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三話 『まだまだ』

 本当に短かったな。まぁ石戸谷の話の後だとさっぱりして良かったかもな。

 ……そんな目で俺を見るんじゃねぇよ、石戸谷。頑張れ。応援してるぞ、一応な。

 フィクションなんて知らねぇよ。頑張れ。……拗ねるなよ。悪かった。悪い冗談だ。だから頑張れ。

 

 それじゃあ話すぞ。

 夢の話だ。俺が何歳だった頃かは覚えてないが、多分小学低学年だったな。

 俺はある夢を見た。城島のような黒い長髪に紺のロングスカート、白いワイシャツを着た女の夢だ。

 ……おい、八代。野次を入れるな。エロい話じゃねぇよ。

 俺はその女と仲が良かった。戦場の跡地みたいな、焼け野原で遊んだんだ。

 どう遊んだかまでは覚えてないが、とても楽しかったのは覚えている。

 それで、俺が夢から覚めそうだと認識するとその女が秘密を俺と共有するような、なんだかよく分からない物言いで俺に言うんだ。

 

『まだまだ』

 

 って。俺はよく分かんなかったな。

 それから目が覚める。

 

 ……この話はここで終わるんじゃない。この女の夢、俺は連続して見るハメになっちまうんだ。

 その次の日に俺はまたその女の夢を見た。今度は天国みたいな華やかな場所だった。

 俺と女は一緒に遊んだ。内容は覚えてない。

 学校で友達と遊ぶよりも楽しかったのは覚えている。

 それで遊び終わった後女はまた俺に言うんだ。

 

『まだまだ』

 

 って。俺は不思議に思って聞いてみたんだ。

 何がまだまだなのかって。そしたら女はこう答えた。

 

『まだまだ』

 

 遊んでる時は色んなことを喋るのによ、そん時だけ壊れたカセットテープのように繰り返す。

 俺は腹が立った。だから何が『まだまだ』なんだよ! ってキレようとした瞬間、夢から覚めた。

 俺はイライラしながら学校に行って、友達と遊んだんだけど全然楽しくなかった。俺の好きなサッカーも、かくれんぼも鬼ごっこも、楽しくなかったんだ。

 俺が楽しんでないって周りの奴らも気付いたんだろうな。俺は怒られたんだ。子供って遊びに真剣だからな。俺とよく喧嘩した気の強い奴が「やる気が無いんだったらどっか行けよ!」って言いやがって。

 それからは血みどろの喧嘩だ。取っ組み合いから石で攻撃したり目潰ししようとしたり、結局擦り傷だとかで済んだけど、あれはやり過ぎだった。

 

 先生からも酷く怒られた。

 だけどそん時の俺は、誰かが怒れば怒るほどイライラして、とうとう耐え切れなくなって暴れた。

 机を掴んで投げる。椅子を掴んで投げる。色んな物を投げまくって、気がついた時にはクラスの全員が俺を遠巻きにしていた。

 俺は自分でも何をしているのか分からなかった。

 

 ただ、イライラしていた。何か投げた。誰かを殴った。までは分かるんだ。

 分かってたはずなんだけども、何を投げたか誰を殴ったか、椅子を投げた時に椅子を投げたことは分かっても、それが本当に椅子だったのか、いや椅子で間違いないんだが妙な違和感があって、本当にそうなのか分からなかったんだ。そんでなんで暴れてるのか分からなかったんだ。

 ……あぁ、よくわかんねぇか? まぁ適当に流しといてくれ。この感覚は口では伝えられねぇよ。

 

 それから俺はクラスの皆から無視されるようになった。

 俺が話しかけても怖がる奴だとか、逃げる奴だとか、明らかに俺を避け始めたんだ。

 まぁ当たり前のことなんだがな。そん時の俺も、当たり前なことだと分かっていた。

 俺は家に帰って部屋に閉じこもった。なんで自分がそんなことをしたのか分からない。もう友達は俺と普通に遊んでくれないんだろうと考えると、無性に泣けてきた。

 一人鼻水垂らして泣いて、泣き疲れた俺は寝た。

 

 また夢を見た。女だ。

 今度は学校のグラウンドだった。

 何を遊んだのかは覚えていない。遊び呆けていると、時間がやってきた。

 俺は泣いて嫌だと叫んだ。俺は友達から、クラスの皆から避けられるのが怖くて、現実に戻りたくなかった。

 もう今までのように遊んでくれないであろう友達が、俺のことを冷たい目で見てくるのが怖かった。

 

 女と遊んでいる時は楽しかったし、俺は必死に縋った。

 そうしたら女は優しく微笑んでこう言ったんだ。

 

『あとちょっとね』

 

 その瞬間、俺は叫んだ。

 女のその言葉を聞いた瞬間、言い知れない恐怖がぶわっと噴出したんだ。

 さっきまで女の服を握っていた手を離して俺は逃げた。早く夢から覚めてくれと願った。

 そうしたら女の声が俺の背中を追ってくるんだ。

 

『迎えに行くからね』

 

 そこで目が覚めた。

 目が覚めると俺は発狂して泣き叫んだ。

 異常に気がついた母親がすっ飛んできて俺に色々聞いてたが、俺は母親が何を言っているのか分からなくて、その分からなさにさらに怖くなって泣き叫んだ。

 そんな俺に、母親が俺を殴った。

 

 大人の身体と子供の身体じゃあ、たとえ女性の力だったとしても子供の身体は軽く吹っ飛ぶ。

 壁に頭をぶつけて、ようやく俺は正気に戻った。

 母親は泣き叫ぶのを止めた俺に何があったのか聞いてきた。

 俺は夢の内容を伝えた。もしかしたらただの夢だと言って放っておかれるかもしれないとも思って、できるだけ必死に、鬼気迫った顔で説明をした。

 あの女が俺を迎えに来る。迎えに来たら俺は死ぬんだ! って。

 

