一話 友達の話
いきなりディープな話だけど、悪い。俺溜め込むの苦手なんだ。吐き出したくて仕方ないから聞いてくれ。
中学校の頃に仲良くなった奴がいるんだけど、まぁソイツの名前は遠野っていうの。
遠野はお調子者でな、中学の入学式の時にいきなり俺の背中を叩いてきたんだ。最初はびっくりしたよ。
だって俺ソイツのこと知らなかったし、遠野も俺が初対面だって知ってそんなことをしたって言うし、意味わかんねぇの。なんというか馬鹿だったんだろうな。遠野は。
で、その遠野なんだけど、ソイツがまたいつもいつもへらへら笑ってる奴で、中学三年間同じクラスで仲良くやってたけど、一度も怒ったところを見たことねぇの。
遠くから見てる奴から見たら「よく笑う奴だな」ぐらいの認識で済むんだろうけど、俺から見たらちょっと異常な奴だった。
別にそれで何か問題を起こしたわけでもないからいいんだけど、やっぱちょっとした違和感が気持ち悪かったわ。
それから三年生になって、進学する高校を決める時期になった。
遠野は俺と同じ高校が良いって言ってたけども、俺は正直嫌だったんだよな。
いつも笑ってて面白いし、良い奴なんだけど、なんか気持ち悪いんだよ。
なんていうのかな。依存されてるなぁって分かるのがさ、それを隠そうともしてないし、引っ付かれてると思うと遠野の笑った顔がなんか粘着質な、ドロドロとした気持ち悪いもんに見えてきてさ。俺、こいつと同じ高校に行きたくないって思ったんだ。
なぁ、藤谷君もそうだよな? 俺間違っちゃいないよな?
藤谷君も粘着されてるなって思ったら離れるよな?
そんな慌てなくてもいいだろ。答えろよ。
……そうだよな。俺は間違っちゃいないよな。俺の感覚は真っ当だったんだよな。
うん。間違っちゃいない。間違っちゃいないんだ……。
……。
……。
あ、あぁそれでね、俺がこの高校に入学が決まって、俺はホッとしたんだ。だって遠野と違う高校だったんだから。
俺、嘘吐いたんだよね、遠野に。この高校じゃない、他の所に行くって。
案の定遠野はそこに受験するって言い出してさ。そこの高校はこの高校より偏差値が高いとこなんだよ。俺の頭じゃまず無理。俺頭悪いし。
遠野も俺とどっこいどっこいだったはずなのにそこに受かっちゃってさ。俺驚いたね。
いや、受かってくれないと困るんだけども、まさか本当に受かっちゃうなんて思って無くてさ。
それで遠野は嬉しそうに笑いながら俺に受かったよ、なんて報告するんだよ。
俺の方はどうだったかと聞いてきたから俺も受かったって言ったんだ。
……え? 同じ高校を受けたなら試験の時に顔を合わせるはずだろうって? 遠野はそれに気付かなかったのかって?
藤谷君鋭いな。そうだよ。俺はもう一つ遠野に嘘吐いたんだ。
インフルエンザで倒れたから俺だけ試験を延長してもらったんだって。
そんな中学のテストじゃないんだから普通に無理な話だってのに、遠野はそれを信じたんだよ。
な? 馬鹿だろ? 本当に馬鹿だろ? 馬鹿なんだよアイツ。
それで遠野は俺の話を信じて卒業して、それで高校の入学式に、知ったんだ。
俺とは違う高校だって。俺がいないって。遠野は俺にメールしてきたんだ。
いつもの遠野の文面とは違う、素っ気ないメール。
俺は遠野からのメールを嫌だなぁと思いながら開いたんだ。
そしたらそのメールにはさ、「石戸谷、どこ」って、それだけ。
いつもなら蓮冶って打つのにさ、そん時だけ石戸谷になってたんだよ。
俺その時、流石の遠野でもキレるかー、ってめんどくさいなぁって思いながら返信しなかったんだ。
そしたらさ、またメール来んの。
まぁ当たり前なんだけど、俺、いっつもへらへら笑ってる遠野が怒ってると思うと、怖くてさ、メール見れなかったんだ。
またメールが来て、また来て、また来て……。
一日だけで五十件以上来たな。
俺、あんまりメールとかやり取りしない方だったから、フォルダにどんどん溜まっていくメールに恐怖したのね。
メールを開こうにも、恨みつらみが書かれているのかと思うと開けれなくて、俺、電源落として布団の中で震えてたの。
俺打たれ弱いんだよ。今まで遠野みたいな粘着な奴より、広く浅くな関係で通ってきてたからさ。遠野の扱いが分からなくて、遠野の考えてることが分からなくて何も出来なかったんだ。
