マックスコーヒーが俺の嫁になった話を少しだけ書いてみた超短編
今回の登場人物
俺・今回の主人公で語り手
・毎朝飲むほどの大のマックスコーヒー好き
・ヘタレ気質の一般生徒
少女・今回のヒロイン
・突然少女に変身した一本のマックスコーヒー
・甘ったるい口調にほんわかとした性格、しかし毒舌
ゴトン、という心地良い音を耳にしながら、俺は体育館脇自販機の中に落ちたあるものを取り出した。
黄色と黒のデザインが施されたそれはマックスコーヒー。練乳をふんだんに使う事でもたらされた甘さは、常人の味覚を破壊してしまうほどの威力を持つ。
そんなコーヒー飲料を毎朝八時に飲む事が俺の日課であり生き甲斐であったりする。むしろこれが無いと一日が始まらない。さらに言うなら急激な糖分不足で身体が痺れ、最悪の場合、某アンパンのヒーローのように力が出なくなる。
ひんやりと冷えているマックスコーヒーを左手で持ち直し、教室へ戻ろうと歩を進め始めたところで左手に違和感が生じた。マックスコーヒーが急に不定形の物体に変化し、熱を少しずつ帯び始めたのだ。
あまりにも意味不明な出来事に怯え、思わず左手を斜め下に遠ざけた。
さっきまでは冷たかったマックスコーヒーが今では生暖かく、柔らかい感触を持つ何かになっている。しかもコーヒー缶を握っていたはずの左手がその感触に掴まれていると来た。
どういう状況なのか全く把握できていない俺は、マックスコーヒーの行方と左手の謎感触で頭がいっぱいになっていた。額の汗が氷のように冷たく感じる。
生まれて初めて怪奇現象に遭ってしまったと内心ビクビクしながらも、非日常に対する好奇心に負けて恐る恐る自分の左手を覗き見た。
すると、だ。そこには小さくて滑らかな右手が、離さんとばかりにしっかりと俺の左手を握っていたのだ。
もしやと思い、その手の持ち主を探るため両の眼球を手の甲、手首、肘、二の腕、肩へと少しずつ上に行くように動かした。
そして顔。横目で見たその顔はまさに美少女のそれだった。俺の肩と同じくらいの高さにあるそれは微笑の表情を貼り付け、小首を傾げている。
って、え? 美少女?
なるほどそうだったのかと流し移動の再開をしかけたところで、もう一度、今度は正面から向き合う形で目を合わせた。で、またにっこりハテナ。
……。
「おわぁああああ!」
「きゃあぁあああ!」
男の悲鳴と女の黄色い声が体育館脇の通路で鳴り響く。白い目で見てきた他の生徒達が昇降口に入って行ったのを尻目で見かけたけど、この際もう気にしたら負けかなっていうくらい俺は開き直っていた。
女性に対する耐性がほぼ皆無な為、繋いでいる手を離そうと反射的に五本指を全開にして思い切り振り解こうとした。その時。
「わわ、ちょっと待ってくださぁい!」
眼前のゆるふわ少女(ただし本性はゆるふわではないと思われる)が叫んだ。
同時に彼女の右手が俺の左手を少女のものとは思えない力で握り締めて、ぐい、と俺から見て前方、少女から見て後方へ引っ張った。つられて俺も引っ張られてこけそうになり、そうはなるまいと前へ一歩、前傾姿勢で出す。
「手ぇ離しちゃ駄目ですよぉ! 私が落ちちゃいますぅ!」
必死な面構えになっている眼前のゆるふわ少女(声がマックスコーヒー並みに甘ったるい)が今度はどアップで怒鳴った。正直うるさいしドキドキする。
鼓膜が破れかけたけど顔近いし手が柔らかいし暖かいしで。
「え、へ? えっと……、落ちるってどういうこと?」
「わわ、紹介が遅れましたぁ。私はマックスコーヒーの精と申します。マコちゃんって呼んでくださいねぇ」
そう言って彼女――本人の希望に沿ってマコちゃんはヘアバンド付きセミロングの髪を揺らしてはにかんだ。危うく惚れかけたのはここだけの話である。
「それで私が落ちちゃうのはですねぇ、元々は私、ただのマックスコーヒーだったんです。でも君と手を繋ぐと人になって、君が手を離すと元のマックスコーヒーに戻る特性が知らない内に付いていたんです」
「ああ成程ね、そういうことか」
落ちるとはどういうことかを理解してから体勢を直し、要点をまとめる。
要するにこの左手と右手が繋がっている限り、目の前の少女は消えず、コーヒー缶が落ちて傷が付くことはないということだ。まあ、逆にマックスコーヒーが飲めなくなるのは痛いけど。……大丈夫かな、持つかな俺の身体。
それにしても、マックスコーヒーの精か。何故そんな存在が俺の元に来たのだろう。いやそもそもマックスコーヒーの精って聞いたことないぞ。妖精か何かだとは思うが、なんでよりによってマックスコーヒーなの? 妖精ってもっとこう、不思議な生き物っていうか、神秘さがあるはずだろ? 情けなくない?