 母親は俺の予想通りに素っ気なくあしらった。

 だけど異常なのは母親も分かったようだった。迎えに来る、あの女が迎えに来る……、とぶつぶつ言う俺に母親は学校を休むように言った。俺はその日学校を休んだ。

 

 俺は家にいる間ずっとゲームをしていた。寝たくなかったから飯も取らなかった。眠気を紛らわせるために、普段はしない家事手伝いなんかもしたな。

 その日はなんとか寝ずに済んだ。けど夜更かしなんてしたことが無かった俺は、次の日は耐えられなかった。俺はいつの間にか寝ていた。

 

 夢を見た。

 女は俺の家の中にいた。

 一緒に遊ぼうと女がこっちに手を伸ばす。

 俺と女は一緒に遊んだ。

 眠る前はあんなに怯えていたのに、いざ夢で女に会うとどうでもないような気がした。

 その時の遊びは、何故か覚えていた。

 

 俺と女は隠れんぼをしていた。

 鬼は女だった。俺は女に見つからないように家の中に隠れ場所を探した。

 俺の家も一戸建てで、三階建てだった。多分石戸谷と同じ造りの家なんじゃないか? 思ったよりも俺と石戸谷の家は近いのかもな。

 それで俺は屋根裏に隠れることにした。屋根裏には色んなもんがごちゃごちゃしてて、物置のようになってたから何かを探そうにも足を取られたりして大変だと思ったんだ。

 

 ごちゃごちゃした物の中から一つの箱を見つけた。

 その時の俺ぐらいの身体の大きさならすっぽりと入っちまうぐらいの桐の箱だった。

 俺はその中に隠れた。桐の匂いが心地よかったな。内側から蓋をしめてじっとしていると、俺はじわじわと眠る前の恐怖を思い出した。

 

 なんで俺はあの女と遊んでいるんだろうか。

 

 そう考えた時、屋根裏の下の部屋から何かを倒したような物音がした。

 あの女が下にいる。俺は震え上がった。勝手にがたがたと震える身体を止めようとして、けどどう頑張っても震えは止まらなかった。

 女が屋根裏への階段を見つけたのか、収納した梯子状の階段が下ろされる音がした。

 ギッギッと梯子の鳴る音がして、それが鳴り止んだ。俺は女の気配を感じていた。

 桐の箱の中に隠れた俺は、階段から背を向けていた。その背中から女の気配が、息遣いが…………。

 

 心の中で必死に「見つかりませんように」と願った。その時の俺にはそれしか出来なかったからな。

 獣が獲物を捜しているような、カハーッ、カハーッという声が今でも忘れられねぇ。

 「どこぉ?」って言う声がもはや俺の知っている女の声じゃなかった。あれは女のフリをしていたんだ。俺と遊ぶフリをして油断させて、食べるために時期を見計らっていたんだ。

 女が俺を捜している。女が俺の隠れている方へと近づいてきた。

 

 俺はもうダメだと思ったな。

 女が俺のすぐ傍まで来て……、そこで俺は目を覚ました。

 

 一瞬訳が分からなかったな。

 目は開いてるのにあたりは真っ暗だったから。

 目を覚ました俺は桐の箱の中にいた。匂いで分かった。俺はなんで自分が桐の箱の中にいるのか分からなくて、なんで夢の続きをしているのか理解できずに混乱した。

 とりあえず外に出ようとした俺は気がついた。

 

 女の気配がまだあったんだ。

 

 無音だった。息遣いも何も聞こえなかったが、俺は確信していた。

 女がいる。現実世界に女がいる、と。

 無音でこっちを窺っているだろう女に気付かれまいと、俺は息を押し殺した。

 数分……数十分……、多分隠れていた時間はさほど長くはなかったんだろうけど、俺にとっては永遠にも等しかったな。

 

 心臓がバクバク鳴って、身体がどんどん冷えていった。

 俺は息を殺し続けて、ようやく女は諦めたようだった。

 人間の女にしてはやけに重い足音で俺の背から遠ざかっていった。

 それが聞こえなくなった頃、俺はやっと解放されると桐の箱を開けようとした。

 ギッ、って古い木箱の軋む音がして、隙間が少し開いた。

 

 その隙間から、俺の頭程もある目が見えた。

 

 俺は固まった。

 どこかに行ったはずの獣がそこにいた。

 白目の部分が赤い目。真ん中の黒目が、しっかりと俺を見ていた。

 

 そこで俺は目を覚ました。

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 

 俺がいつの間にか寝ていた時から三日経っていた。

 居間でぶっ倒れている俺を見つけた母親が俺を部屋まで運んで行ってくれていたみたいで、それから三日間起きなかった俺を心底心配したんだと。

 病院に連れて行こうかとも思ったらしいが、あまりにも穏やかに寝ているもんだから連れて行かなかったみたいだ。

 

 あれからあの女の夢は見てないな。

 もう見たくない。次見たら、俺は今度こそあれに食われちまうんだろうよ。

 そんな予感がする。

 

 

 これで俺の話は終わりだ。

 

 

 ……あ? なんだよ藤谷。……桐の箱はどうしたのかって?

 あぁ。一応屋根裏部屋を探してみたんだが、あったぜ。

 真っ黒焦げの状態でな。

 

 

 ほら、言ったぞ。これで終わりだ。

 次行け次。

 

 

 

 

 

 

 

 

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