第24話 夢の終わり 第12位
――その言葉はあまりにも非現実的だけど、あいつが言うならきっとできるんだろう。
ゲンヴァ・イルバージュ。始まりの精霊騎士第12位。彼は小柄で、小さな盗みをして生きてきた。
毎日毎日、手を伸ばせばモノを取る。腕を切り落とされそうになったのは一度や二度ではない。
彼は弱い。騎士として名を馳せた仲間たちと比べることすらできないほど、小心者で、弱者で、時には仲間を見捨てることすらする男。
彼はいつも逃げていた。逃げて逃げて、逃げ延びた先で盗んだ食べ物を口に入れる。それだけで十年、彼はそれだけで生きていた。
秩序などない世界の中で、それだけをして生きてきた。ある村に流れ着いた時も、当たり前のようにモノを盗んだ。
盗ったのは緑色の石。小さな小さな緑色の石。あまりにも小さくて、売ることもできない程の小さな石。でも彼は、それが美しいと思った。
十歳ほどの少年だった彼は、その石でコロコロと遊んだ。歳の割には大人びていた彼も、その石を見てるときだけは何故か心が落ち着くのを感じていたのだ。
石は魂結晶、精霊の石と呼ばれることになるそれは、精霊の魂の結晶。友も、家族もいない寂しい少年の心を慰めたのは、名も知らない精霊の生きた証だったのは必然だったのだろうか。
それは握れば光る。自分の意志に反応して、光るだけで、どうということはない。だがその光があまりにも優しくて、彼は日がな一日それを触り続けた。
持ち主が現れた。その石の持ち主が。当然、取り上げられる。これは俺の家族だと、その持ち主は言った。
返して欲しかった。いや、盗ったものだから返してと言うのはおかしいかもしれないが、だが少年は返して欲しかった。必死で訴えた。それを返せと。
持ち主は、しばらくその石を触って光らせたあと、なら盗みはやめてうちで働けと言った。返して欲しかったから、少年はその言葉に従った。
数年の時が流れた。彼の首には緑の石が輝いている。あの日から少年を引き取ったその石の持ち主は、別の石を使って様々なことを試していた。
火を強くする。赤い石ならできる。
光を放つ。白い石ならできる。
水を固める。青い石ならできる。
しっかりと固めると、それは鎧になる。どんな石でもできる。
精霊には力があるのだと、彼らはその時知った。そしてそれを使って、彼らは強くなっていった。精霊の力は、人を強くする。彼と、彼を引き取った男、ゲンヴァとアークトッシュは、村の仲間たちと共に、どんどん技を磨いていった。
そしてある日、アークトッシュはその暴力しかない世界を弱者でも幸せになれる世界に変えてやると宣言した。ゲンヴァとその仲間たちはその言葉に触発されて、皆希望を胸に旅に出る。世界を救う旅に。
――いつからだろうか、世界を救うという目的が、世界を創るという目的になったのは。
元々盗人であるゲンヴァと、剣士だったアークトッシュたちの間には大きな大きな差があったが、それでも彼は食いついた。食いついて食いついて。旅についていった。
だが限界は来る。彼らの強さに、世界が追いついた時、末端の彼から死ぬのだ。それは必然。
剣だけなら彼らの中で最強だったジークフレッドをしても、ゲンヴァを守ることはできなかった。
夢の終わりを見ることなく、始まりの精霊騎士の中で一番最初に死んだ男は、ある意味幸運だったのだろうか。
「ひぃ、おっかねぇ! こんなに魂結晶使える奴増えたの? 俺みたいなカスにこんなんどうしろってんだおい!」
その小柄な男は両手に小さな短剣を持ち、必死で石造の陰に隠れて腰を落としていた。周りは荒野、所々石像と墓標が建ち並び、そして剣がぶつかる音が鳴り響く。
最後の戦場、神域最後の二つが入り混じった空間で、始まりの精霊騎士たちは力をみせる。ルクメリアが騎士たちはそれに押されて一人、また一人と倒れていった。
ゲンヴァはそれを物陰からみる。彼は確かに始まりの精霊騎士の姿なのだが、本質はゲンヴァの記憶を持つ使徒なのだ。正確には、アークトッシュが記録した星の記憶の中にあるゲンヴァの記憶。
だから彼は、彼の意志で戦いを放棄している。使徒は魂の形、在りかた。だからこそ、彼はまぎれもなくゲンヴァなのだ。
「だぁもう……あー帰りてぇ。どこに帰るんかわかんねぇけどさぁ。いや知ってるか。あーあ……」
「よぉ、吸うかい?」
彼の口元にいつの間にか伸びるその毛深い腕の先には、先を切り落とされた葉巻。ゲンヴァが顔を上げるとその腕の持ち主である壮年の男は、にかっと笑った。
「ああ、ありがとよ。火は……いいや。何とかできるぜ」
ゲンヴァは葉巻の前で短剣二本を打ち鳴らした。一度、二度、三度、三度目で見事に葉巻に火がともる。スパスパと小さく息を吸うと、葉巻から見事な煙が出てきた。
「ちなみに俺、享年17だから、葉巻とか全然うまいと思わねぇ」
「じゃあ貰うなっつーの」
「へへへ、まぁ雰囲気だろ?」
二人は共に石像を背にして、隣り合わせで座り込んだ。一人はゲンヴァ・イルヴァージュの姿をした使徒、もう一人はジョシュアの父、ゼッシュレイド・セブティリアン。共に精霊騎士順位は12。最も弱い精霊騎士。
