの足はじりじりと下がりだしていた。


「見事、間違いなく、私よりもお前が速い」


「逃がすか!」


 空に現れる無数の剣、それは全て、ロンディアナの背に向かって飛んでいく。


 水の刃。空気中の水分を核に、上級の精霊の石でそれを増やし、そして固めて飛ばす。ルクメリア騎士団において誰も真似のできない技術。


 それをロンディアナは、地面を這うかのように身体をかがめて躱した。勢い余って水の剣はユークリッドの胸元に迫る。


 水の剣は、彼女の身体に触れる前に水となった。その水は、張り付くかのようにユークリッドの身体を覆う。


 飛びのくロンディアナを追って、ユークリッドは踏み込む。水を弾きながら。


 弾かれた水は鎧に、駆け寄る彼女の身体は鎧に覆われていく。あっという間にそれは全身を覆い、背には二股に分かれた深紅のマントが開く。鎧化、青い鎧の騎士。


 さらに、ユークリッドは速くなった。鎧の力で身体能力が底上げされたのだ。その踏み込みはもはや眼に映るものではなく。


 ロンディアナは口角を上げた。そして笑う。声を出さずに、笑った。


 横に払われる青い刀身となったユークリッドの刀。それは水をまとい、まるで蜃気楼のようにぶれながらロンディアナに襲い掛かる。


 黒い剣が光った。黒い剣は黒い光を放って、迫りくる青い刀の腹を抑えるようにして軸をずらす。


 ロンディアナは身体をひねって剣を下から上へと振り上げた。姿勢を崩したユークリッドに、それは襲い掛かる。


 直接受け止めることはできない。咄嗟に彼女はそう判断した。足を広げて、彼女はロンディアナの肩を掴む。肩を掴まれては満足に剣を振ることなどできない。振りあげられようとしていた黒い剣は、ブレーキがかかったかのように空中で止まった。


 足、足蹴にされる。ユークリッドは蹴り飛ばされ、宙を舞った後、近くにあった石像に身体を打ち付けた。


「見事、俺も、ここまでできるやつと戦ったのは、久しぶりだ。いいな、いいぞ。やはり剣は、競ってこそだ」


 口調が違う。ロンディアナの口調が、雰囲気も、気が付けば、顔も違う。若返っている。どういう仕組みかはユークリッドにはわからない。ロンディアナはいつの間にか若返っていた。


 その姿は、彼の全盛期の姿。一番剣が強かった時の姿。


「次はこれだ。お前の兄は、これを叩き壊した。真正面からだ、あの時は、いや、楽しかったな。さぁお前はできるか? やってみろ」


 ロンディアナはそういうと、剣を天高く掲げた。ロンディアナの身体が宙に浮く。光が彼を覆う。


 それをユークリッドは知っている。それをシエラは知らない。


 光は大きく、大きくなっていく。鎧化したヘルム越しでも眼を開けていられないほどに。


 ユークリッドは眼を細めて、飛びのいた。


 ユークリッドがいた場所を巨大な足が踏み砕く。ロンディアナは巨大な巨大な鎧をまとった。


 光の巨人。嘗て、ルクメリア騎士団の過半数を焼いた巨人。それがユークリッドの前に立っていた。


「さぁやってみろ! 俺の、これが俺の力だ! 1000年粘った力ぁ! 超えて見せろ人間!」


 動き出す。その動きは緩慢で。光の巨人はゆっくりと動き出した。


 見ていた、シエラは見ていた。圧倒的な光の巨人。その足に、無数の剣が突き刺さるのを。


 それを足場として、ユークリッドは駆け上る。光の巨人を駆けのぼる。光に剣、刺さるや否や足蹴にして、彼女はポンポンと登っていく。


 嘗て、一撃の下に動きを止め、光の巨人に対し何もできなかった頃の彼女ではない。


 巨人の太ももまで登った時、爆風と共に、巨人の手が彼女を払い落さんと迫ってきた。


 突き刺した剣を強く蹴って、ユークリッドは空高く舞う。そして巨人の手を寸前で躱す。


 その腕が戻る時に彼女は持っていた刀を手に突き刺した。光の巨人の腕は上へ、上へと戻り、ユークリッドの身体もまた、上へと持っていかれた。


 頂点で、彼女は腕から剣を引き抜く。光の巨人の指から光の束が放たれる。それは全て、ユークリッドを落とさんがために。剣を出し、空中を駆けるようにして、彼女はその光を躱していく。


