第6話 黒い軍団 前編
「ジョシュア! もっと速く走れ! ミラルダさんジョシュアを拾わねぇと!」
「あそこに戻れっていうの!? 鎧化できないって何で言わなかったの! リンドール卿が預けてくれた精霊の石を使えればもっと速くいけたのに!」
「駄目だジョシュアが捕まる! 何だよこいつらぁ!?」
ジョシュア・セブティリアンは走っていた。全身から流れる血、折れた剣。
その後ろから迫る者は黒い鎧を着た兵士、そして剣や槍を掲げガシャガシャと鎧を鳴らしながら走ってくる。
「くそっ! ここまでか!」
「ジョシュアァ! 崖下は川だ! 深かったろ! そのまま川に落ちろ! やつらの鎧じゃ泳げねぇよ!」
「無理を言うな! だがダンフィルその案を採用する!」
ジョシュアは巨体を走らせ、折れた剣を投げつけ崖に飛び込んだ。
追いかけてくる黒い鎧の集団を尻目に、崖下へ吸い込まれていく身体。
彼が追いかけられていたのは、ここの街へ来てから一晩明けてからだった。
「うおおおお!」
――時は昨日まで遡る
日が明けたころに街へ着いたジョシュアたちは、街の門をくぐり中へ入った。
そこには人々の往来があった。そして子供の笑い声、この国が兵を送り戦争を起こしてる国とは誰も想像できないだろう。
「警戒も全くねぇな。不思議なもんだぜ。」
「ダンフィル君、ジョシュア君、ゼイン君と私は法王に会ってくる。ミラルダ君と君たちは今夜の宿を取っておいてくれないか。五人分だ。お金はこれを使ってくれ。はらミラルダ君。日が落ちる頃に僕はここにいるから迎えに来てくれ」
「はいありがとうございますリンドール卿。ではいきましょう二人とも」
「えっ五人部屋っすか? 男と女混ざりで?」
「個人部屋で取るわ。何考えてるの?」
「ダンフィルお前……恥ずかしいやつだ」
「馬鹿野郎全然期待してねぇけどお約束ってやつだろうが」
「ふ……さてミラルダさん。宿はどこにしますか」
「この街は初めてじゃないわ。中心街の方へ行きましょう。市場もあるし食糧も補給しとかないと」
「はい」
街は賑やかだった。道を走る子供、市場で声を上げる人々、世間話に花を咲かせる主婦。
ルード神国は精霊を神とし、精霊の手で作られたとされる国である。精霊神教を国教とし、精霊は全てのモノに宿る神であるという教えから、そこに住む人々はモノを大切にすることを美としている。
その考え方からか、周りの建物は千年前から位置と姿を変えていないという。それは数千年に及ぶ戦争の世界から考えると奇跡的なことであった。
「いらっしゃい兄さんたち! 旅人かい? うちで泊って行けよ!」
両肩に食糧と水をぶら下げたジョシュアは唐突に声をかけられた。声をかけた相手は笑顔を振りまく壮年の男だった。
「宿屋か? む……」
考え込み周りを見た。ミラルダとダンフィルを探したが、見当たらない。
どうやらまだ市場で買い物をしてるようだった。
「すまない。連れがいなくてな」
「おおそりゃすまないね! どうだい今ならガラガラさ! 料理もすぐ出せるし、何よりも安くしとくよ?」
「ううむ……」
ジョシュアはこういうことには慣れていなかった。10歳から騎士としての訓練以外はほとんど何もして来なったからだ。
宿へ泊ると言わなければきっとこの男は離れないだろう。そう錯覚するぐらいこの男はしつこかった。
「ジョシュア君、買い物は終わったようね」
「お前すっげぇ買ったな。あとで金の計算大丈夫かよ?」
困った顔をしているとダンフィルと、ミラルダがやってきた。助かったとジョシュアは思った。
「ミラルダさん。すまないこの人が宿屋をやってるようなんだが」
「おおあんたたちが連れかい? どうだうちの宿。目の前のあそこなんだがどうよ。神殿も見えるしいいところじゃあないかなぁ?」
「5部屋空いてる?」
「5部屋? 空いてるぜ姉ちゃん。部屋の種類は……費用はどれぐらいだい?」
