第31話 果てに至れし王の夢
「お前こそが黄金の世界。私はきっと、お前になりたかった」
世界は輝く、全ては黄金の中に。
全てを獣へと変えていた黄金の光は、今は暖かく、獣と化した精霊たちはその力を抜かれ人の形を取り戻す。そう、結局は精霊も、人も、同じ形。同じもの。
世界は輝く、黄金の中で、その光は人々を照らし、全てを包む。
王の城から這い出ていた獣たちは光の粒となり、空へと消えていく。
「今、ワシ、消えかけたよな? 今ふわーっと。確実に一回消えたよな? なぁレイス?」
「あっいや、うん? 何だ今の……あたしの手、ある、足もある。わかんない、何かすごい熱い、身体の中心が、これって何?」
「獣が消えちまったなシエラ」
「はい、何が起こったのでしょうか」
黄金の光はそれ即ち精霊の光、過去から現在へと脈々と受け継がれてきた魂の欠片たち。
ある一点に向かってそれは集まる。空にある、ある一点に向かって。
一点、そこにいるのは白銀と黄金に包まれた騎士。そしてその背には金属でできた巨大な白銀の翼。
片手には巨大な剣、それは白銀の上に黄金の線が入った大剣。黄金の線は脈打ち、ドクドクと光り輝く。
その鎧の下で、ジョシュアの片目は黄金の光を放つ。人でありながら人を超える力を包括する者。
ジョシュア羽ばたく、上空で見下ろす黄金の鎧に身を包んだ王の下まで。
黄金の世界の中で、彼らは三度対峙する。王は自らを黄金に輝かせ、白銀の騎士は世界の光を受けて黄金に輝く。
王は一人、王は世界に一人、勝利者が黄金の王となる。
後世が伝える『黄金の王』
それは、世界を分ける者。
それは、黄金を喰らいつくす者。
それは、世界を繋げる者。
彼らは世界の終焉を超えた先で戦う。最後の戦いが今、始まった。
白銀の翼はしなり、ジョシュアを前へと飛ばす。黄金の翼は傾き、王を前へと飛ばす。
中心でぶつかる王とジョシュアの武器。すれ違いざまに打ち合った二人の武器は、黄金の衝撃波を放った。
互いに空を高速で動き回りながら、触れるたびに武器を打ち鳴らす。ガンガンと鳴り響く金属がぶつかる音は、世界にこだまする。
高速で飛ぶ王をジョシュアは追う。白銀の翼をはためかせ。王は振り返り、その大剣とも槍ともいえない武器を振り回す。
ぶつかり合う互いの剣と剣。高速で空を舞い、交差する。
その羽ばたきは世界を舞う。右へ、左へ。
町の上で二人は剣を合わせる。ギリギリと鍔迫り合いをしながら二人は空で回る。
村の上で二人は打ちあう。三合打ち合った後に、二人は離れる。
草原の上で二人は飛ぶ。高速で絡み合うように。
二人は、黄金の輝きをもつ二人は、世界中を飛び回り戦った。
そして一合ごとに、ジョシュアは見る。王の記憶を。
飛び、打ち合う、さらに一合。
「なぁジーク、なぁーって。ジークフレッドぉ?」
「何だ、俺は今忙しい」
「なんだよジーク。マリアが呼んでるんだけど、忙しいのかよ。それじゃ俺が話聞いて来てやるよ」
「ば、馬鹿それを早く言え! 今終わったところだ! マリアはどこだ?」
「わっかりやっすいなお前」
王の、王になる前の記憶、何気ない日常の会話、友との会話の記憶。
さらに一合。
「どーだロンド、俺の勝ちだぞ。それじゃ明日の食事はお前が作れよ?」
「だから俺は、頭を使う方が得意だと言っただろう。人間いじめてうれしいかね精霊様は」
「俺がいじめる人間はお前だけだよ。へへへ」
「こんの糞野郎め。ぜってーまともな死に方しないぞ」
「そうかぁ? お前よりは長生きできると思うけどな? なっ人間様」
「笑えねぇよジーク」
友との鍛錬の記憶。彼らは記憶の中で、笑い合っていた。
空を舞う、白銀の翼を羽ばたかせ、空へと登る。
王はそれに追いつき、その巨大な武器を振る。
一合。
「マリア、頼む俺と……」
「ジーク、気持ちは嬉しいけど、駄目よ。私はあなたとは……そういうのじゃないのよ」
「何でだ、あいつは、もう結婚したんだぞ。あいつが好きなのは知っている……でも」
「駄目。やめて」
「俺はずっとお前が……!」
「やめて! 何で、何でほっておいてくれないの!? あなたなんか大嫌いよ!」
「そんな、待って、待ってくれマリア!」
彼の失恋の記憶。彼の初恋は、ここで終わった。
上昇する。ジョシュアと王は上昇する。その軌道は絡み合い、そしてぶつかり合う。
一合。
「災厄か。まーた大変なことになったなぁ」
「ジーク、俺たちで核を壊す。ロンドとお前は獣を抑えててくれ」
「わかってるさ。死ぬなよ。子供がないちまうぞ」
