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今日も魔導士は幼女に耐える  作者: 虎山タヌキ
陽だまりの中で
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02 とある昼下がり

 昼食時を終え、陽の光が朝露を散らす頃。


 ロクは、とある山の麓にある草原で、薬草が積まれた荷台に寄りかかり、腕組みをしながら、少し不安気にその者たちを見ていた。


 視線の先には、二人のちっこい奴らが相対している。


「いいか、オルコス。今日も魔女術式の初歩の初歩。存在の不認知からゆくぞ」

「わかりましたっ。にゃんこ師匠っ!」

「誰が、にゃんこだっ。我輩は高貴な悪魔だと言っておろうがっ!」


 ここ数日、アビスとヌヴィはこうして他愛もないやり取りをしながら、まったく緊張感のない魔女修行を続けている。


「まあ良い。まずは、ここ。眉間の辺りに意識を集中し、魔力を練るのだ」


 ヌヴィは言って、自身の額を肉球でちょんちょんとやって、アビスに示す。


「わかったっ……ん~」


 アビスは眉間にしわを寄せて、はむむむと唸る。


「……できてる?」

「……いや、顔が怖くなっているだけで、全くできとらんぞ」


 ヌヴィは、少し呆れたように片眉を釣り上げる。


「力は入れんでいい。ただ集中するのだ」

「やってみる……」


 瞬間、僅かにアビスの全身から、特殊な魔力の波長が生じる。


「ふむ。その状態を維持したまま、自身の体が消えていくところをイメージするのだ」

「わかったっ」


 すると、徐々にアビスの姿が薄れていき、ロクがはっと驚きの表情を見せた時。


「……あれ? でも、アビス居なくなったら、ロクに会えなくなっちゃう?」


 アビスは、思いついたようにそんな事を言って集中を切らすと、纏っていた魔力を消失させてしまった。


「一時的に身を隠すだけだ。居なくはならん」

「よかったっ。ロクっ! アビス居なくならないって!」


 アビスは、ヌヴィの言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろし、少し遠くに居るロクに声をかける。


「……ああ、それは何よりだ」


 ロクは、やれやれと肩をすくめて返事をする。


「今日はこのくらいにしておくか。あまり根を詰めても仕方ない」

「わかったっ。ありがとうございました、にゃんこ師匠!」

「だから、にゃんこではないと……」

 

 ロクは、修行の終わりを察して周囲に展開していた結界を解くと、アビスに水筒を持って行く。


「ほら、これ飲んどけ」

「うんっ。ありがとっ」


 アビスが水筒の中身をんくんくと煽り始めると同時に、待ち合わせていた者がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。


