第1話 一年後
――進め、進め、この先に、進め、進め、世界を壊すために。
ここは、騎士の塔。ルクメリア王国の騎士を目指す子供たちが集められ、日夜鍛錬を行う場所。
その地下室の牢にて、二人の男が話している。
「またですよ。今年入ってもう5人目です。しかも今回は教官ですよ」
「またか……騎士の塔の教官ともあろう者が……牢はそこまで数がないのに……」
「そろそろ手を打った方がよいのではないですか」
「わかっとる。騎士団にはすでに連絡しておる。だが闘技大会が近いからなぁ。すぐには動けないそうだ」
「そうですか……とりあえず、様子見ですねぇ」
牢の奥には眼を見開き、涎を垂らしながら唸る男。彼の表情は獣、もはや人としての顔をしていなかった。
一年、それは長く、短い。ジョシュアとカレナの結婚式から一年の月日が経った。
ルクメリアの貴族街の一角に、巨大な竜がいた。
「ヌル・ディン・ヴィーング。ご飯よ」
「オオ! 待っておったぞ!」
巨大な荷車に積まれた草、茶色の牧草が山盛りに積まれている。ヌル・ディン・ヴィングは顔をうずめ、それを貪り喰った。
「何度喰ってもうまい! よもやこの世界の草がここまでうまいとは。おお今日は肉も混ざっているではないか!」
「肉屋さんが捨てるっていうからね、混ぜてみました。まぁゴミになって埋められるぐらいならって感謝してたわよ」
「うむ、ジョシュアは良い嫁を貰ったものである。カレナよ。苦労をかける」
「いいのよ。肉はあたしたちじゃ硬くて食べれないし、骨つき肉っていっても限度あるしねぇ」
「ヌハハ、これならばいくらでもワシが処分してくれるぞ。ところでジョシュアはどうした? 最近はワシの元へ鍛錬をしにきておらんが?」
「いや、あの人ちょっと遠征に行ってたんだけどね。海賊……山賊だっけ? 捕まえに行ってたのよね。遠征とか言ってすぐ帰って来たんだけど」
「そうか、一年であやつも技術を得た。剣と腕力に頼っていたころとはまた別人よ。賊など相手になるまいよ」
「強くなるのはいいんだけどなんかまた身体大きくなってるのよねぇ……んじゃ、ケインを送らないといけないからまたね」
「ウム」
ここはルクメリアの首都の広場、空は晴れ、人々が活気だっている。
子供たちが何人か整列し、立っている。その子供たち一人一人は貴族の親が付いている。そして、カレナの弟であるケイン・ラングルージュもそこに緊張した面持ちで立っていた。
ケインの正面には貴族衣装に身を包んだ大男、そして金髪の女性。ジョシュアとユークリッド。
「いいかケイン。騎士の塔は最初はかなりきつくて家に帰りたくなると思う。だがすぐに慣れる。きつくて食べれなくても何とかして食事はとれ。手紙待ってるぞ」
「10年だがケイン。頑張れば5年程で出るやつもいるぞ。私とかな。まぁすぐに私の偉大さがわかるさ」
「あんちゃんにユークリッド姉さん……ちょっと緊張するんだけどこれどうしたらいいかな……ルード生まれなのにこんなところにいるし……」
「ケイン、生まれとかは気にするな。お前も俺の家族だからな。騎士の塔へ登りたいって言ったのはお前だろう?」
「そうだけど……」
「ケイン、頑張ってこい。帰ってきたら俺と一戦やろうな」
「お、おう負けねぇかんな!」
ケインは10歳となった。彼は一年前のルード国戦いを通じて、騎士へ憧れを抱いていた。
ジョシュアの家であるセブティリアン家は精霊騎士を二人産出した家、貴族としての位も高い。基本ルクメリア国民しか登れない騎士の塔であるが、長男の義理の弟ということで騎士の塔へ登ることを許されたのだ。
「兄さん。義姉さんだ。ほらあっち、警備に捕まってるぞ」
「カレナ正装してこいと言っただろうに……連れてくる」
「ケイン、お前の姉はいつまでたっても変わらないな。素直に関心するよ」
「姉さん目立つことやめろよなぁ」
ジョシュアは送り出す貴族たちの輪を抜けだし、警備兵に捕まっているカレナの元へ急いだ。
騎士の塔は基本的には貴族階級の者が登る塔である。平民でも登る者はいるが、滅多にいない。