「何だ、心配してくれるのか? お前が?」
「な、なわけねーだろ! ったくちょっと気を使ったらよぉ!」
「気を使ってくれたのか?」
「あ、なっおまっ……ちっ、何十年経ってもかわんねぇな。ロンドもすっかり落ち着いて、もうおっさんになっちまってるのに。お前はさぁ」
「へへ、お前もな」
彼が世界を救う時の記憶、彼は死地へ向かう時も、友人と笑い合っていた。
ジョシュアは空高く飛ぶと、巨大な白銀の翼を広げた。王はその翼に向かって突進する。ジョシュアの剣はそれを迎え撃つ。
一合。
「マリア! 何でだ!? なんで、何で死んだ!? ディレット! 何で、あんたがいながら!」
「やめろジーク! じいさんを責めてどうするんだ!」
「なんでだよぉ! ぐ、ぐぐ……誰だ、誰がやった? 誰だ……! ディレット! 何とか言え、何とか言えぇぇぇ!」
「ジーク! じいさんも苦しいんだ! 自分の娘が死んだんだぞ! やめろ! マリアの前だぞ!」
「……くっ、すまん。どうかしてた」
「送ってやろうマリアを。墓を掘ってあげよう。俺たちの手で」
「……わかった」
それは悲しみの記憶、彼の心が、怒りの業火に包まれた記憶。
王は手をかざす。空に壁ができる。
ジョシュアはその壁に背を打ち、動きが止められる。王はジョシュアに向かって剣を振り下ろす。ジョシュアはそれを受け止める。
一合。
「世界から争いを無くすって、なんだったんだろう。いろんな人を救ったよな俺達」
「ジーク」
「マリアを剣にしてまで、力を付けてさ。皆戦ってさ。みーんな死んじまってさ」
「ジーク!」
「帰ったらこれかよ……俺の家も、父さんも母さんも、姉さんも、皆、皆、灰に、灰に……何でだよ。俺たちが何をしたんだよ。俺たちが願ったことってそんなに、そんなに罪深いことだったのかよ……何でこんな目にあうんだよ! なぁ!」
「ジークフレッド!」
「何だよ! 馬鹿野郎! お前が、お前が帰ろうって言ったんだろう!? だったら、だったら! 帰らせてくれよ! 帰らせて、くれよ……もっと夢みさせてくれよ……」
「……ジーク」
それは絶望の記憶。王は、王の心は、絶望と悲しみ、そして怒りに包まれていた。
二人は飛ぶ、超高速で。眼下には草原。二人は正面を向き合い、そのヘルム越しに眼を合わせる。
そして互いに剣をぶつけ合う。
一合。
「俺が、俺が世界を救ってやる。お前はただ村に籠ってろ、籠ってそのまま死んでいろ」
「ジーク待て、それじゃ駄目だ。考えなおすんだ」
「考えたさ。そうだ、馬鹿どもを全部殺せばいいんだよ。そして、俺が、支配すればいい。誰も俺に刃向かわないように、誰も弱者に手を出さないように」
「駄目だ。それじゃ、支配者が変われば元に戻ってしまう。永遠の支配なんてないんだ。見てきただろう?」
「俺は精霊だ。殺されなきゃ、永遠に生きられる。俺は永遠に生きられるんだ。マーディ・ロナを見ろ。一万歳だぞ一万歳。ほぼ永遠だろ? なぁ、やっぱりお前も一緒に……」
「永遠なんてないんだ! ジーク! 争いの先に、永遠の平和なんて、無いんだよ! だから、俺は……」
「ある! あるんだ! 証明してやる! 俺は、王になる。世界の王に! もう誰も、死なせたくないんだ! だから殺してやる!」
「……ジークフレッド」
それは決意の記憶。そして決別の記憶。王が王となるために歩き出した第一歩。
王は黄金の翼を羽ばたかせ、突き進む。ジョシュアは追う。その黄金の光を。
そして追いつく、空の上で、また武器を合わす。
一合。
「王! 東方面討伐の部隊が帰ってきました!」
「そうか、首尾は」
「はい、東方ほぼすべての領主が我が国の傘下に下りました。悪逆の限りを尽くしてきた領主もいますが、いかがします? そのまま傘下に?」
「処断せよ。いつも通りな」
「はっ仰せのままに」
「王! 最近人間たちが精霊を迫害してきてるとの情報が入っています。いかがなされますか?」
「首謀者を捕らえよ。更生の余地がないのならば、処断せよ」
「はっ」
「王!」
「王!」
「……疲れた。今日はここまでだ。続きは明日だ。皆下がれ」
「はっ!」
「はっ!」
「…………はぁ。なぁ、私は間違っているのかな。斬っても斬っても、広がってる気がするんだ憎しみが。いつ終わるのかな。ああ、帰りたいなあの村に。君と、会話がしたい。相談がしたい」
それは孤独の記憶、王が王であるために、捨て去った者への未練。
ジョシュアは飛ぶ、王の記憶を読みながら。精霊の世界にあふれる全ての力を身体に入れ、彼は空を飛ぶ。