「おっす~。おっ、そのにゃんこがアビスちゃんの師匠の使い魔さん?」


 その誰かとは、目が覚めるような赤髪に整った容貌の少女、リコベルだった。


 今日は、リコベルの冒険者業が午前中に終わると言うので、午後から近くの川で魚釣りをする約束をしていたのだ。


「ああ、ヌヴィだ」

「……えっと、リコベルです。よろしくねっ」


 リコベルは、ヌヴィと言う名前らしい黒猫に、そう名乗ってこどもに接するようにかがんで握手の手を差し出す。


「なんだ? この小娘もオルコスの護衛か?」


 ヌヴィは、リコベルを怪訝そうにじっと見つめる。


「ああ、いや、私は別に護衛ってわけじゃないんだけど……」


 リコベルがヌヴィの外見とギャップのある言葉遣いに戸惑っていると、ヌヴィは、ぐっとリコベルに近付き顔を覗きこんでくる。


「……え? なに?」


 そして、


「……ふむ。間抜けそうな顔をしてるな」


 そんな事を言ってのけた。


「なっ!?」


 リコベルは、突然そんな事を言われて、あんたに言われたくないわ、と思わずカッとなる。


「待てっ、リコベル。ヌヴィをよく見てみろっ」


 だが、そんな雰囲気を察して、咄嗟にロクが間に入ってきた。


「え? ……あっ、黒猫なのに手足が白い。靴下履いてるみたいで、ちょっと可愛いかも」

「違うっ!! そこじゃないっ。もっとよく見てくれ」

「え? ああ、尻尾が二つ……あるわね」

「な?」


 ロクは良い顔でリコベルに向けて、ぐっと親指を突き立ててくる。あたかも、尻尾が二つもあるんだから許してやってくれと言わんばかりだ。


「いや、なって言われても」


 だが、リコベルにその想いが伝わるべくもなく、変な空気を持て余していると、


「リコっ!」

「アビスちゃんっ」


 ちっこい奴が尻尾をパタつかせてリコベルにむぎゅっと抱きついた。


「リコも修行?」

「違うよ~。今日はいいものを持ってきましたっ」

「いいものっ!?」

「はいこれ」


 そう言って、リコベルがアビスに手渡したのは、棒きれと糸だった


「なにこれ?」


 アビスは、自分の中での『いいもの』とは程遠い物を渡されて、小首を傾げる。


「へへ~。今日はこれで、お魚釣りをします」

「おさかなっ!?」


 アビスは魚釣りと聞いて、一気に目を輝かせた。少し前にテッドとウィズが魚釣りをした話を聞いてから、ずっと自分もやってみたいと思っていたのだ。


「ロクもやる?」

「ああ、あとで行くから先にやっててくれ」

「……ん~、おっけい。じゃあ、アビスちゃん。先にたくさんお魚釣ってロクを驚かせよう」

「うんっ!」


 リコベルは、アビスを伴って近くを流れる小川の方へと下りて行った。


 ロクは、二人を見送ると、さりげなく隣に立つヌヴィに話しかける。


「なあ。本当のところはどうなんだ?」

「本当のところ?」


 ヌヴィは、言っている事がよくわからない、といった様子で聞き返す。


「今までアビスの元に来られなかったのは、何か理由があったんじゃないかと思ってな」


 先日、エスタディアの中央通りを歩いていた時に、荒くれ者たちの冒険者が脇を通り過ぎた事があった。その時、ロクが反応するよりも速くヌヴィはアビスを庇うような配置に付いていた。その身のこなし、隙のない構えは、普段の間抜けな姿からは程遠く、フレアも驚いていたほどだ。


 なので、ロクはどうにもヌヴィがただの間抜けな使い魔には思えなかったのだ。


「ふっ。いや、眠っていたというのは嘘偽りのない事実だ。我輩はこう見えて意外とうっかりさんだからな」

「……そうか」


 やはり、自分の考えすぎだろうか。ロクは、フレアが言っていた事を思い返す。使い魔というのは、名の通り召喚者に使われる者であり、そこには主を守る以外の目的と意志が介在しない。


 でも、どうにもロクは、ヌヴィが何かを胸に秘めているように思えて仕方なかった。


「それで、わっぱはあれをどうするつもりなのだ?」


 すると、僅かな沈黙を破って、ヌヴィが小さく訊いてくる。


「どうする?」


 今度は、ロクがヌヴィの言葉を聞き返す。


「わかっているとは思うが、あれは世界からすれば脅威の存在だ。だが、魔女としての意志が覚醒していない今ならば、いかようにもその生き方を導く事ができるのではないか?」