警備の者はそれをわかっているため、基本的には貴族以外は騎士の塔へ行く馬車に近づけない。ルクメリアに階級差別があるわけではないが、子供を守るためにこの日ばかりは過剰になるのだ。
「だぁからあたしも関係者だっての! ほらあそこ! あそこにあたしの弟がいるって!」
「どこの世界に使用人の格好をした貴族がいるか! こら大人しくしなさい!」
「腕掴むんじゃないわよ! ちょっと……ちょ、ちょっと本気で……ちょっと待ってぇ! あーあたしの弟が行っちゃうぅ!」
「さ、さわぐんじゃない! おい、仕方ない詰め所に連れて行こう」
カレナは二人の警備兵に両腕を掴まれ引きずられていた。彼女の周りにいる人たちは自然と避けるようにカレナの周りからいなくなっていく。
その離れていく人の流れを逆らうようにジョシュアがやってくる。警備兵の肩を掴み、彼は口を開いた。
「おいお前たち、すまない。こんな服装だが俺の妻なんだ」
「何? その服装……貴公は……あっ!? ジョシュア殿っ!?」
「ジョシュア侯爵!? こ、これは失礼を! 貴族どころか騎士のご夫人とはっ! いやぁそうみると何ともお綺麗な方で……へへへ」
「ああ、まぁ、いいから。カレナ来い。あと侯爵は父さんだ。騎士団に三人もセブティリアンがいてややこしいかもしれないがな」
「ああもうこれだから階級社会って……めんどうくさいわぁ。その掌の返し方もうあからさま過ぎてきっついわぁ。うん」
カレナは腕を回し、立ち去る前に警備兵を睨みつけた。警備兵は作り笑いで頭を下げた。
そして二人で歩く。人混みの中、当然のように二人は手をつなぐ。はぐれないように。
「カレナ、面倒だが正装で来いと言っただろう? ファムでさえ着てるぞ」
「だぁってあれ、重いんですもん。あんな靴じゃ歩けないって誰も思わないのかしらねぇ。それとも、あんな風に頭カチカチに固めて何か乗せて、もうつま先でしか立てないような靴履いて隣にいてほしいの?」
「いや、あれはやりすぎ……とは言えないのがな」
「誰か正直言ってあげればいいのに。かっこ悪いって。それなら鎧姿の方がよっぽど威厳あるしかっこいいよね」
「うーむ……そう考えるとこの派手な勲章も恥ずかしくなってきたぞ」
「でしょでしょ」
「まぁ、あんまり着るもんじゃないからな」
ジョシュアとカレナは手をつなぎ、ケインの元へ着く。ユークリッドが煌びやかなドレスを翻し、カレナを招き入れる。
「義姉さん本当にいつも通りじゃないか」
「あなたはすっごいことになってるわね。ドレスに勲章貼り付けるって……いっそ男装した方が似合うんじゃないの?」
「いやぁ……これしかなくて。さぁケイン、姉さんだぞ」
「ね、姉さん! 遅いよ!」
「ごめんごめん。ちょっとペットに餌を……ああその鎧似あうじゃない。ちょっと歪だけど、うまく打てるようになったわね」
「うん、親方の下で修業したからさ。鎧は自分で作りたかったんだ。他のやつは買ってもらってるみたいだけど、やっぱりおれ鍛冶師の家だから」
「そうね。てっきり鍛冶師で行くと思ったのに、まさか騎士になりたいなんて言うとはねぇ。姉さんびっくりしたわよ。騎士も鍛冶ができると重宝するらしいけど、実際どうなのジョシュア」
「実際は便利だぞ。俺も武器は興味があっていろいろ勉強したが、結局は自分で打てる奴は武器の選択もうまいしな」
「だってさ、ケイン頑張んなさい。あたしも手紙書くし、たまには面会できるらしいから行くからねうん」
「ありがとう姉さん。それじゃジョシュアあんちゃん。ユークリッド姉さん。行ってきます」
「ああ、行って来い」
「行ってらっしゃい」
そして、ケインと他の子どもたちを乗せた馬車は出発した。集まっていた貴族たちはその馬車を見送ると思い思いに解散していった。
「それじゃ兄さん、義姉さん。私は着替えたら騎士団に戻るから。今夜は帰るから私の分も食事を用意してくれ」
「ああ」
「メリアさんとご飯作って待ってるからねユークリッドさん」
