06 ロレントの謀略。
ロレント視点の少し短いお話です。
今日は二話連続更新となります。
漆黒に染まる森の中を一人の男が歩いて行く。その姿は、どこにでもいるような、平々凡々とした好青年である。
男の名は上代蓮斗。自身から名乗ったつもりはないが、いつの間にかロレントと呼ばれるようになっていた。
「あの魔導士、ふざけた真似をしやがって……」
ロレントは、道無き道を進みながら、昨日の出来事を思い返し表情を歪める。
まさか、自分の正体に気付いているのか、とも考えたが、もしもそうだとしたら、あの場で引き下がるわけがない。
ロレントは、あれからロクの突飛な行動について様々な可能性を考えたが、せいぜい外から来た人間なので試してみたという程度だろう、と結論づけていた。
その後の応対を見る限り、恐らく自分への疑いは晴れたのだろう。
だとすれば、むしろ護衛役の魔力をこの目で見れたのは運が良かった。
ロレントは、感じ取った波動から、あの時ロクが寸止めの一撃に込めたのは、全魔力の五割程度だろうと当たりを付けている。
あの程度なら、万が一気付かれたとしても、どうにかできる筈だ。
だが、あくまでも計画は、誰にも気付かれずに、最後の一日までやり遂げること。焦りは禁物だ、と自身を強く戒めながら、込み上げる感情に耐える。
ロレントは今から七年前、教会と一人の魔女によって、魔神を討伐する英雄として召喚された者の一人である。
当時世界は、魔女の術式失敗によって顕現した魔神に苦しんでおり、魔導レギオンと教会の力を持ってしても、その討伐は困難を極めていた。
一度召喚された魔神は、一定期間を経るまで消滅する事はなく、人々はその住処を放棄するしかなかった。
そんな中、一人の魔女と教会が結託し行ったのが、英雄召喚である。
この世界の理を凌駕する力には、こちらも世界の枠にとらわれない力を。そう思っての事だったが、召喚された英雄たちには、魔神を討伐できる程の魔力は無かった。
頭を悩ませた教皇と魔女は、更なる力を求めて術式構築の研究を続けた。
やがて、数年の時を経て、強大な力を英雄に与える術式が完成する。
そうして、実験的に一人の英雄にその力を与えた結果、誕生したのが現勇者である。
これならば、魔神を討つ事ができる。そう誰もが確信したが、すぐにそれは失敗である事に気が付いた。
強大な魔力を手に入れた勇者の態度は急変し、正義の心など微塵もない化物に成り果ててしまったからだ。
支配下に置けないのであれば、それは魔神と同じである。
教会と魔女は、更なる力を与えると称して、勇者の魔力を再び元に戻す術式を行う事にした。
しかし、その圧倒的な力に魅せられた一部の高位聖職者たちと勇者は秘密裏に手を結び、唯一術式を行う事ができる、当該の魔女を殺してしまった。
その後勇者は、名誉と栄光を手に入れるため、形上は教会の最高位聖騎士として、君臨することになる。
ロレントは、次々と入ってくる勇者の所業に興奮し、いつかは自分も、と常々考えていた。
圧倒的な権力、暴力、自由奔放さ。
その全てが、ロレントを勇者の道へと駆り立てた。
しかし、勇者になるためには特殊な魔力が必要となり、認識不可能とまで言われる、擬態能力に優れた魔女を見つけ出さなくてはならない。
当然、ロレントの長年に渡る魔女捜索は実ること無く、どこか自分の中で諦めの色が見え始めた頃、突如として絶好の機会が訪れた。
アビスを見つけたからだ。
「もうすぐ、世界がこの手に……」
ロレントは、僅かに震える手を見つめ、魔獣が犇めく獣道を更に進んでいく。
この深い森の奥で、自身の支援者である、高位聖職者の密偵と落ち合う事になっているのだ。
しばらくすると、月明かりが差し込む少し開けた場所にたどり着いた。
まだ来ていないか、と周囲を見渡した瞬間、どこから湧いて出たのか、木々の影から十人ほどの盗賊団が出現した。
「おや~。どうした小僧? 隊商からはぐれちまったか?」
頭目と思しき男が言うと、ロレントを取り囲む他の盗賊たちも下衆な笑みを浮かべて、じりじりと近づいて来る。
「ん~? 良く見りゃ色男じゃねえか。こいつは、貴族のババア共に高く売れそうだぜ」
ロレントは、取り囲む盗賊たちに興味のない視線を送り、心底面倒臭そうな顔をして嘆息した。
「芸の一つでも覚えりゃ、可愛がってもらえるからよ。がはははっ」
賊の頭目が下衆に笑って、腰に差した剣を抜くと同時に、ロレントの掌から有無を言わさず最高位の火属性魔法が放たれた。
――っ!?
