麻薬の掃除人
廃農園の乱れた草々をかきわけると、古いドイツ車が出て来た。弾痕がいくつか見えたし、擦り傷もいっぱいだった。
ひげ面が軽々片腕でヴィッキーを抱き上げ、後部座席に座らせる。
「わ、たばこくさい」
「おれたちじゃねーよ、これは中古車だからな。おれはちはクリーンに生きているんだ」
「そうかしら」
緊張のせいで、ヴィッキーは興奮していた。
「そこのひげ面! あんたのひげは無精髭を伸ばしただけじゃないの! さっきキスされたとき……」
文句を言おうとして、ゾワッとした。思い出した、キスの味。ガムのミント味だった。
「ほう、キスされたとき?」
ニヤニヤと、意地悪くひげ面が笑う。
「気持ち悪かったの、すごく!」
ぷいっと顔を背けると、美男子と目が合った。深い深い青い瞳だった。奥に悲しみがあるような。(なんて、ありがちだわ)
ヴィッキーは思ったが、身体がほてった。
「あれ、あれ、あれ」
急激に、意識すればするほど熱くなる。
(おかしい、おかしい)
目を慌てて背けると、そっと深呼吸をする。
「あなたたち、だれ?」
気を紛らわすように、ヴィッキーは叫んだ。
「俺たちは、麻薬の掃除人だよ」
「麻薬の掃除人?」
ひげ面が大きな口を、さらに横に、にいっとわらう。
「とりあえず、横、いいかな」
ひげ面が後部座席に乗り込み、ヴィッキーの右に座った。そしてしきりに右手で車の窓のふちをいじりながら、話しだした。
美男子は左の運転席のドアを閉めると、エンジンをかけ、一発でクラッチをつないだ。
(何をしてもかっこいいなあ)
ヴィッキーは一瞬ぽーっとなったが、ひげ面のにやけた顔を見て話が途中であったことを思い出した。
「この街はまだそうではないが、国は今、麻薬に汚染されつつある。巨大な組織が暗躍しているんだ」
「じゃあ、あなたたちはその組織と闘っているの?」
「そうだ」と、ひげ面が胸を張る。
「そしてその麻薬を、奴らは『リンゴ』と呼んでいるんだ。甘い甘いリンゴは、魅力的だからね」
「そしてもう一つ。君を追いかけているあの男の名前を、君は知っているかい?」
「リック」
「そう。リック・ボールドウィンって、みんなはよぶけど、本当はリック・ジャン・ペリーナというんだ」
「この土地の出身の人なの?」
「彼は、ここの王族だった人間の血を引く、純血だ」
「じゃあ、ジャン・ペリーナ王の末裔」
「そういうこと」
ヴィッキーはああ、そう、と流した。別に血筋などは、どうということでもない気がしていた。それは、まだ彼女が幼いからかもしれないけれど。
「彼はこの土地にすごく興味を持っている。察するに、また王になりたい、そんな所だろう」
はん、と鼻で笑って美男子が語る。
「そしてこの地にはリンゴ、禁断のリンゴがあるとされている。古代種の麻薬草がね」
「じゃあ、リックは、その古代種の麻薬が欲しいのね。そして、それを売りさばいてもうけて、土地を買って王様みたいになりたいんだ。それで、組織って言うのに売るつもりなんだ!」
そうか! とばかりにヴィッキーが言うと、二人の男は笑い出した。ひげ面は馬鹿笑い。美男子はクックと笑う。
「子どもだね」
「なによ、私はヴィッキーよ」
膨れっ面のヴィッキーを見て、さすがに笑いすぎたとひげ面が咳払いをする。
「ああ、そうだったね、ヴィッキー。俺はチャド。運転しているあいつは、アルだ」
「よろしく」
「なあ、アル。このこの顔が赤いのは、誰のせいだと思う? このこの髪まで真っ赤じゃねえか、あっはっは、アルよう、罪な奴だぜ」
そういって笑うチャドの言葉ににこりともせず、アルはミラー越しにちらりとヴィッキーを見て、「どうも」と言ったきりまた黙りこくる。
恥ずかしくなって、ヴィッキーはひげ面のチャドの顔を睨みつけた。
「なんてこと言ってくれるのよ、ばか、馬鹿」
「頭の湯気まで真っ赤だぜ」
「サイッテイ!」
「それで、俺たちと同行でいいんだな?」
「しかたないじゃない、あいつ、警察にまで手を回してるんだもん。ちょっとアウトローっぽいけど、あんたたちに頼るしか」
声を詰まらせ、ヴィッキーはがたがた震えだした。
「こわかった」
泣き出すヴィッキーを、チャドがなだめる。
「お父さん、巻き込まれてないかなあ」
「大丈夫だ、きっと」
車は、北の砂漠の方向へ向かって行く。夜が訪れようとしていた。
アルが重たい口を開いて言った。
「ヴィッキー、お前がはっきりさせないと、もしかすると事は収束しないかもしれない。君の赤毛がそれを物語っている」
「どういうこと?」
「なに、赤毛はこの辺では珍しいものだから」
しゃべりを濁らせると、アルはまた黙りこくった。
「わたしがなぜ狙われるかわからないけれど、麻薬がらみなんだと思う」
「ああ」
「麻薬なんて大嫌い。わからないけど、怖いって思う。だからリックに諦めさせるわ。それがきっと、わたしの使命だと思うから」
星が一つ、流れた。




