第22話 審判の刻 前哨
「おい早く家に帰してくれ! 俺たちは家畜じゃねぇんだぞ!」
「そうだ! 新法王だかなんだかしらねぇが俺たちはお前なんぞ認めねぇぞ!」
「ま、まちたまえ皆の衆! よいか! ここにいれば安全なのだ。もう少しの辛抱なのだ! 皆も黒い兵士には困っておったろう? ルクメリアとロンドベリアの兵たちが全て倒そうとしてくれてるのだ!」
「敵国じゃねぇか! あんな野蛮人入れて何考えてるんだ!」
「ま、待ちたまえ……頼む家から離れたくないのはよくわかるが避難所に入ってくれ! 何とか言ってくれ新神官長よ!」
「神官長! いや新法王様! あんたが説得するって息巻いたんでしょうが! とっとと皆を説得して避難所に入れてくださいよ!」
「い、いやぁでも私……ほら、半分ぐらい親のコネみたいなところあったし……法王なんてそんな……なぁ? ぶっちゃけ私顔見知りするし?」
「そんなんだから童貞なんでしょうが! ほら早く! 行っちゃいますよ!」
「私ものすごく偉いんだけどお前まだそんなこと言うの!? ま、まて皆の衆! わかった! わかったから! えーっとそうだ! おいしい食べ物があるんだ! どうかね? 避難所にはおいしいスープもあるぞ! 主にやることないんで私が作ったんだが自信作だ! 法王自らの自信作だぞ! パンもあるぞ! 歯が欠けるぐらい固いけど!」
「め、飯か……なぁみんなどうする?」
「ちょっとあんたどきなさい。ねぇ悪いんだけどうちの弟がお腹すいてて。その食べ物どこにあるの?」
「お、おお! あっちの避難所に……あ、お前は!」
「あ、あんた! あの時の!」
刻まれる。時、そしてその時は一刻一刻と迫ってくる。
港町を占領して数日、ルクメリア・ロンドベリア連合軍はルード神国の各都市にいる黒い兵士を排除していった。
そして、迫る、連合軍はルード神国首都に迫る。
ルクメリア軍1000名、ロンドベリア軍5000名。
高く上った日の下で、兵たちは前を向く。その歩みは一つの乱れもなく、兵たちは街へ入る。
先頭はルクメリア騎士団の騎士たち。道中合流を入れて総勢16名、そして後方からルクメリア兵団のたちが続く。兵団の兵士たちは鋼鉄の鎧に身を包み、がしゃがしゃと足音を鳴らし進んでいる。
連合軍たちはまず、首都から伸びる街道を全て塞いだ。次に彼らは街それぞれの区画を閉鎖した。商業区画、居住区画、そして神殿区画。
全ての道という道は武装した兵たちで抑えられた。ルクメリアの騎士たちは一つ一つの建物を調べ、敵がいないか、まだ残ってる市民はいないかということを調べてまわっていた。
ある一つの建物から騎士が出てくる。背の高い騎士が一人、小柄な騎士が一人、そして細身の女性が一人。
「見事に空っぽだぜ。まさかあの黒い兵士もいないとはなぁ。ちょっと拍子抜けって感じじゃね? なぁジョシュアよぉ」
「軽口を叩くな。まだ始まったばかりだ。ミラルダさんはどうだ?」
「誰もいないわ。ダンフィル君じゃないけど、ちょっと静か過ぎよね」
ジョシュアたちは騎士の一員として、家々を調べていた。結果的には誰もいなかったのだ。
ルードの首都へ入ってから半日近くがたっていた。高かった日も陰りを見せ、夜が訪れようとしていた。
「もしかしてだけど、街中だと夜じゃないとでないんじゃない? 私捕まった時も夜だったし」
「ルードの人々は夜にならないと黒い兵士はでないと言っていた。だが港町の時は真昼間だった」
「ん? どういうことだよ?」