「これぐらいかしら」
「ふおっ!? よぉし一番いい部屋を用意させてもらうぜ。食事もうちのかみさんができる一番いいやつを準備させてもらうぜ」
「探す手間が省けたわね。ジョシュア君、ダンフィル君。部屋に先に入ってていいわ。私はリンドール卿たちを連れてくるから。ジョシュア君私の買い物したもの持って入ってくれる?」
「はい、ダンフィル行くぞ」
「応よ」
ミラルダから荷物を受け取ったジョシュアたちは宿屋へ入り、部屋へ案内された。
五つ並んだ部屋の一つに荷物を置き、ロビーに座って他の者を待つことにした。
「なぁジョシュアよぉ。何だかんだでここまできたが、騎士団っていうのも忙しいもんだな。家に帰れねぇし、地図もたなきゃ全然わかんねぇ国の外までこうやって足を延ばす、剣もって立ってりゃそれでいいっていうのが俺はよかったけどなぁ。」
「家に帰れないか……」
ジョシュアは自分の親を思い出していた。父はめったに家に帰らず、母も城の聖堂勤めのためほとんどどころか会いに行かないと会えないぐらいだった。
子供心に寂しさを感じたものだったが、それはこのような生活ならば仕方ないかもしれないと思った。
実際彼の父はルクメリアに帰って来た時は何があってもどんなに忙しくとも必ず家に帰っていたのだが、ジョシュアはそれを知らなかった。
考えを巡らせていると、宿の入り口からあわてた男が飛び込んで来た。客寄せをしていた男だった。
「……ん? おい店主何かあったのか?」
「ハァハァ……お客さん! ここから出ちゃいけねぇ!」
「どうした?」
「この国は……夜になるとわけのわからないやつが現れるんだ……」
「どういうことだ。」
「おいジョシュア! 窓から外見てみろ!」
「外?」
窓を除いたジョシュアは見た。
黒い鎧を着た兵士の集団を、ガシャガシャと音を立て、歩いていた。
「ルードの正規軍って白い鎧じゃなかったか?」
「ジョシュア、もう日が落ちようってのにミラルダさん達がまだ戻ってねぇ。どうする?」
「ううむ……店主、あれは何だ? ルードの軍なのか?」
「違う。あいつらは大体一か月前からでてきたやつらなんだけどさ……この時間になるとたまぁにでてきやがるんだ。んでこの時間に外にいる奴は全員連れていかれちまうんだ。わけがわかんねぇが法王も何も言わねぇし……」
「人がいなくなる?」
「うわぁぁぁ! やめろぉぉぉ! ミーシャを連れて行くなぁぁぁ! ウアア!」
「キャアアア!アグァ!」
「何だ!?」
ジョシュアは窓へ視線を向けた。男と女が黒い鎧の兵に連れていかれようとしていた。
普通の顔ではない。捕まれている女の腕が曲がってはいけない方向へ曲がっている。
「ダンフィル!」
「応よ! いくぜジョシュア!」
「お、お客さん!」
二人は武器を握り宿を飛び出した。飛び出した先の道には黒い鎧の兵士たち。
黒い兵士は二人を見て、無言で剣を抜いた。
そして気づく。二人は気づいた。
「こいつらの鎧……精霊の石……!」
「こ、こんだけの数が精霊の石を……鎧化を……! しかも簡単に抜きやがったぞ剣! おいジョシュア!」
「ダンフィル斬り伏せてあの二人を救う。もはや容赦してられんぞ」
ジョシュアが両手剣を肩のフックから外して構えた。
「くそっマジかよ実戦かよ……俺まだ儀式用の剣しか持ってねぇぞ……」
ダンフィルが腰の剣を抜いた。
黒い鎧の男たちが剣を構え、二人を囲んだ。
「勝てる気がしねぇ! くそっ、見た感じあいつらそこまで精度がある鎧じゃねぇから貫けるかもしれねぇが……」
「よしやるぞ」
「応よ仕方ねぇ。一人ずつやるぞ。てめぇに合わせる」
「……いくぞ!」
ジョシュアが飛び掛かり、そして囲んだ男たちが飛び掛かる。黒い鎧の男たちは一言も声を発していないが、殺すつもりできているのははっきりしていた。
街の中で、戦闘が始まった。