第2話 騎士団
場内の広場にて、集う兵士たちの一角に彼はいた。
屈強な男たち、鍛えた身体、その中にあっても一人背が高く、服の袖から覗く腕はそこに秘められた力を隠すことはできない。
彼の身体に合う鎧が間に合わなかったため、彼だけ鎧を着ていない。背にはその身体に見合う両手剣を抱え、周囲の兵士たちからの視線も意に返さずまっすぐに前をみていた。
彼に見ていた先には煌びやかな鎧に身を包んだ男が高台に上り立っていた。
「そろそろ時間かな。ああ入団おめでとう諸君、楽にしてくれ。今日は騎士団長は遠征でいない。で、私の方で皆に入団式の挨拶をさせてもらうことになった。このような若輩だがよろしく頼む」
男たちの目線が前に集まった。騎士団は男しかいないというわけではないが、圧倒的に男の比率が高いのだ。特に今回は男しかいない。
そこの一人であった彼、巨漢な男。ジョシュア・ユリウス・セブリティアン。両手剣の位置が気になり肩を縦に揺らす。彼は昔から巨大な身体を持っていたわけではなかった。
ルクメリア王国は嘗て、戦争が絶えなかった地で一人平和を勝ち取るべく立ち上がった男が築いた国であった。
平和な国、平和の国、そんなものは幻想であると思われていた時代にその男はただ一人戦わなくても生きていける国を想い、彼を含めた12人の仲間と共にこの国をつくった。
12人の仲間はその想いを叶えるべく、精霊の力を得て、闘争を治めた。その者たちは精霊の力を得たことから、精霊騎士と呼ばれるようになった。
そして1000年経った今でも精霊騎士は称号として残っている。
そのような背景があり、騎士はこの国では国の礎として、誰もが憧れる存在であった。
騎士になるためにはまず10歳になる年に試験を受け、合格した者は騎士の塔と呼ばれる騎士の修練所に入ることになる。そこでは騎士としての心得、騎士としての技術、そして学問を学び、修めることとなる。
基本的な期間は10年、20歳で卒業となるが成績と試験結果によってはより早く卒業する者も稀にいる。
騎士は周辺国の紛争や戦争の仲介、和睦の使者の護衛、平和のための戦争という矛盾した仕事内容を持っていた。そのため周囲の国は騎士の介入を疎んでいた面もあったが騎士は強く、誰も騎士団を持つルクメリアを敵にしたくなかった。
ルクメリア王国は最高の武力を持った中立国であり。最強武力を持った平和国である。
ジョシュアは子供のころは身体が小さかった。彼はそれに対し少し、いや、かなりのコンプレックスを持っていた。
騎士の塔へ入った彼がまず心がけていたことは食べること、そして重い剣を使うこと。
その日々が彼をこのような巨漢と成長させた。彼の成長は周囲を驚かせた。
彼の父親は騎士であり、母親は城内聖堂の修道女である。多忙なため彼が自分の両親に会う機会は多くはなかったが、会うたびに両親は驚き、子を褒めた。
彼はそれに喜びを感じ、父のような強さと、母のような優しさを持って成長した。長身で無造作な黒髪、そして口が少ないことで誤解されがちなのが玉に瑕と友人によく言われた。
そんな彼が今騎士の塔を卒業し、騎士団の入団式へと出席している。
「申し遅れたが、私は精霊騎士第10位のグラーフ・リンドールだ。騎士団長のライアノック卿がいない時は私が騎士団を指揮することになる。顔を知っておいて欲しい。うむ、では貴君らは……」
短く切り、すっきりとした印象を持つ高台に立つ騎士、グラーフ・リンドールは声をあげ騎士団の心得を説いた。
「騎士団の存在意義は平和維持だ。だが、時には自ら泥を被ることもある。綺麗ごとばかりでは人の意思は統一などできないということだな。今年は騎士の塔から帰った者は二人いると聞く。だが一般公募の兵もまた大事な我が団の仲間。特別扱いはしないから期待はしないでくれよ」