「特に時間は関係ないってことだ。さぁ次に行ってみよう。俺たちの受け持ってる区画を終わらして神殿に行こう。精霊騎士が三人いるとは言え、それだけではロンドを相手するには少し心配だ」
「そうね、ユークリッド様とはいえあれはちょっと骨が折れるでしょうしね」
「リンドール卿いてくれたらなぁ。俺ぁもうちょっと避難所の方も探すべきだと思ったんだけどよ」
「今更文句を言うな。ザイノトル卿が守備の傍らで避難所の方を見てくれてるはずだ。さぁいくぞ」
彼らは家々を調べて回った。
そして、夕日が差し込む中、彼らが調査を命じられた区画では、彼らが捜した限りは人はいなかった。
「日が落ちる。ギリギリだったか。さぁ神殿の方へ行こう。何もなければいいが」
「他の騎士や兵士たちはどうするよ? 俺達だけで行くのか?」
「ああ、待ってられない。ミラルダさん、日が落ちきったら火を頼む」
「はいはい、何かジョシュア君もダンフィル君もだけど、私先輩なんだけどいつの間にかため口になったわね。私年上なんだけどなぁ」
「親しくなった証じゃねぇの? ミラルダさん何だかんだでいっつも俺達といるしよ。ジョシュアはちょっと離れてた時あったけどさ」
「まぁ尊敬しろとは言わないわよ。でもねぇ」
三人は談笑しながら神殿へ向かった。談笑しても一つも気を抜いていないところが騎士たる所以か。
神殿へ向かう道の途中、騎士団の仲間に対しジョシュアは手を上げ挨拶をした。他の騎士や兵士たちは皆笑顔で道を守っている。
敵がいないということが騎士団の者たちを安心させたのか、少し、ほんの少しだけ兵たちは気を抜いていた。
ジョシュアが挨拶を交わし終え、道を行こうと足を出した。
その時、遠くで金属がぶつかる音がした。キンという甲高い音。その音は道にいた兵士たちを含め、一瞬で空気を凍らせた。
「おいジョシュア、今の」
「ああわかってる。戦闘か? どこだ」
ジョシュアたちが耳を澄ますと、ピーと笛の鳴る音が聞こえた。
笛の音は敵発見の合図。その音は彼らの来た方向から聞こえてくる。
「後ろかよ! どこから出てきやがったんだ敵はよ……おいどうするよ?」
「当然、行こう。騎士がいればいいが、兵士団だけでは黒い兵は手に余る。ダンフィル、ミラルダさん、走るぞ」
「応よ」
ジョシュアたちは来た道を走って戻った。聞こえてくる音が大きくなっていく。
走りながらジョシュアは剣を抜いた。
「いたわ! 明かり目印に! 間違っても仲間斬らないでよ!」
ミラルダが腰に下げていた火打石を右手でつかみ、勢いよく左の手甲に打ち付けた。小さな火が起こり、それは一瞬で火球となった。
彼女はその火球を左手に掴み、投げる。投げた先にはルクメリア兵士団の兵と鍔迫り合いをしている黒い鎧の兵士がいる。
ジョシュアが飛び込む、剣を肩に構え、勢いのままに黒い兵士に振り切る。
黒い鎧の腕が吹き飛ぶ、ジョシュアの白銀の剣はまるで水を断つように黒い兵士の腕を斬り落とした。
そして、斬り落とされた腕から赤い水が飛び出た。それは、まるで噴水のように。
漂う鉄の匂い、そう、その赤い水は、血。
「血!? 血が出たぞ!? 中身ないんじゃないのか!?」
「ジョシュア止まるな! まだいるぞ!」
中身がないはずの敵の鎧から血が出たことに彼は一瞬動揺した。そして彼は足を止めた。
腕を斬られた敵兵はその場に倒れた。だが、もう一体いる。襲いくる黒い兵士の剣。ジョシュアがそれに気づいたときにはもう剣が振り下ろされようとしていた。
剣がジョシュアの頭に触れる一瞬、槍がその黒い兵士を突き刺し、吹き飛ばしていた。
「迂闊だぜお前らしくねぇ!」
「悪いダンフィル助かった!」
