第8話 黒い軍団 後編
ある書物によればルード神国の神殿は1000年ほど前から存在してるという記述がある。
古い物は多々あれど、この神殿はほぼ修繕無しに未だにここにあるという。それは奇跡であるという専門家が言う。
だが知っている。ルード神国の人々は知っている。神殿が風化しないのは当然であることを知っている。そのことは当たり前のこととして皆知っている。
何故かというと、それは――
「でけぇなこれ。でも人の気配もしねぇぜ?」
神殿に着いたジョシュアとダンフィルはその大きさに驚き、足を止めた。
周りを見回しても、耳を澄ましても何も聞こえないし見えない。神殿がただ建っているだけであった。
「リンドール卿たちはどこだ。ミラルダさんもここまで会っていない」
「入ってみようぜ。ジョシュア扉を開けてくれ。ちょっと俺さっきので疲れちまって力が……」
「無意味に全力でやるからだ」
神殿の扉に手をかける。それは音もなく、力を入れることもなく押すと開いていった。
神殿の大広間が姿を見せた。
「ようこそ戦士よ。さぁこっちへこい。姿をみせてくれ」
響く声、大広間の中心に立つ人型の影が一つ。その顔は暗くてジョシュアたち二人には判別できなかった。
「遠慮はいらない。今夜は誰もいないんだ。影の兵士を倒した者たちよ。褒美をやろうと思う」
二人は無言で神殿へ入った。剣を持つ手に力が入る。槍を腰に構えたダンフィルもいつも以上に気を引き締める。
そして、火が付いた。神殿の灯りに火が付いた。
映し出される影、そしてジョシュアたち二人。
「若いな。さすがはルクメリアというものか。何年経ってもいい仕事をするものだ。」
灯りに照らされた影は男だった。壮年の、金色の髪を持つ、赤い眼をした男だった。
「……? そうか言葉が違うのか? ルクメリアの言葉は変わってしまったのか? もし通じているのならば反応してほしい」
「お前は……誰だ?」
「通じていたか。そうか私が怪しくみえるんだな。ふ……よかろう私の名を聞くがいい。私は……」
男が立ち上がる。そして翻す青いマント。白い鎧。
「私はロンド・ベルディックと言う。ルードの国での立場は……ああどういうのだろうか。客将というところか?」
「ロンド……聞いたことはないな。さっき影の兵士と言ったがもしかして黒い鎧の兵士のことか?」
「ああそうだ。あれは影とは言え、兵士だ。私の兵だ。よく倒せたものだと感心する。おっと質問はいろいろあるだろうが夜は短い。まずは褒美を受け取ってもらえないだろうか」
「褒美……」
ロンドと名乗った男は手を挙げた。ガシャンと足音が響き、黒い鎧が現れた。
それは数刻前に戦った黒い兵士そのものだった。
「こいつは!」
「さぁ受け取るがいい。君たちが探していたものだ」
黒い兵士数体が現れ人を引きずってきた。それはジョシュアたちにとって知っている人であった。
「ミラルダさんだ……おいミラルダさん大丈夫なのかよ!?」
「待てダンフィル。慌てるな。こいつらはさっき俺達に刃を向けてきたんだ。」
「人質……なのかよ?この野郎……!」
黒い兵士がミラルダから手を放し、闇の中へと下がっていった。
「うむ……そういうわけではないが、人質、そういうことにしておいた方がわかりやすいならば、そうするがいい。」
「何のつもりだロンド……だったか? 悪いが人の名を覚えるのは得意じゃないんだ」
「何のつもりかと問われたならば、答えよう。私はお前たちにいなくなってもらうつもりだ」
ガシャンと音が鳴る。周囲の灯りの炎が強くなり、一気に明るくなる
気が付けばジョシュアの周りは黒い兵士でいっぱいだった。数えきれないほどの兵士が剣を抜き。彼らを囲んでいた。
「……ダンフィル、ミラルダさんを起こせ。息はしている」
「応よ。ほらミラルダさん起きろ。ほら! そのままだとやべぇぞ!」
「うっ……あなた……」
ダンフィルはミラルダの頬を叩き、起こした。ミラルダの顔は意識を取り戻すうちに険しくなっていった。
