『人体模型』
どうでもいい。
呟いて、俺はどうにも虚しくなった。
俺はなんでこんなところにいるんだろう。
ここは汚いところだ。汚いんだ。汚いのになんで俺はここにいるんだろうか。
人が行き交う雑踏の中、俺は俺を通り過ぎていく人を見ていた。
俺を通り過ぎていく人達は皆俺に注意を向けない。俺がいる意味はここには無いからだ。俺がここにいなくても俺が今立っている位置に誰かが立てばいいからだ。
人は『個』ではなく『人』を見る。
人は『子』ではなく『物』を見る。
ここに立っているのは俺じゃなくてもいいんだ。
だったら俺はいらないじゃないか。
家から出て行っても、親は別にどうとも思わないんじゃないのか。
家の中の俺の立ち位置に誰かが立てば、俺はいらないんじゃないのか。
あぁ、俺じゃなくて誰かが立ってくれたら。
その考えにうっとりとした。
そうしたら、俺はこんな汚い場所から逃げ出すことができる。
自ら汚いことをしなくて済むんだ。
ふと、視界の隅に赤い物が見えて、俺はそちらに目を向けた。
そこには俺を見る人体模型がいた。
俺は「またか」と呟き歩き出す。人体模型は俺の後ろをつかず離れずついてきた。こいつは他人に見えない。俺にだけ見える人形だ。
こいつは俺が止まるのを待ってるんだ。
俺は確かにここから逃げたいと思う。
逃げたいと思うが、だからといってこいつに俺をくれてやる必要もないだろう。
だから俺は歩くのだ。
こいつから逃げるために。
こうやって、一人で歩いているのは寂しいと思ってしまった俺は、意識しないまま家を思い浮かべてしまう自分が死ぬほど嫌だった。
きっと翌日には身体を食い荒らされた俺の死体がどこかに転がっているのだろう。