ダンフィルの放った槍は、敵の黒い鎧の胸に突き刺さっていた。
槍を伝い、流れる赤い水。ダンフィルは駆け寄ると自分の槍を持ち、その赤い水を指でなぞる。
「……血だ。間違いねぇ。俺の槍についたこれ、血だぜ」
「今まで中身はなかったはずだ。どういうことだ」
「気を抜かないように、兵士団の皆、敵はまだいるかもしれないわよ。周りを探しなさい」
ミラルダの声に、黒い兵と交戦していた兵士団の兵たちは周囲の路地や家を調べにいった。
「ジョシュア君、その仮面、剥がしなさい」
「ああ……」
ジョシュアは手を伸ばす。その先には黒い鎧の仮面。
仮面は一般的な騎士の仮面と同じような作りだった。留め具を外し、引くと簡単にはずれた。
そして、仮面が外れた先には――
「……人だ。人が、入ってる」
「マジかよ……」
黒い鎧の中に人が入っていた。その顔は生気がなく、まるで人形のようだった。
ジョシュアとダンフィルは共に、冷たい汗が流れるのを感じた。
「マジかよ人殺しちまったぜ……」
「くそっ……」
ジョシュアとダンフィル、騎士の塔より出て騎士団に入った二人、騎士として頭角を現しかけた二人。
そう、彼らは未だ、人を殺したことはなかったのだ。彼らの剣は誰も殺したことがなかったのだ。
「騎士であれば……いつかはやることになる、か。仕方ないで片づけていいのかこれは……知ってれば加減はできたんじゃないのか……」
ジョシュアは心の中では自分で自分を説得していた。だが、手に残った感触が嫌悪感を残している。
「ああくそ、足にしとけばよかったぜ……」
「二人とも、そこまでよ」
その声にジョシュアとダンフィルは顔を上げた。ミラルダは二人が顔を上げたのを見て、淡々と続けた。
「剣技は人殺しの技術。どれだけ綺麗ごとを並べても、その力で人を殺せるのよ。そう、最初は……まぁいやぁな感じよね。でも、選んだんだから。それを選んだんだから、誤魔化さず、受け止めなさい。彼らの犠牲の下に、私たちの道があるのよ」
「……ああ、ありがとうミラルダさん」
「ってまぁほとんどリンドール卿が私に言ったことなんだけどね。まぁ……慣れちゃダメなんだろうけど、慣れるわよ。そのうち」
「ああーくそっ。鎧消えても死体はそのまんまだぜきっついなぁくそ。しかし誰だよこいつ……」
「これって……ルードの神官兵の服じゃない? ほらこの紋章」
ミラルダはそう言って、胸についてる紋章を指さした。それは法王直轄の神官兵の紋章だった。
何人か狂気に中てられ、ロンド側についた者がいると神官たちが言っていたことをジョシュアは思い出した。
「鎧化させたのか? 神官兵を。悪いが俺は鎧化は得意じゃないから聞くんだが、人を鎧化させるとかできるのか?」
「他人を鎧化させるなんて相当の法力がないと無理よ。それを言っちゃ鎧だけ自立させるのも無理だけどね。感覚でわかると思うけど、精霊の石で作ったものって身体から離れるほど維持できなくなるのよ。まして人の動きに合わせて動かすなんて、器用とかいうレベルじゃないわね」
「ダンフィルはできるのか? 得意だと言ってたじゃないか」
「できるわけねぇだろ。ぶっちゃけ法力法力言うけど法力って言っちまえば精霊の石が動く何かよくわからん力だしなぁ。俺もそこんところよくわかんね」
「そうか……とにかく、神殿へ向かおう。わからないことを考えている場合じゃない。日が落ちて敵がでてきたのかもしれない。慎重に行こう」
ジョシュアたちは心を静め、神殿へと向かう。
神殿、彼らが一度敗北を喫したその神殿に、彼らは向かった。