「普通貴族の夫人は大事な時以外は料理しな……まぁ好きならいいか。義姉さん楽しみにしてるよ」
そう言い残すとユークリッドは家の方へと歩いて行った。高いヒールを履いていたが、器用にスイスイと歩いて行った。
「さぁて……じゃあジョシュア。帰ろっか」
「そうだな」
ジョシュアとカレナは歩く。また手を繋いで。大通りは人が多く、手を繋いで歩くことが二人にとって自然になっていた。
「ケインは卒業できるかしらね……難しいんでしょ? 今日も十人ぐらい行ったけど、実際10年しっかりやって出れるのって二、三人らしいじゃない」
「ああ、騎士の塔の卒業試験は単純だが、意外ときついんだ。何度挑んでもいいのがあれだが、鎧化した教師を生身で負かすのは相当骨が折れる。だがケインは剣に触れ慣れている。もしかしたら早く卒業するかもしれないぞ」
「だといいんだけど……あー心配」
「信じてやれ。ダンフィルだって卒業できたんだ」
「それ言っちゃう? まぁちょっと安心しちゃったけど」
「ふ……って噂をすれば……あいつ、待ってたのか」
貴族街への道に男が立っていた。その男はジョシュアたちを見つけると右手を軽く挙げ。にやつきながら彼らに近づいた。
その男はジョシュアの友人、ダンフィル。勤め帰りだろうか、槍を持ち歩ていた。
「おいおい、いつまで新婚気分だ。手を繋いで歩くとか初々しすぎてなんか震えるぜ」
「ほっとけ。何か用かダンフィル。悪いが俺は遠征帰りで今日は休みだぞ」
「ああ、ちょっと預かりもんだ。ほれ」
ダンフィルは書状をジョシュアに投げた。ジョシュアはカレナの手を離し、それを受け取る。
「カレナさんも相変わらずお綺麗で。へへへ。今年で19でしたっけ? じゃあ酒はまだ誘えねぇなぁ」
「相変わらずねダンフィルさん」
ジョシュアは書状を開き、内容を読んだ。そこに書かれていたのは闘技大会の案内だった。
「……そうか今年はやるのか」
「おう、しかもだ。ライアノック卿なんか引退するらしいぜ精霊騎士」
「まぁ歳だからな。それじゃこの大会で結果を残すと精霊騎士になるのか?」
「大会結果次第だろうがな。勝てばいいってもんじゃないってのがめんどくせぇよな」
「まぁな。大会ルールは鎧化無し、あとは……剣も刃をつぶした奴しか駄目か。噂に聞いていたが本当に競技だな。気を失うか降伏か……か」
「ややこしいけど意外とやってみると普通に戦えるもんだぜ。で、だ。出るよなジョシュア?」
「一か月も無いのか……カレナ応援は来れるか?」
「ん? 大丈夫だけど?」
「じゃあ出るか。出場者は大会終了まで遠征任務無しなのもいい」
「え? 応援関係あるの? えっ?」
「一番大事だろ。なぁダンフィル」
「大事だよな」
「はぁ? まぁ……行くけどもちろん」
「へへへ、まぁジョシュア出ると思ってよ。もう手続きはしてあるんだ。ああ、ちなみに相手が精霊騎士の場合は鎧化ありだぜ。お前は使わねぇと思うけど」
「白銀の剣持っていけないんならそもそも使えないだろ」
「へへ……だよな。よし……それなら俺にも勝ち目があるぜ……」
「何? どういうことだ?」
「お前さ、騎士だけど唯一精霊騎士扱いなんだよ。一年前活躍しすぎたな。へへへ」
「な、なに? じゃあ俺の相手は全員鎧化してくるのか!?」
「だな。覚悟しとけよぉ?」
「何だと……お前、まさか本気でやらないよな?」
「はぁ? 戦場じゃ正直もんから死ぬんだぜ。へへへ。じゃあなジョシュア。俺も訓練してくるからよ」
「ああ……これはヌル・ディン・ヴィングとまた鍛錬だな」
「何かわからないけど大変ね。ちょっとそのルールとか書いてる紙見せてくれない?」
「ああ、とりあえず帰るか。メリアが帰りを待ってる。早く着替えて食事まで鍛錬をしたい」
「はいはい、それじゃ手」
「ああ」
ジョシュアとカレナは再び手を繋ぎ歩き出す。空は高く、人は賑わう。平和を享受しているルクメリアの人々は皆笑っていた。
闘技大会まであと数十日、出場者の面々は鍛錬に励むのであった。