もうそれからは怒涛の嵐だよ。
メールに電話が毎日毎日来んの。
幸い俺、自分の家を教えてなかったからさ。それに俺の家は結構複雑な道合いにあんのよ。
だから俺は家までは来ないだろうってタカを括ってたわけね。
けど俺忘れてたんだよな。学校には俺の個人情報があるって。
俺が高校に入学して一週間程経って、母校の中学に泥棒が入ったって話を聞いたんだ。で、犯人は捕まった。
皆が予想している通り、遠野だったよ。
遠野は俺の個人情報を見たんだ。俺の住所を見た。
それで警察にしょっぴかれて釈放されて。それから俺の家に来た。
何回も何回もインターホン押して、ドアをドンドン叩いて、蓮冶ぃー、って呼ぶの。
俺の母さんがそれに出ようとして、俺はそれを必死に止めた。
「友達なんでしょ?」って言葉に俺は首を横に振るしかなかったね。
何されるか分からない。俺、遠野のこと裏切ったし。もしかしたら包丁を持って俺を殺しに来ているかもしれない。
実際は包丁どころか凶器の一つすら持っていなかったみたいなんだけどな。
玄関のドアが叩かれてインターホンが連続して鳴って、流石に母さんもなんかおかしいと思ってくれたみたいで警察に連絡してくれたよ。
警察が来て玄関が静かになってさ。俺安心したよ。思わず泣いちゃうほど。
でもな。さっきも言ったけど遠野は凶器を持ってなかったんだ。それどころかゲームソフトとかお菓子ばっかり持ってきてたみたいで、ちょっと注意されただけで終わったんだ。
それからはまぁ地獄。朝からドンドン昼も夜も音が鳴るのよ。
俺は外を出られなくなった。
入学後一週間で登校できなくなった。
母さんが毎回警察に電話してくれて、その度に警察に連れて行かれるけどまた来るのね、俺の家に。
遠野の両親はそんな遠野を放って置いて、被害を受けてる俺らにも謝罪しに来ないの。ホントおかしいよ遠野の家族は。
俺も母さんも疲労困憊。
もうこれ以上は無理ー、ってな時に、不意に玄関が鳴らされることがなくなったのな。
一日……二日……三日……。インターホンも連続して鳴らなかった。
俺はやっと解放されたんだって安心したよ。あの時はもうホントギリギリだったんだ。
それで……、あ、そういえば言うの忘れてたけど、俺の家って三階まである一戸建てなんだ。屋根裏もあるぞ。
で、俺の部屋は三階にあるのね。母さんや兄貴、父さんの部屋もある。
ある夜、音から解放された俺はベッドで寝ようとしたんだ。
で、ふと窓の外が気になった。カーテンが引かれてるんだけど、俺はなんとはなしにカーテンを取っ払ったのね。なんであの時俺はそんなことをしたかねぇ。
……窓の縁に、遠野の顔があったんだ。
下の縁からニョキッて生えるようにして、鼻から上が覗いてたの。
俺は絶叫したね。怖かった。すごく怖かった。
しかも、遠野俺の部屋に入って来たの。窓の鍵、掛け忘れてたんだよ。
俺の悲鳴に兄貴が部屋に来てくれて、遠野を押さえてくれたわけね。
兄貴が「警察に電話しろ!」って言ってたけど、腰が抜けちゃって。泣きながら自分の部屋から這いずり出てくしか出来なかった。
それで結局母さんが通報してくれて遠野は捕まったんだ。
不法侵入……あぁ、住居侵入罪って言うんだっけかな。
三年以下の懲役または十万円以下の罰金、だっけ?
罰金の方はあんま覚えてねぇや。
とりあえず遠野は懲役喰らったんだよ。
親が金を払うの渋ったんだろうな。
遠野は独房入り。俺の生活に安全が保証されることになりましたー。めでたしめでたしー。
……なんだよ藤谷君。何か言いたそうだな?
あぁ……。そうだよ……。『懲役三年』、なんだよ……。
アイツ、三年以内に出て来るんだよ……。
俺、絶対三年以内に一人暮らしするって決めてんだ。
今ん所死に物狂いでバイトしてる。
今日はバイトの息抜きにと思って参加したんだ。
まぁこれ以上話しても仕方ないし、これで俺の話は終わりな。
聞いてくれてありがとう。
……。
……。
あぁ、そうだ。
最後に一つ言うことがあったんだった。
ちなみに今話したのはフィクションだ。俺の友達に遠野なんて奴はいない。
バイト三昧だっていうのは本当だけどな?
それじゃあ藤谷君、次よろしく。