「こ、こいつらこんなに! ジョシュア君たちリンドール卿から預かってる精霊の石を!」
「待て女。慌てるな。剣を交えるのは私の言葉を聞いてからでもよかろうな」
「ぐっこいつ……リンドール卿たちをどこへ……」
「先ほども言ったが、昼間のここと夜のここは違うのだよ場所が。お前の言う仲間たちはここには来ていない」
「こいつわけがわからないことをぉ……」
「ふぅ……いつの時代も女性は姦しいものだ。さて、ではお前たち」
黒い兵士たちが一歩前へ出る。その足音で緊張感が高まる。
「私の姿を見てしまったことは、残念であったな。誠に残念であった!」
不思議だった。ロンドの話す言葉は、この世のものではないかのような、何か別の世界にいる人間の言葉のような、重い言葉に聞こえた。
ダンフィルとミラルダは圧倒された。ジョシュアは剣を構えた。
「人はやはりいつの時代も愚かであるな! さぁ抗えるか!」
ロンドは剣を抜いた。それはこの世の剣とは思えないほどの禍々しい装飾と、禍々しい色をしていた。
「ダンフィル! ミラルダさん! 剣を構えろ!」
一喝、二人は意識を取り戻す。
「お、応よ! わけわかんねぇがやられるぐらいならやってやるってなぁ!」
「私はこういうわけわからない人は嫌いよ! 叩き直してやる!」
「兵士たちよ! 殺してもかまわぬ! さぁやるがいい!」
黒い鎧の兵士たちが一斉に剣を構えた。一体ずつ、バラバラに三人に突っ込んでくる。
ダンフィルが槍を頭の上で回す。風が起こり、風が大きくなり、鎧となる。
ミラルダが剣と鞘を打ちならす。火花が起こり、火が大きくなり、鎧となる。
一瞬、風に乗って、ダンフィルは一足で飛んだ。鎧化で大きくなった槍が兵の一人を貫いた。
「この程度のやつに殺されるかってんだよ!」
「ダンフィル君精霊の石持ってたのね。」
爆音とともに炎を纏った剣を振り、黒い鎧を斬る。ミラルダが剣を振る。大砲のように、一刀一刀が爆発するように、剣を振り兵を切り裂く。
鎧化した二人には黒い鎧の兵士一体一体は相手ではなかった。
そして、対峙するジョシュアとロンド
「お前が大将なんだな? このまま斬り伏せさせて貰う」
「よい気迫だ。その若さでよくも鍛えたものだ。だが斬り伏せさせて貰うと言われたならば! こう返させてもらおう!」
ロンドが片手で軽々と剣を薙ぎ払った。ジョシュアは咄嗟に両手剣の腹でそれを受ける。
「ぬううう!? こ、こいつ……」
「やってみせろと! 私を斬り伏せてみせろと! ハハハハ!」
ロンドの剣は重かった。右、左、上から。
剣の振った残像が繋がり、跡が一本の光のようになるほどの速く、重かった。
ジョシュアは巨体である。その剣も大きく、太く、丈夫であった。しかし、受ける手が痺れる、受ける手が痛みを感じる、受ける手の感覚が鈍くなっていく。
ロンドはジョシュアが会ったどんな者よりも強かった。当然、鎧化をした騎士の塔の教官よりも。
ジョシュアは蹴とばされ、神殿の椅子を薙ぎ払い倒れた。
「ぐふっ……こ、いつは……」
「うむむむぅ! いいぞ! 見た目通り丈夫ではないか! さぁ他の者のように鎧を着るがいい! もっと抗って見せよ!」
懸命にジョシュアは飛びそうになる意識を引き寄せた。彼の手はすでに感覚がなくなっていた。
ロンドはジョシュアに鎧化をしろと言い、待っている。しかし、ジョシュアは鎧化はできなかった。
精霊の石も持っていない。
「むぅ? 何だ貴様持っておらんのか魂結晶。なればそれが最大ということかぁ! では斬り伏せさせて貰おう!」
ロンドが歩き出した。剣を無造作に振り、崩れた椅子を払いながら。
「ハァハァ……いけねぇ! ミラルダさんジョシュアが!」
「数が多すぎる! 私は助けられない!」
ダンフィルたちは大量の黒い兵士に囲まれていた。ジョシュアの元へ行くのは難しい。
ロンドが瓦礫を払い、ジョシュアの元へ行く。
ジョシュアはせめて一太刀浴びせたかった。このまま終わってたまるかという思いでいっぱいだった。
彼は見た。自分の両手剣を。ヒビが入ってる。もう折れそうだ。
