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五話 憧れの世界

 あ……。もう私なんですか……?

 ……はい。頑張ります。

 

 では、憧れの世界に旅立ったはずの男性の話でも……。

 ある青年がいたんです。特に何か目立った特長も特技も無い、普通の人。

 その青年は世間で言うオタク、といった分類に属される人でした。

 青年自身もそれを肯定していましたし、周りにもお友達が沢山いましたから、特に孤独感を味わったりなんなりはしなかったようです。

 

 その青年は二次元が大好きで、ゲームの中のヒロインに恋をしました。

 現実で女性に熱をあげる男性がいますよね。好きになった女性に熱中する。……その青年も、現実で人を愛するようにその女の子を愛しました。

 ですが、愛したといっても所詮は二次元。生身があるわけでもないですから、その人を抱きしめることも話すこともできません。

 頭の中に思い浮かべても、その女の子は青年が望む言葉しか言いません。

 自分を裏切らない、その女の子をどうにでもできる状況はそれはそれで悪くないものでしたが、やはり青年は生身の彼女に会いたいと願いました。

 会いたいと強く念じて眠りに入り、夢の中で偶々会えることを願い、そして会えなかったことの失望感を覚えて起きるんです。

 

 ……いいですよね。ここまで誰かを愛したりできるだなんて。

 私も昔はそうやって相手に熱中していたりもしてましたが、今は……。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 あ、すみません。

 お話とは関係ありませんでしたね。

 

 それで青年はある時、こんなにも自分は彼女を愛しているのに、彼女が自分の視界に映らないことに苛立ちを募らせました。

 恋をする青年は彼女に会えないことを嘆き、苦しみました。彼女は何故いないのか。何故自分のところに来てくれないのか。

 たまらなくなって友人に恋の悩みを相談するも、相手は実在しない人です。彼女の何が不満か、などの相談でしたら何かアドバイスでもしてあげられたのでしょうが、青年は彼女に会ってすらいないんです。

 ゲームの中と青年の頭の中にしかいない彼女に、不満を持つはずがありません。

 

 彼女に会いたい。

 どうすれば自分は彼女に会えるのか。

 

 そう何度も何度も友人に問いかけました。

 本人も分かっていたんですよ。その問いかけがどんなに無意味なことかを。

 ですが、予想に反して友人は「もしかしたら会えるかもしれないぞ」と言いました。

 苦しみを吐き出すだけのつもりだった青年は、驚いて友人に詰め寄りました。

 友人はあることを青年に教えます。

 

 それは、明晰夢です。

 ……知っていますか? 明晰夢。

 夢を見ている時に夢だと理解したうえで、好き勝手にできる夢のことです。

 明晰夢だと、夢の中で長期間遊べるらしいですよ。

 長期間遊べるようになるには特訓が必要らしいですけど。

 

 友人は明晰夢の見方を青年に教えました。

 青年はそれはもう必死でそれを繰り返したんですよ。

 会いたい。自分の愛した人に会いたい。その一念だけで繰り返し、そして、見たんです。

 

 青年は喜びました。

 その明晰夢は、現実とそう変わり無いものだったんです。

 触覚があり嗅覚がある。目の前にいる人は自分の思い通りにならない人間で、ですが自分を拒否しているわけではない。

 青年は明晰夢に、正に夢中になりました。

 

 夢ですから、時間が経ってしまえば現実に戻されてしまう。

 それが歯痒く、寂しかった。

 ですが、青年に明晰夢のことを教えてくれた友人がこうも言っていたのです。

 

『明晰夢で何ヶ月も何年もその世界で生きた人がいるらしいぞ』と。

 

 自分はそこまで到達していない。到達しなければならない。

 今までの、一日だけの儚い夢がある日突然第二の現実世界になる。

 しなければならない。第二の現実世界に。いや、それを現実にしなくてはならない。

 そんな志を持って、青年はその日も眠りにつきました。

 

 そしてある日。何回も何回も明晰夢を見ているうちに、青年は感じ取りました。今の自分なら、行けると。

 

 青年は慌てて友人の下に向かい、あるお願いをしたんです。

 そのお願いとは何か。

 それは『自分を殺して欲しい』というものです。

 

 ……突拍子も無いですか? 石戸谷さん。

 えぇ。彼は明晰夢の現実を本当の現実にするために、戻ってこれないように肉体を捨てる決意をしたのです。

 彼にとっては夢の中の方が楽しいので、決意という程決断したものでなかったようですが。

 ……それほど、現実が霞むほどに楽しく、嬉しかったんでしょうね……。

 

 その無茶なお願いに、当然友人は拒否します。

 その代わりに友人は青年に睡眠薬をあげたんです。

 自分が殺すのは拙いから自分で死ね。そういうことですね。

 

 そうして、青年はその日、睡眠薬を飲んで寝入りました。

 眠る前に青年は、今日彼女の下で一生暮らすんだと胸を期待に膨らませていました。

 それはもう人生は楽しい! 生きていて幸せだった! と思わず大声で叫んでしまうほど楽しみだったんです。

 

 ……ですがね、可哀想なことにその期待は裏切られてしまいました。

 青年は日を置かずに明晰夢を見ていました。

 見すぎで顔色が悪くなるほど、徹夜明けのようなぼんやりした頭。他人から見たら何かやらかしているのは歴然なほど、青年は不健康でした。

 それが祟ったのでしょうか。それとも最期だと思い、納棺されるキレイな死体のように胸で手を組んで寝入ってしまったせいなのでしょうか、……彼は悪夢を見てしまったのです。

 

 悪夢。

 誰かが追ってくるのでも、何かをされるのでもない。

 ただそこは、荒廃した世界だったのです。

 愛しの彼女は居らず、ただただ荒れた世界が延々と続く、そんな世界。

 

 青年は慌てました。

 必死に夢から覚めようと思いました。

 ですが、青年は眠る前に致死量の睡眠薬を飲んでしまっています。

 目覚めようにも、死を覚悟して、彼女の居る世界で生きることを決意して挑んでしまったので、それはもう念入りに念入りに目覚めないように工夫をしてしまったのです。

 青年は愕然として世界を見渡します。

 ゆるりと見渡しながら青年は、きっとこの世界は夢のように場面を何個も展開をすることは無いと、おぼろげながらも確信していました。

 

 そしてその確信は覆されることなく、その世界は青年にとっての現実世界になってしまったのです。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 私の話はこれで終わりです。

 夢は誰にでも訪れる一時の安らぎです。

 このお話は夢に囚われてしまった人の話なんです。

 夢は誰でも見ます。ですから、夢の中の住人になりたいと思わないまでも、夢に囚われてしまう可能性は皆さん、十二分に孕んでいます。自分は大丈夫だと思わないことですね。

 それにもし、この話の青年のようにどれだけそれを操れるようになったとしても、百発百中、絶対なんてことはありません。

 他のことでも言えることですね。気をつけて下さいね。過信は身を滅ぼしますゆえ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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