「あんがとよおっさん。でもさ、何で斬りかかってこねぇの? 俺いっちゃ悪いけど、あっこで暴れてる人外どもと違って、めちゃめちゃ普通の人間だぜ。ちなみにいっちばんよえぇ。どれぐらい弱いかっていうと、蛮族に一撃で殺されるぐらい弱い。チャンスだぞぉ?」
「俺はまだおっさんじゃねぇ。若いぴちぴちのお兄さんだ。間違えんじゃねぇ」
「どうみてもおっさんだろうが。歳喰うのも人間の味だぜ。認めろよな」
「お、おう……ガキの癖にいろいろ重い野郎だぜ」
ゼッシュレイドとゲンヴァ。見た目の歳は親と子ほど離れているが、精神年齢的には近いのだろうか。彼ら二人はこの戦場で、剣と血が飛び交う戦場で、並んで腰かけ会話をしていた。それは旧友のようでもあり、親子のようでもある。
「ふぅー……なぁおっさん、あんた盗賊上がりだろ?」
「ああ? 何でわかった?」
「へへへ、ま、何となくな。どっちかっつーと、武力派だったか? 徒党を組んでさ」
「ああまぁ……昔ちょっとな。お前ぐらいの歳の時に、やんちゃしてな。まぁ、人は殺してねぇぞ。義賊だからな俺。貴族を馬鹿にしてくそほど面白い生活してたんだ。まっ嫁さん落とすために足洗ったけどな」
「そっか」
ゼッシュレイドは無精ひげを蓄えた顔をほころばせる。ゲンヴァはその顔をひとしきり見た後、にやっと笑った。
そして、問いかける。その顔のまま。
「おっさんよ。今幸せかい?」
その質問は、彼の真意。記憶から形創られた彼が、問いかけられ続けた言葉。
「もっちろんだぜ。嫁さんは乳がでかくて綺麗。娘もついでに乳がでかくて綺麗、息子もついでに……まぁあれがでかいのは身体か。俺が守る必要が無いほど、強くて誇りに思える家族を俺は得た。最高だろこれ。ぶっちゃけあいつらいるから俺はいつ死んでもいいぜ!ってな」
「そうか、あーあ、羨ましいぜ。俺はさ、死んじまったんだ。幸せ掴む前に。ある程度楽しかったけどな……ってこの思考も、記憶も、創りもんだけど星の記憶からできてるんだ。だからこれは、ゲンヴァ・イルバージュの心とそこまで差はないだろ」
「変な感じだなぁ。なぁお前ら、本当に世界をぶっ壊してでもその幸せとかいう殻を被せられる世界にしたかったのかよ? 俺はもっと何だ。考え過ぎだと思うんだよなぁ。うちの息子にも言えるが、何だろうな。幸せってのは、人に創ってもらうもんじゃねぇだろ」
「俺はあくまでも、世界を暴力から救ってほしかっただけさ。それ以降は、俺のいねぇ世界だ。知らねぇよ。でもなぁ、俺も生きてたらきっと、あんたと同じ意見もったろうぜ。俺は俺みたいなガキができなけりゃ、それでよかったんだ」
「そっかぁ、いろいろひっぱられっぱなしだと、苦労するなおい」
「まぁーな」
ゲンヴァは葉巻を吐き出し、立ち上がる。そして短剣を構える。
ゼッシュレイドは地面を押し、立ち上がる。そして鋸状の剣を抜く。
そして二人は鎧化を果たす。ゲンヴァは風を鎧に変え、ゼッシュレイドは雷光を鎧に変える。二人の背に、赤いマントがなびく。
半歩、互いに離れ、剣を構え合う。片方は短剣二本。片方は鋸状の剣一本。
そして彼らは五つの条を、一切のズレなく口にし始める。
一つ。
「これより我ら決闘を行う」
二つ。
「一切の恨みなく」
三つ。
「一切の後悔もなく」
四つ。
「ただここに、お互いの勝利を賞賛し、ただここに、お互いの敗北を賞賛し」
五つ。
「これにて、決着の時とする」
五行、始まりの精霊騎士の代より続く、騎士同士の決闘の条。
駆けたのは、ゲンヴァ。風に乗って、すさまじい勢いでゼッシュレイドに襲い掛かる。あまりの速さに、風を越え、ゲンヴァは線となる。
線、それを捕らえるのもまた、線。雷光の線。
ゼッシュレイドの剣は剛剣。触れて、退く。それだけで絶大なダメージとなる。鋸状の剣は雷光となって、その風を巻き込むように横に払われた。
黄色い光と、風。周囲に合った石像と墓は全て吹き飛び、残るは鎧姿の男二人。
いつの間にか地面に真っ赤な血が飛び散っている。二人の精霊騎士第12位は、その血を踏みしめて、尚も立ち続ける。
「おっさんよ。俺は最弱だ。でもよ、意地だけなら一度も負けたことは無いぜ。だからさ――この決闘、負けたとしても、俺はまだ負けてねぇって、思ってるからよ。んじゃま、消えるぜ。葉巻ありがとよ」
「おう、じゃあな」
膝を付いたのは緑の騎士、膝を付いて、短剣を落として、そしてバラバラになって消えていった。
ゼッシュレイドは地面に残る血の跡に、自然と微笑みを向けていた。そして彼もまた、倒れる。鎧が解かれたゼッシュの腹部は深紅に染まっていた。
「もーちょいで死んでたぜ……これで最弱だぁ? かぁ……おっかねぇ。やだやだ、俺も引退しよっかなぁ……っていうかよく考えたら俺婿じゃねぇか……」
腹部から流れる血を抑えて、ゼッシュレイド・セブティリアンは笑った。勝ったことに笑ったわけではなく、それは騎士として、心をぶつけて戦えたことに笑ったのだ。
――止まれないならいけばいいさ。アークトッシュ。こうやって誰かが止めてくれっから。