 それは――何度も、何度も、練習した動き。ロンディアナに敗れてから数年、ユークリッドの目標は常にロンディアナ。光の巨人。


 最初から勝ち目などは無かったのだ。光の巨人となったら敗北は必至。故に、ロンディアナはこの状態では何もできない。


 気づいた時には、すでにユークリッドは光の巨人の頭の上に。大量の剣とと共に、彼女は落ちてくる。


 緩慢な動きの巨人ではそれを捕らえることはできない。ユークリッドよりも先に、無数の剣が巨人の頭頂部に突き刺さった。


「さぁ、お前の兄も剣では砕けなかった。どうする? 何ができる? さぁ……やってみろ」


 遅れてユークリッドが巨人の頭に刀を突きさす。刀の先、切っ先がほんの少し沈んで、それは止まる。


「やってみろと言うのなら――」


 ユークリッドの鎧が解ける。鎧に使っていた水も、剣の核に。嘗てないほどの数の剣が、彼女のすぐ上にできていた。


「言ってやろう。やってやると、私は、お前に勝つ! 二度は負けない! セブティリアンの者は、二度負けない!」


 螺旋、その空にあった剣は、螺旋を描いていた。ユークリッドの突き刺した刀を中心に、刃は並び、青い螺旋となる。


 そして回る。螺旋は回る。その回転は、一回転ごとに加速し、甲高い音を発しながら下へ、下へと進む。


 掘る。螺旋となった剣の渦は巨人の頭を掘る。すさまじい音を放って。掘って、そして進む。ガリガリと、進んでいく。


 ロンディアナはその削れ行く頭の下で、静かに微笑んでいた。


「俺は、頭を使うのが得意だって言ったけどさ。これはちょっと違うぞ。ははは」 


 掘って、そして、掘り抜いて。急にユークリッドの手への抵抗が無くなった。螺旋を描いていた刃の海はそこで止まり、一気に広がって穴を大きくする。


 ユークリッドは迫る。ロンディアナの下へ、大上段に刀を構えて。


 それを、ロンディアナは腕を広げて迎え入れた。一気に食い込むユークリッドの刀。勢いのままに、ロンディアナの身体を肩から斜めに、分断した。


 飛び散る赤と金の血、砕ける光の巨人。ロンディアナは若かりし頃のその顔で、ただ笑っていた。


「見事、いやぁやるじゃないか。うん、まぁ、潮時だな。俺も、アークも」


「ベルディック卿、もしそのまま鎧化をしていたら……あのまま打ちあっていたら、わかりませんでしたよ」


「君の兄にもそう言われたなぁ。でも、ま、もう一度言うが、それじゃ、駄目なんだよ。俺は、騎士をやめた男だから、騎士として勝つなんて、だめだろ」


「ふ……ああ、あなたは、どこまでも、騎士なんですね」


「違うって言ってるだろ。ははは……ああ、シエラルド、あいつは、俺の宝だ。少しでも、元気な顔を見れて、よかった、よかったな。ははは」


 巨人と共に、ロンディアナは消えた。空高くに頬りだされたユークリッドは、落ちながら彼のことを思う。


 勝ったことを喜ぶよりも前に、彼女が思ったのは、その意志。彼女が会った中で、ロンディアナが一番意志が強かった。


 いつの間にかユークリッドは彼を尊敬していた。それは、嘗て彼女の兄が味わった感情。ある意味で、彼女は兄に追いついたのだ。


 ――もういいと言えることもまた、強さ。お前は、強い、はずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