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白銀の剣と黄金の世界  作者: カブヤン
第一章 白銀の剣
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第9話 錬鉄の森

 森の中、大きい身体を縮め、はち切れんばかりの二の腕には包帯を巻き、伸びた髪は無造作に、男が投げ槍を構え身を潜めていた。


 正面の茂みから角がでてきた。その角の持ち主は四本足で歩き、深い毛に覆われた身体を持ち、そして牙は血が滴っている。巨体を持つ男よりもさらに大きい体を持つ獣だった。


 男は足を前に出した。男と獣の目が合う。


「ふん!」


 男の右手から放たれた投げ槍は、獣の眉間に深々と刺さった。


 その槍は威力を留めることなく獣の背まで一気に貫通した。投げた男の筋力が槍を身体に残すことを許さなかったのだ。


「よし、これで今日はうまいものを作ってもらえるな」


 獣の身体を担ぎ男は森の奥へと進む。木漏れ日に照らされた彼、ジョシュア・セブティリアンは槍を拾い歩き出した。


 彼の身体は包帯だらけであり、彼の左腕はまだ添え木と包帯で固定されていた。


 あれから3ヵ月、一時は呼吸以外何もできなかったが今では森で狩りができるまでに回復していた。


 森を奥に進んだところに小さな村があった。藁と木でできた小さな小屋のような家の中に大きな家がある。その家の前には両手を胸の前で組んだ赤毛の女が一人立っていた。


 彼女の顔は少し怒っているようだった。


「ジョシュア! あたしは何て言ったっけぇ? 昼飯の時に何て言ったっけぇ!?」


「待て、落ち着けカレナ、いいか? 若い女性はそんな顔をしてはいけないと俺の父は言っていた」


「それビジュラの獣じゃない! あんた狩りにいってたんだ!? あーあたしの言った仕事無視して狩りに行きますかそうですかぁ! 今夜の飯とってきてもそれを焼く薪が無いんですけどねぇ!」


「あっそうか……あれは俺に言ってたのか」


「そうよ馬鹿! 身体ばっかりでかくして言ったことも理解できないの!? もうっ!」


「悪かった。少し狩りのコツがわかってきたところで浮かれていたかもしれない。すぐに薪を割ろう。ところで……俺はまだ怪我人だと思うんだが違うのか?」


「ビジュラの獣を簡単にとってくる男が何をいうんだかもう。ほらとっとと100本割ってきて」


「あ、ああ……」


 ジョシュアは3か月前、このカレナに助けられたのだった。そして献身的な看護の末、彼は回復したのだった。


「おうジョシュア! 薪割りか? 簡単に割るもんだなしかし」


「やっぱりでかいとやるねぇ」


「いえ……斧がいいだけです」


「ジョシュアちゃんいい野菜が採れたんだ。これ置いていくからカレナに明日うまいもんにしてうち持ってきて欲しいんだけどいいかなぁ。かみさんちょっと風邪気味で舌が馬鹿になってるんだよなぁ」


「わかりました言っておきます。いえ、酒はすみません俺は飲めないんで……」


「おうあんちゃん! 今日も尻に敷かれてるなぁおい!」


「まだ怪我人なんですけどね」


 薪を片手でポンポンと割ると通る人通る人に声をかけられる。ここはルード神国の端にある錬鉄の森と呼ばれる場所にある村である。


 川が森に、山の上に向かって流れるという奇跡が見られる川の近くであり、この村には嘗て、精霊騎士の剣を作ったとされる者が建てた鍛冶場があった。


 村の男のほとんどは皆鍛冶場で働き、ルードの街に武器を卸すことで村を維持していた。


「ふぅ……数えるのが面倒だったから薪を割りすぎたかもしれないな……」


 気が付けばジョシュアの周りは薪であふれていた。100は間違いなくあるだろう。


「えっこれだけ!? ちょっとぉ神官様安すぎるんじゃないの?」


 意識がもうろうとしていた時に献身的に看護してくれた彼女をジョシュアは聖母のようだと思った。


 しかし今彼女は家の前で大声をあげている。聖母とはやはり想像上に過ぎないのではないかと彼は思った。


「カレナ……俺の父が言っていた。女性は静かにしているのが一番だと。何を騒いでいるんだ」


「おおっ!? なんだこの大男は! お、お前ちょっと私の傍に立つんじゃない! チビにみえるだろう!」


「神官長! あなた元々チビです!」


「黙れ給料下げるぞ!」


 カレナの抗議を受けていたのは白い装束に身を包んだ二人の男だった。


 神官長と呼ばれる男がコホンと咳払いし、こちらを見た。


「確かにいいナイフであり、いい剣であり、鎧だが女よ。よいかな? 今は戦時中でな……国にも金がないのだよ」


「言い訳するんじゃないわこのチビ! あんたねぇ私たちの武具が街にいくとどんだけ高く売れるかしってるでしょう!? 大体神官用の武器とか街に横流ししてるのあんたたちじゃないの!? こないだ街の雑貨屋でみたんですけど!」