次の瞬間、賊の頭目と両脇にいた盗賊二人が消し炭となった。
ロレントは、何を言うでもなく、驚愕する盗賊たちへ、水属性、風属性、土属性と、次々に最大級のスキル魔法を打ち込んでいく。
「ひっ!?」
「クエストも無いのに、雑魚のNPCが絡んでくんじゃねえよ、めんどくせえ」
ロレントは、最後の一人を始末すると、静けさを取り戻した森の中で独りごちた。
「……一応やっておくか」
ロレントは、徐ろに虚空へ向けて手をかざし魔力を込める。
すると、辺りに残った魔力の余韻が、跡形もなく消え去った。
英雄としてこの世界に召喚された者は、無条件で全ての属性スキル魔法を無詠唱で扱う事ができる。それだけでも、相当な戦闘能力となるが、更に『魔女の贈り物』と呼ばれる、固有術式魔法を幾つか付与されている。
ロレントが今使ったのも、波動除去という、魔力の波長や余韻を打ち消し感知できなくするギフトの一つだ。
「お見事です」
突如、背の高い木の上から降りてきたのは、黒装束の怪しい男だった。
「……居たなら助けろよ」
「ロレント様にそのような事は不要かと。して、状況の報告を頂きたいのですが」
「特に無い。魔女の操作も上手くいっている。万事順調だ」
術式発動には、毎日一つずつ魔法陣を描き、三十日の時間を要して魔力を集めなくてはならない。
ロレントは、エスタディア北区全体を一枚の紙に見立てて、日々細心の注意を払い準備を進めていた。
「そうですか。一応、大司教様より、幻惑草を預かってきておりますが……」
「必要ない。そんな物を使わなくても、僕の魔法で十分だ」
ロレントは言って、密偵を睨みつける。
滞り無く事を運ぶため、アビスには不安と安心を上下させる弱い精神魔法をかけてある。あまり強い魔法を使うと、周囲に不審がられる可能性があるからだ。
「承知しました。それで、報告にあった護衛の魔導士の方は、いかがですか?」
「問題ない。僕の計画は完璧だ」
精神操作のスキル魔法は、取得難易度が高い闇属性で、扱える者の数は少ない。
更には、波動除去が合わさって、一流の魔導士であれど、そうそう気付け無い状況にしてある。
「それは何より。大司教様からの言伝は一つ。例の件、滞りなく行えるとのことです」
「そうか……教会の方は、どうなっている?」
「問題ありません。未だ北の方角というところまでしか掴めていないようです」
「じゃあ、帰ったら伝えておけ。必ず勇者になって、教皇にしてやるってな」
「承知しました。それではロレント様。また追って、報告致します」
「ああ」
黒装束の密偵は、泡が弾けるようにその姿を消した。
準備は万全。あとは、最後の日にあの魔導士を遠ざければ良いだけだ。
ロレントは、間もなく訪れるであろうその時を想像し、邪悪な笑みを浮かべると、闇の中へと紛れていった。