真正面から王と斬り合う。真正面から剣をぶつけ合う。
一合。
「王! 人の反乱です! 精霊を絶滅させると! 麓の町で虐殺を行っております!」
「救え」
「人は、人はどうします? 殺してもよいのですか? 一人や二人ではありませんよ?」
「……処断せよ。全て」
「はっ?」
「全て殺せ。虐殺などさせるな。我が国の国民には、虐殺を行える者などいない。急げ、町を救え」
「……はっ」
「…………ああ、憎しみは、憎しみを生んで、止めるには、止めるには……どうしたらいいんだ」
王の記憶、王は王となってから、後悔しかしていなかった。だが彼は止まれない。もう止まれない。
死しても尚、止まれない。
ジョシュアは大上段から王に向かって剣を振り下ろす。それは音速を超え、まさに白銀の風となって、王に襲い掛かる。
王はそれを受ける。だが勢いは死ぬことはない。地面に向かって二人は一直線に落ちていく。
王は口を開く。落ちながら、ジョシュアに向かって口を開く。
「……どうしたらいいんだ? 私はもう、わからない。死んでも尚、世界は混乱の渦に。結局悪人は無くならない。どうしたらいいんだ? 何人殺したらいいんだ?」
「何人と言ってるうちはお前の願いはかなわない」
「どういうことだ。どういうことなんだ」
「人も精霊も、心の中には正も邪もある。誰もが悪になる可能性がある。誰もが正になる可能性もある。それは無くならない。生きてる限り無くならない。それから眼を背けるな。」
「……悪は、なくならないと?」
「そうだ、お前たちの願い、皆が幸せになる世界。それは、叶わない夢だ。全ての生き物が幸せになる世界など、悪夢でしかない。笑うことしかできない世界など、悪夢でしかない。きっとお前の友人は、それに気づいたんだ」
「なん、だと? 悪夢? 俺の夢は、悪夢?」
「そうだ、いいか、正しいことしかできない世界など、ありえないんだ。王よ」
「そんな、馬鹿な……いや、そうか、俺は……あいつは……」
「罪は裁く。悪は斬る、正義は賞賛する。そこまでだ。そこまでなんだよ王よ。だから、もう休め、あとは任せてもう休め。精霊の世界は、前に向いている。もうお前は必要ないんだ」
「……ああ、そうか、だからあいつは」
ジョシュアの一撃を受けた王は地面に叩き付けられる。地面に大の字になり、黄金の鎧を着た王は倒れる。
ジョシュアは王の真上で浮き、その剣を高く掲げる。剣はさらに黄金の光を吸収する。
王の鎧を吸収する。王の黄金の鎧は解け、逆にジョシュアの鎧の一部は金色になり、白銀の大剣は黄金の大剣となり、その形を変え、槍のように細く、長くなる。
そしてその黄金の槍の先には巨大な布がはためく。
旗、黄金の旗。
「これで終わりだ王よ。さらばだ不器用な王よ。そして一度は世界を救った者よ。お前は確かに、確かに、世界を救ったんだ」
ジョシュアは旗を持つ手に力を込める。万力のように力を込める。
王はその一瞬、空を見ていた。黄金に光り輝く空を。精霊が築いたその空の色を。
降り注ぐ黄金の光の中で、王は確かに見た。自分に微笑む愛した女性の顔を。
ジョシュアの手より放たれた旗は、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに、王の胸の石に向かって飛んでいった。
それは王の石を砕き、世界の壁を砕き、そして――青空が広がった。
王は青い空を見る。それは嘗て、彼が毎日仰ぎ見た空の色。吸い込まれそうな空の色。
王は笑った。自分に突き刺さる黄金の旗と、その先にある青い空を見ながら。王は高らかに笑った。
「はははは! こんなに美しいものに、蓋をして、馬鹿だな俺は! なぁ、マリア、俺、王様なんてしたくなかった。したくなかったんだよ。なぁ、マリ……ア……」
マリアは、マリアの記憶を持った彼女は、その声を旗の下で聞いていた。そして涙した。不器用な彼、いつも彼女たちを引っ張ってきた彼、そして、自分を愛してくれた彼。
王は、レーン・レック・ジークフレッドは、二度目の死を迎えたのだ。
旗を握るは黄金の王、白銀の翼を畳み、ジョシュアは王に突き刺さった旗を抜く。周囲は彼が見慣れた緑色の草原が広がっていた。
災厄の日は終わった。そして世界を覆う精霊の力も、人に害なす精霊の力も、ジョシュアの身体にすべて吸い込まれた。
そして何よりも、今精霊の世界と人の世界は、繋がったのだ。それは王が分け、王が繋いだ、世界。
ジョシュアは空を見上げる。そこにはもう巨大な月は無く、ただ青空が広がっていた。




