15 リコベルと北区の冒険者たち。
本日は13~16話の連続投稿となっています。
「材料屋んところの子だけ、連れて行かれたらしい……」
「アビスちゃんだけが? どうして?」
「亜人売買じゃないか? 教会は奴隷商にも手を出してるって聞くぞ」
冒険者ギルドを内包した広い店内では、職人たちを中心に、憶測が飛び交い情報が錯綜していた。
亜人族は、女が生まれる可能性が極端に低い。そのため、一部の高位聖職者は、邪教徒狩りの際に亜人の女だけは殺さず捕らえて、奴隷商に売ることがある。故に、アビスだけが連れていかれたという情報と符号し、彼らに高い信憑性を持たせていた。
だが、ここエスタディアは魔導レギオン加盟国であり、そんな不条理な真似が許される筈がない。きっと、すぐに解放される。何かの間違いだろう。
何も出来ずにいる自身を許容するかのように、皆の思考が逃げ始めていた。
とにかく、このままこの時間が過ぎてくれれば。そんな空気が麦のシッポ亭を満たし始めた頃、不意に店の扉が開け放たれた。
リコベルだ。
「おお。リコ、どうだった?」
「職人たちは? どうなっている?」
「……リコ?」
リコベルは、掛けられた言葉に応えることなく、まっすぐに店全体を見渡せる、厨房の前へと進んで行く。
そして、すうっと、大きく息を吸い込んで、意を決して口を開いた。
「みんなっ、聞いてっ!!」
リコベルは、店内の注目を一気に引きつけて、話し始める。
「この邪教改めは、何かがおかしい。もしかしたら、初めからアビスちゃんを狙っていたのかもしれない」
やはり亜人売買か、と店内が再びざわつき始める。
「だから……私は、アビスちゃんを助けようと思う」
リコベルは、まっすぐに皆を見据えて、きっぱりと言ってのけた。
「だっ、だけど、もし違ったら……」
「まだ、わかんないだろ? もう少し様子を見てから」
真剣な面持ちで話しを聞く職人たちとは打って変わって、冒険者たちはリコベルの話に否定的な態度だ。
無理もない。冒険者達は、職人連中と違って、感情よりも実利で動く生き物だ。理由はどうあれ、国が認めた教会の邪教改めを邪魔立てすればどうなるか、頭で理解している。それに、ロレントの魔力を肌で感じてしまった事により、明らかに萎縮してしまっていた。
それでも、北区の冒険者たちの協力を得られなければ、アビスを助ける事はできない。
リコベルは、更に続ける。
「もし、ここで動かないで、アビスちゃんに万が一の事があったら、絶対……一生後悔する。守れなかった。自分は何もしなかった。何年経っても、これから先、自分の口から正義が語れなくなる。私は自分が死ぬ時に、そんな後悔をしたくない。どうせ後悔するなら、やってから後悔したいっ。お願い。みんなの力を……貸して欲しいの」
しん、と静まりかえった店内が、にわかに騒がしさを取り戻していく。冒険者たちを中心に明らかな動揺が見て取れた。
そんな中、とある冒険者パーティーのリーダーと思しき男が口を開く。
「国王とレギオンがこの邪教改めを認めている以上、間違えでした、じゃ済まないんだぞ? 下手なことをすれば、ここ北区全体の問題になりかねない……」
「私はっ、アビスちゃんの事、本当の家族みたいに思ってる。だから……このまま黙って見過ごすなんて、できないっ」
リコベルの言っている事はわかる。わかるのだが、彼らにも家族があり、暮らしがある。それらを投げ打ってまで、他人のために負う危険性を受け入れられずにいた。
しかし、もちろん冒険者たちにも、できれば何とかしてやりたいという気持ちはある。
それでも、何かを守るために、自身が危険の中に身を投じれば、現在守っているモノを守れなくなってしまう。
そんな苦しい空気が流れる中、一人の若い冒険者が、意を決したように立ち上がった。
「俺……やります」
「おっ、おいっ。お前わかってんのか? 教会の邪教改め自体は、レギオンも認めているんだぞ?」
パーティーメンバーの男が、若い冒険者を止めに入る。
「俺、最近娘が三歳になったんすよ。あいつ、ろくに面倒も見れてない俺の事パパ、パパって追い回して、ははは。こどもって本当可愛いんす。でも、もし、自分のこどもが、同じ状況になってたらって考えると、俺、黙ってらんないっすよ。リーダーも、奥さんが同じ状況だったら助けるっすよね?」
「……ん。そりゃ、まあ……な」
状況が変わり始める。
そのやり取りを聞いて、更に数人の冒険者たちが、協力を申し出てくれた。
だが、アビスを救い出すためには、ここに居る全ての冒険者たちに協力してもらわなくては難しい。
あと、ひと押し。なにか、なにか、彼らを突き動かすような何か。
リコベルが、何か言わないと、と口を開きかけたその時、突然店内に甲高い金属音が響いた。
――っ!?
店中の者が、その音がした方へと視線を向けると、そこには、大鍋をおたまで強く叩いたアゼーレが居た。
「呆れるねっ。大の大人が雁首揃えて情けない。あんたらは、何のために冒険者になったんだい? 誰かを守りたいって、そう思ったからじゃないのかい? ここ北区は、みんな家族も同然。守る時も、守られる時も。ここで行けないような腰抜けは、今後一切この店の出入りは禁止だよっ!!」
アゼーレが腕組みをして、言い放った後ろには、普段は厨房からあまり顔を見せない寡黙な旦那も、同じ想いで立っていた。
「なっ、ギルドあるのに出入り禁止って……」
「おっ、女将、そんな簡単な話じゃないんだって。相手は教会だぜ?」
「そうだ。下手をすれば北区全体が罪に問われる可能性だって」
「そしたら、全責任は私が取って、火炙りでも何でもなってやろうじゃないのっ」
アゼーレは、はっと鼻で笑って一歩も引かない。
「そんな無茶苦茶な……」
しかし、そんな無茶苦茶な物言いでも、冒険者たちに自身らの情けなさを感じさせるには十分だったようで、徐々に拳を握る者、歯を食いしばる者たちが増えてくる。
そして、最後のダメ押しとでも言わんばかりに、アゼーレは冒険者たちにおたまを向けた。
「でも……もし、アビスちゃん連れて帰って来れたら、その時は、一日貸切で食べ放題の飲み放題だよ。もちろん、店のおごりでね」
アゼーレは、片眉を釣り上げて、何でもない事のように、にかっと笑った。
皆、唖然としたまま店内に静寂が流れる。
「……ここ出入り禁止って、クエスト受けられなくなるじゃねえか」
その静寂を切り裂くように、一人の冒険者がぼそりとつぶやく。
すると。
「……まあ、あの子を見殺しになんて、できねえよな。俺もやるぜ」
「いざとなったら、ここヴォラスはレギオン加盟国だしな」
「女将、おごりの事忘れんなよ?」
「いつも偉そうにしてやがる、教会の野郎どもに一泡吹かせてやるか」
冒険者たちが、次々にその重い腰を上げ始める。
「みんな……ありがとうっ」
リコベルは、やれやれと言った様子のアゼーレに、一つお礼の目配せをする。
「で、具体的にはどうするんだ? あの魔力見ただろ? ロレントの野郎とやりあって勝てる見込みはないぜ」
「うん。聞いて欲しい作戦があるの」