「な、なぜわかった!」


「神官長! 何自白してるんですか! そんなんだから童貞なんですよ!」


「誰が童貞だ!」


 この二人はよく村に武器を仕入れに来ていた。ジョシュアは彼らと会うのは初めてではなかったのだが、ジョシュアはこの二人をよく覚えてはいなかった。


「う、ううう……小娘が覚えていろよ! ほらこれだけあれば文句ないだろう!」


「最初から出しとけってのよ。一昨日おいでなさいな」


 銀貨の詰まった袋をカレナに差し出した神官長は、武器の詰まった押し車を部下に持たせ、立ち去って行った。


「ふぅー……ああジョシュア。薪は割れたの?」


「ああ、これでだいぶ持つだろう?」


「結構結構、それじゃ食事にしましょっかね。獣肉でご飯作っておくから、ジョシュア悪いんだけど広場で遊んでるがきんちょ連れてきてくれる?」


「わかった。ああ、あと一応言っておくが。俺は肉は塩で焼くのが一番基本だと思っている」


「はいはい、ジョシュアあなたちょっと図々しくなってきた?」


 微笑みかけるカレナを見て、ジョシュアは今の生活が満たされていると感じた。


 彼は今まで騎士の塔で毎日休みなく鍛錬をし、戦いに関して勉強をし、青春もなくただただ腕を磨いてきた。ダンフィルも似たようなものだった。


 口下手だったせいで友人も少なかった。ジョシュアは思い返す。騎士の塔での思い出は鎧化した教官を締め殺しかけたこと、そしてダンフィルと訓練所の片隅で話をしていたことぐらいだった。


 ジョシュアは思った。もしこの村に自分が生まれて、騎士にならない人生があったならば――それは楽しい人生となるのではないか――


 村の広場にでたジョシュアは走っている少年を見つけ声をかけた。


「ケイン飯だぞ。姉さんが呼んでいる」


「おお、あんちゃんすぐいくぜ! ということで皆追いかけっこはここまでにしよう。また明日!」


「また明日!」


「ケインさようなら!」


 集まっていた子供たちが散らばっていく。ジョシュアの前に来たケインはカレナの弟である。彼はまだ8歳だがしっかり者で、友達が多かった。


「あんちゃん今日のご飯は何かな?」


「獣肉だ。ビジュラの獣を俺が獲ってきたからな。腹いっぱいになれるぞ」


「ビジュラってあのでかい奴だろ!? あんちゃんスゲェ! 怪我人とはおもえねぇなー」


「怪我人だから姉さんにこき使うのをやめろと言ってくれないかケイン」


「そりゃ無理だよ。姉さん便利なやつがきたって喜んでたし」


「そりゃ無理か。ははは」


 自分がケインぐらいのころにはどうだったか――ジョシュアは貴族の屋敷で食事をとっている姿を思い出した。そこには二人だけがいた。彼と――


 カレナの家に着くと肉の焼けるいい匂いが漂って来た。ジョシュアは喉を鳴らすと気持ち早歩きになった。


「あんちゃん焦りすぎぃ。おいてくなよなぁ」


「おっと悪いな。ほら」


 ジョシュアの出した手を握るケイン。背の差があるためジョシュアが少し斜めに上体を曲げている。遠めに見ると、彼らはまるで兄弟のようだった。


「姉さんただいま!」


「お帰り。ほらケインは先に身体洗ってきなさいよ。ジョシュア悪いんだけどこれ机に運んでくれる?」


「ああわかった」


「すぐ入ってくるよ姉さん!」


 ジョシュアは慣れた手つきで机に料理を並べていった。つまみ食いをしたくなるがぐっと我慢する。


「ジョシュア。その左腕だけど、痛みはどう?」


「ほとんどないな。もう問題なく動かせれると思う」


「そう、じゃあ明日先生のところにいってみてもらって、大丈夫そうならとっちゃおうかその腕の添え木。結構きっつい臭いしてるよ」


「そうか? わかった」


「だいぶ治ってきたねジョシュア……」


「……治って欲しくないのか?」


「いや……うん……まぁ……いやそんなことないんじゃないの?」


「って俺に聞かれてもな」


「だよねぇ。あーあたしどうしちゃったんだろうね」


「姉さぁん! お湯がぬるいよ!」


「はいはい、ジョシュア少し待ってて。ケインが身体洗ったらご飯食べましょう」


「わかった」


 そして少しあと、ジョシュアはカレナとケインと共に食事をとった。彼らが食事をとるのはもうこれで何度目であろうか。ジョシュアは他愛のない話をし、カレナに包帯を変えてもらい、ベッドに入った。


 ――もし、騎士でなかったら


「俺はここで一生を過ごしたいと、思うんだろうな……幸せ、か」


 しかし、彼は騎士である。目をつぶると苦しむ仲間たち。ダンフィルは自分を探しているだろうか。リンドール卿たちは結局どこへ行ってしまったのだろうか。


 父は自分がこのようなことになってることを知ってるのだろうか。母は心配していないだろうか。そして――妹は騎士団に入ってうまくやっているんだろうか。


 そのようなことを考えながら、ジョシュアは眠りについた。


 そして、夜が更けたこの村に黒い鎧の兵士が迫っていることを彼はまだ気づいていなかった。

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