なれば、折ってやろう。
「ふん!」
ジョシュアは右手で剣のヒビを叩き付けた。剣が折れる。
両手剣はほぼ中央の部分から綺麗に折れた。
彼は、それを手にして立ち上がった。右手に折れた刃を、左手に折れた剣を。
「ロンド……! その笑い止めてやる……!」
「ほぅ! 立ったか! でどうする? 投げるかその刃を? それとも折れた剣で斬りかかるか?」
「いくぞ!」
ジョシュアは地面を蹴った。巨体が勢いのままにロンドの元へと飛び込んだ。
それを迎撃するロンド。ロンドの右から繰り出される剣は轟音を発し、ジョシュアの首に迫った。
金属の叩き付けられる音が周囲に響く。
「おお!? やるじゃないか貴様! 一撃は耐えたか!」
首に向かって飛んできたロンドの剣はジョシュアの折れた剣で防がれていた。
ジョシュアの脚は、さらに一歩前へ進んだ。
「むおおおお! 貰ったぁ!」
ロンドの胸に向けて放たれたジョシュアの右手、血まみれの右手には折れた刃が握られていた。
即興の二刀流。彼がとったのは受けて撃つ、単純な行動であった。
「むぅ!?」
血が飛び散る。刃を握りしめたジョシュアの右手、そしてロンドの肩から飛ぶ血。
ロンドの血は、黄金色をしていた。
「やるな! 私が血を出したのはここ100年ではなかったぞ! だがこの程度ではぬぐっ!?」
「ぬおおおお!」
ジョシュアはそのまま肩でロンドを押した。巨体に負け、吹き飛ぶロンドの身体。
「ジョシュア! もう耐えきれねぇ! いったん引くぞ!」
「ハァハァ……ああ……!」
「ダンフィル君馬を!」
気が付けば、敵の黒い兵士の一画に空間が開いていた。ミラルダとダンフィルは精霊の石で馬の鎧を出し、跨る。
「ジョシュア俺の手を取れ!」
「駄目だ……手に力が入らない……!」
「なんだと!?」
「ダンフィル君! ジョシュア君の道を作るのよ! 私に続いて!」
「お、応よ! ジョシュア走ってこい!」
二頭の馬が神殿の扉に向かって走る。扉をたたき壊し、外への道が開けた。
そして、その道はすでに白みがかっていた。日が昇ろうとしているのだ。
「ふぅあっ! 逃がさぬぞ貴様ら!」
ロンドが瓦礫を吹き飛ばし姿を現した。
ジョシュアは足に力を入れた。もう一度捕まればもう二度と逃げる間ができないだろうということを察した。
ダンフィルたちのように鎧があればもっと戦えるであろう。だが彼には精霊の石はなかった。
「いけ影の兵士たちよ!」
「ぐ……!」
黒い兵士が彼を追う。ジョシュアは気づいていなかったが、この時の彼の身体は剣を受けた時にかなりの損傷を受けていた。
ジョシュアは背を向け、走り出した。前にも黒い兵士がいたようだが、ダンフィルたちのおかげで道が開いていた。
神殿の扉から出た。走る。ジョシュアは走る。
前にダンフィルが槍を振り回し、馬が黒い兵士を踏み、蹴り飛ばしていた。
「ジョシュア! もっと速く走れ! ミラルダさんジョシュアを拾わねぇと!」
「あそこに戻れっていうの!? 鎧化できないって何で言わなかったの! リンドール卿が預けてくれた精霊の石を使えればもっと速くいけたのに!」
ジョシュアはこの街へ着いたときに、精霊の石をもらっていた。念のために。だが彼は自分が使えないことを知っていたので、そのままダンフィルに預けたのだ。
「駄目だジョシュアが捕まる! 何だよこいつらぁ!?」
ジョシュア・セブティリアンは走っていた。全身から流れる血、折れた剣。
その後ろから迫る者は黒い鎧を着た兵士、そして剣や槍を掲げガシャガシャと鎧を鳴らしながら走ってくる。
「くそっ! ここまでか!」
「ジョシュアァ! 崖下は川だ! 深かったろ! そのまま川に落ちろ! やつらの鎧じゃ泳げねぇよ!」
「無理を言うな! だがダンフィルその案を採用する!」
ジョシュアは巨体を走らせ、折れた剣を投げつけ崖に飛び込んだ。
追いかけてくる黒い鎧の集団を尻目に、崖下へ吸い込まれていく身体。
「うおおおお!」
彼の身体は、崖下の川に落ちていった。