「俺は……他のこどもと同じように、アビスが望む道を進ませてやりたい」

「ふっ、望む道か。それが世界を破滅に導く道だとしてもか?」


 ヌヴィは、小さく笑ってロクへ試すような目を向ける。


「っ! アビスは、そんな事は望まないっ」

「例えばの話だ。そう熱くなるな」


 ヌヴィは感情をなだめるように、凄んでくるロクを片手で制す。


「……あいつは、みんな笑顔ならそれで嬉しいと言っていた。優しいやつなんだ」

「わっぱに言われんでも、そんな事はわかっておる。魔女はみな優しい……優しくて、無垢で、報われぬ」

「……?」


 どこか遠くを見るように目を細める黒猫の姿は、どこか寂しそうに見えた。


「しかし、みんなが笑顔に……か」


 ヌヴィは、一つ空を仰ぎ、ロクに聞き取れないほどの小声で、「やはり、その道を選んでしまうのだな」と、こぼした。


「ん?」

「いや、詮無き事だ」


 ヌヴィは、聞き返すロクに肉球を突き出し、それ以上の追求を拒んだ。


「ああ。それと、あいつの事はオルコスじゃなくて、ちゃんと名前で呼んでやってくれないか? 例えあいつが強大な力を持つ魔女の血族だとしても、あいつはアビスなんだ」

「ふむ。名か。確かに名というのはその魂を縛るからな。考えておこう」


 二人が難しい顔をして何やら話しているところに、ちっこい奴が息を切らしながら嬉しそうな顔で、駆け寄ってきた。


「ロクもおさかな釣りしよっ? たくさんおさかなとれるよ?」

「ああ、今行く」


 ロクは、まだヌヴィに聞きたい事があったが、次の機会にするか、と自制した。


「お前は行かないのか?」

「我輩は高貴な悪魔だ。魚などに興味はない」

「そうか」


 ロクは、何となく後ろ髪を引かれながらも小川の方へ行くと、そこには大量の魚が入ったバケツとリコベルの姿があった。


「おっ、来たわね。どうよ?」


 リコベルは、ロクに向けて今しがた釣り上げた大きな魚を見せつけてくる。その姿はさながらガキ大将といった感じだ。


「こどもか、お前は」

「へへ~。得意なんだよね。そうだ、どうせなら勝負しようよ?」

「勝負?」

「そそ。たくさん釣れた方が、何でも一個言う事を聞かせる事ができるって事でどう?」

「……構わないが」

「はい、じゃあこれあんたのね」


 ロクは、手渡された棒と糸を見て首を傾げる。


「餌は?」

「は? そんなもん石ひっくり返せばいくらでもあるでしょうに」


 リコベルは、何言ってんの? とでも言わんばかりだ。


 ロクは、半信半疑で足元にある大きめの石をひっくり返して見る。すると。


 そこには、わさわさわさ、と小さいもぞもぞとした何かがたくさんいた。


「っ!」


 これは……かなりエグい。


「……おい、まさか餌って」

「そうそう。その虫の腹に針を刺して……って、あんた釣りした事ないの?」

「ない」

「そんなのでよく勝負受けたわね。でも、餌も付けられないようじゃ、私の勝ちは決まったようなもんね」


 リコベルは、にひひと意地悪な笑みを浮かべて、鼻歌を歌い始める。


「くっ」


 ロクは、負けず嫌いの性格もあってか、何度か虫を掴もうとするが、どうしても不快感が勝ってしまう。


 どうしたものか、と思案しているとふとある事に気が付いた。 


 そうだ、何もこんな棒きれと糸でなくたって、魚を捕まえることはできる。


 ロクは静かに魔力を練り上げる。


「ルートゼッ!?」


 しかし、ロクが詠唱をしようとした瞬間、ぽかりとその頭を誰かに棒切れで小突かれた。


「なにずるしようとしてんのよ、あんたは。こういうのはちゃんとするのが醍醐味でしょうが」

「ロク……ずるは良くないと思うので」


 アビスにまで怒られてしまった。


 仕方ない。ロクが意を決して虫を掴もうとすると、その手よりも先に小さな手が、何のためらいもなく、それを掴んだ。


「ロクっ、アビスとくいだからやってあげるね」


 アビスはそう言うと、慣れた手つきで釣り針にさした。


「はいっ」

「お、おう」


 こどもというのは、なぜこうも容易く虫を手づかみにできるのだろうか。


 ロクは、世界の不思議を見たような顔でアビスをじっと見つめてから、水面に釣り糸を垂らした。


 その後は、アビスの助けもあってか、ロクも順調に魚が釣れ始め、リコベルとの一進一退の勝負が繰り広げられた。


「おっし、そろそろ終わりにしよっか~?」


 しばらくして、リコベルが勝負終了の合図を出す頃には、ロクのバケツもいっぱいになっていた。


 なっているはずだった。


「あれ? おさかな逃げちゃった?」

「いや、そんなわけが……」


 背後に置いてあったバケツの中を覗きこんで、ロクとアビスは首を傾げる。


 まさか。


 ロクの視線の先には、大きな木の幹を背もたれにして立っている黒猫がいる。


「なんだ? 我輩の顔に何か付いているか?」


 ヌヴィは、表情一つ変えずにロクを見つめ返す。


「いや、バケツの中に釣った魚がいたはずなんだが……」

「わっぱ。由緒正しき悪魔である我輩が、盗人まがいの事をしたとでも言いたいのか?」


 ヌヴィは鋭い目つきになり、ギロリとロクを睨む。


「……いや、そういうつもりでは」


 だが、その足元には、無残にも骨だけの姿となった魚たちが散乱している。


「わっぱ。悪魔をあまりなめるなよ……あと、食べにくいので、次からは小骨を取っておいてくれませんかっ!」

「やっぱり、お前じゃねえかっ!」

「…………」


 問い詰められたヌヴィは。


 すぴー、すぴー。


 立ったまま鼻ちょうちんを膨らませて眠っていた。 

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