騎士団には二種類の役職がある。主に国境の内を守る兵士、平和維持のために周辺国へ出張る騎士。
兵士の中には昨日まで普通の学び舎にいた者もいる。民間のトラブルや市民の相談などを主とし、主に内を守るのが兵となる。
「兵の諸君は明日より我が騎士団訓練校の下で厳しい訓練を受けてもらうことになる。騎士の塔より戻ってきた者は明日より実地訓練として、私の遠征についてきてもらうことにする。おっといきなりこれは特別扱いになるのかな? 仕事内容は違うが給金は同じなところで特別扱いなしということでここは一つな。ははは、っと」
周りには笑顔を浮かべるものは一人もいなかった。グラーフは少し外したような雰囲気に気まずくなった。
「ううむすまない私はこういうのは得意ではなくてな。では兵の諸君はあそこにいる兵士団長についていってくれ。彼は私よりも騎士団で長い。きっと有意義な話をしてくれるだろう」
「おおしガキどもついてこい! 俺が訓練校校長兼騎士団兵士団長のダグラスだ!」
スキンヘッドに長い髭の兵士団長に連れられ、ぞろぞろと人込みが移動してった。
そして残された二人。彼らの元へグラーラが近づいた。
「ああすまない。改めて私が精霊騎士第10位のグラーフだ。君たちが騎士の塔を卒業した人たちだね?」
「ジョシュア・ユリウス・セブリティアンです」
「はい。俺は、いや私はダンフィル・ロードフィルです!いやまさかいきなり精霊騎士最年少の人に会えるとは……」
「ダンフィル君にジョシュア君か。よろしく、まぁ最年少といっても3年前までなんだけどね。ははは。本当は君たちも1か月は訓練校にて訓練をして欲しかったんだけど、事態が急変してね。来月は騎士団の剣術大会もあると聞いてるだろうが、できるかどうか微妙なところで……いやそこはいいか」
爽やかな声をあげながらも華がある。ジョシュアとダンフィルは目の前の男が強く、誠実であるということを感じ取っていた。
「ところでジョシュア君。君…セブリティアン卿のご子息かい?」
「はい、父です」
「おおやはりそうか。実はセブリティアン卿にはだいぶ世話になっているんだ。精霊騎士の順位でこそ私の方が上になったが今でも騎士団といえばあの人だと思ってるよ」
「ありがとうございます」
「ジョシュアの親父さん精霊騎士なのかよ?俺知らなかったぜ?」
「万年12位だから別に、ああいや、まぁいいじゃないか」
「うむそういうダンフィル君はバラック氏のお子さんだったね? あの人は厳しかったなぁ。兵士とはいえ手合っては何度か負けたもんだ」
「親父頭悪いのにつええからなぁ。っと父は武術だけは強いからですねはい」
「ははは、まぁ私もまだ28だ。そう硬くしないでくれ。よしでは明日から実地訓練だよ。ああ期間は半月程度だ。近いからね。任務内容は馬車内で話すからそれ以外で質問とかあるかな? 騎士団の生活とかさ」
「俺は何もねぇな。ジョシュアなんかあるか?」
「俺も特には……」
「そうかい? じゃあ明日またここに来てくれ。ああそうだあと明日の実地訓練は去年入団した騎士の二人も同行するからからね。彼らはそこまで君たちと差はないから気楽にしてくれよ。では今日は解散といこう」
「はい」
二人の返事が重なった。入団式は終わった。ジョシュアとダンフィルは騎士団への入団を果たした。
彼らは一礼すると城門へと向かった。
「あ、そうだジョシュア君」
「はい何でしょうかリンドール卿」
「君の鎧。明日には間に合わないらしい。騎士の塔時代のがあると思うから自分で持ってきてくれるかな?」
「はい、では」
晴れた空、場内の広場へ刺す光は真っ直ぐに、彼らの姿を照らしていた。