つかなんでマックスコーヒーが女の子になる特性を手に入れたの?
「そーゆーことです。だから女性が苦手でも絶対に離さないでくださいねぇ。さもないと女性恐怖症は一生治りませんからぁ。ね、腰抜けさん?」
「失礼な、俺は腰抜けじゃないぞ! 出会いがないだけだ!」
「出会いなんてそこら中に腐るほどありますよぉ。君はそれに手を出すのを怖がっているだけです。よって君はヘタレで腰抜けの彼女いない暦イコール年齢さん確定です。ちなみに、この状況を放置したままだと君はいずれ……」
「え? ちょっと待って。なんで最後まで言わないの? ねえ、ちょっと?」
前言撤回。情けないのは俺の方だった。
突然顔を伏せて黙り始めたマコちゃんから顔を逸らし周りを見渡すと、昇降口に入っていく生徒の数がさっきと比べて随分と多くなっていた。ちょうど今登校のピークを迎えているのだろう。勿論あの白い目は今ではもうすっかりなくなっている。時々寒気を感じさせる視線がグサグサ突き刺さるけど。
「……まぁ、その方が私にとって好都合なんですけどねぇ」
不意に聞こえた小さな呟きは、俺の耳には完全に入りきらず雑音に紛れて消えていった。それに反応し即座にマコちゃんに顔を向けて聞き返す。
方向を変えた視界の中には、相も変わらず俯いているマコちゃんがいた。
「え? なんだって?」
「なんでもありません。てゆーか、言っときますけど鈍感系主人公の台詞を言ったってモテませんからねぇ?」
そう言いながら頭を上げたマコちゃんの表情には、なんだか意地の悪そうな笑みが含まれている。気持ち悪いと思っているのかもしれない。
「知ってるから。むしろ腹立つことも知ってるから」
俺だって好きでこんなアホみたいなこと言いたいわけじゃない。本当に聞こえなかったんだ。
「それなら尚更、言っちゃ駄目ですよぉ。君も人のこと言えないんだからぁ」
「は?」
本日二回目の唖然。それを気にしていないとでもいう風にマコちゃんは持ち前の甘ったるい声で続ける。
「そもそも私がこの姿になったのは君に会うためだったんですよぉ。それでいつも私を買ってくれる君のために、お礼として将来君のお嫁さんになってあげる約束をしようとして……ね?」
「あ、うん。……そっか」
もう少し言えることあるだろうが馬鹿。人間と人外が婚約するんだぞ。
「でもね、お礼と言ってもそれはただの口実なの。確かに私は君に恩義を感じているよ。でも私は、本当は君のことが……」
好きなの。
確かにそう聞こえた。口を見ても、確かにそう言っていたのが見えた。
めくるめく急展開の連続に、俺は固まることしか出来なかった。
「だからね、これからは朝だけじゃなく毎日ずっと、私と一緒にいてください」
沈黙。思いがけない逆プロポーズを受けて脳内が真っ白になったのを感じた。
そんな夢現の中で、俺にもとうとう春が来たんだな、と小さく笑った。 END
部活で書いたものを上げる第2弾、いかがでしたでしょうか。
ええ、はい、短いですね。わかってます。夕霞之だってわかってます。でも仕方ないんです。だって、書いていい原稿の枚数がA4の2枚までだから……(遠い目)。だからかな、一度も長編を書いたことが無いってのは(それっぽいものは一応ある)。部活引退したら長編に挑戦してみようかしらん。
ともかく、また今度、部活で何かしらの小説を書く予定です。それがいつになるか分かりませんが(そもそも今中間テスト前)、落ち着いたらまたモノをカこうと思います(意味深)。
もちろん、これの続き、または書き直し、もしくは物好きな貴方のためにリクエストに応えることもできますし多分書けますのでそんな方は是非是非感想まで。レベルアップを目指しているのでアドバイスも歓迎です。
最後までお読みいただきありがとうございました。 夕霞之