終話 学校の七不思議
はい。それじゃあ最後の話は、僕達の通っているこの学校の七不思議の話でもしましょうか。
皆さん、この学校の七不思議を全て知っていますか?
まず一つは定番の『十三階段』。
二つは『グラウンドの足跡』。
三つは『動く人体模型』。
四つは『放送室の怪』。
五つは『音楽室のピアノ』。
六つは『塗りこまれた死体』、です。
聞いたことがありますか?
……知らない人も結構いるんですね。
まぁ高校生にもなって七不思議なんて、馬鹿馬鹿しいですもんねぇ。
それじゃあ知らない人達のために僕が説明しますね。
定番どころの『十三階段』は、屋上に向かう階段の段数が増える、というものです。昼は十二段なのに夜は十三段になる。
本当のところを言えばただ数え間違えただけ、一番上の段を数える人と数えない人との違いが出てしまった七不思議ですね。
次は『グラウンドの足跡』ですね。
野球部が部活終わりにグラウンドをならしても、次の日朝来たら徒競走などで使われるコースだけ踏み荒らされている、というものです。
これは、走るのが好きだった陸上部の人間が事故に遭い死んでしまって尚、走りたくて夜中誰も居ない時に走っている、という尾鰭がついています。
僕、これの真偽を確かめるために確かめたんですがね。確かに走っていましたよ。
といっても陸上部員ではありませんでしたがね。
朝一に体育教師が走っていました。本当に早い時間帯でしたよ。
次は『動く人体模型』。これも定番ですね。
こちらも一応調べてみたんですけど、人体模型の足元にある支えの部分が単純に緩んでいただけでした。
次は『放送室の怪』。こちらは夜中「助けて……」という声が放送される、というものですね。
見回りの人が急いで放送室に行っても誰もいない。部屋中くまなく捜しても誰も見つからないそうです。
……ですがね、あの放送室、絶好の隠れポイントがあるんですよ。
外から見たら絶対人間が入れないだろうというところなんですが、身体の小さい人ならするりと入れちゃうんですよねぇ。
それに、放送室は職員室→放送室→客間→廊下と移動できるので、見回りの人が職員室に行っている間に客間に行って廊下に出ることもできるんですよ。
その客間も使われていない、いや、廊下側からはどういった理由でなのかは分かりませんが扉が重くて開閉が不便なので、滅多に使われませんしね。
誰かが放送室に行こうとしたら必ず職員室から行くんですよ。……そう考えたらうまくやったら誰でもできる悪戯なんですよね、これ……。
さて、次は『音楽室のピアノ』ですね。
これは言わずもがなの定番ですね。
例の通り調べたのですが、これの真偽は分かりません。
僕が張り込んでる間一回も鳴りませんでしたから。
大方僕が張り込めるぐらいの杜撰な警備ですから、他の誰かも侵入して音楽室でピアノを弾いたんでしょう。
でも、こういった七不思議は広まるにしても誰が広めるんでしょうね?
大体は夜に起こることですから、聞いている人は警備員の人ぐらいしかいないというのに……。
警備員が広めているんですかね?
そして次は『塗りこまれた死体』です。
これはこの学校のオリジナルですね。
今僕達がいる教室と同じ階の廊下の真ん中に埋め込まれているという話です。
皆その塗りこまれた死体を無意識に避けるから、キレイに非常用階段と正規の階段に行く人が分かれるんだとか。
これの真偽も分かりません。校舎の壁を掘る訳にもいきませんからね。
はい。これでこの学校の七不思議は終わりです。
……六個しか言ってないじゃないか、ですか?
そうですね。桐沢君の言うとおりです。
それじゃあ最後の七不思議を言いましょう。
最後、七つは『六つしかない七不思議』、です。
……。
……。
……。
や、やめてください。
皆そんないたたまれない目で僕を見ないで……。
ですが、これは本当にこの学校の七不思議なんです。
建前の、ね。
……。
……。
はい。建前の、です。
この学校の七不思議はですね、『裏』の七不思議もあるんですよ。
知りませんでしたか? ……あるんですよ。
ちゃあんと図書室の本棚の奥に、そのことが書かれた本があるんです。
僕はそれを見たことがあるんですけどね、結構グロテスクなんですよ。
その『裏七不思議』というのは。
その七不思議も言いましょうか。
一つ『首切り桜』。
二つ『血溜り池』。
三つ『正門の怪』。
四つ『人体模型』。
五つ『体育館の音』。
六つ『塗りこまれた死体』、です。
では、説明していきましょう。
『首切り桜』は、どこにある桜のことを指しているのかは分かりませんが、その桜の下で約束事をしてしまうと首を切られて死んでしまうみたいです。
約束事というのはどんな些細なことでも約束事です。
学校内やその周りでは迂闊に約束をしないように注意した方がよさそうですね。
『血溜り池』は、文字通り血が溜まっている池がこの学校のどこかにあるようです。
そういえばこの学校の裏手の門の近くに立ち入り禁止されている場所がありますね。
僕は見たことはありませんがあちららへんにあるのかもしれません。
『正門の怪』は、正門から出ようとすると大きな笑い顔が見えるようです。
その笑い顔は正門よりも大きいとか。
それが見えている間に正門から出てしまうと食べられてしまうようです。
『人体模型』は、学校内にいる人間を食べてしまうようですね。
逃げる人を、その人の体力が尽きるまで追い掛け回し、止まった瞬間に襲い掛かってくるだとか。
『体育館の音』は、ボールをつく音に惹かれて体育館に入ると潰されて死ぬ、というものです。
そのボールの音が何の音なのかは分かりませんが、何か恐ろしいものがいてそれが潰すそうです。
『塗りこまれた死体』は、表の七不思議と同じものです。
ただ、これは『塗りこまれた残りかす』と言ったほうがいいかもしれません。
五つの中で死んだり殺されてしまった人が塗りこまれてしまうんです。
だから、塗りこまれた死体というのは一つではありません。
人の破片がギュウギュウに詰め込まれているんです。
……はい。これで『裏』七不思議は終わりました。
……。
……。
実はですね、僕、この『裏』七不思議を知って、この企画に参加したんです。
この『裏』七不思議は、表と違って七個目があるんですよ。
その七個目が、僕には魅力的に見えたんです。
……。
七不思議に魅力も何も無いだろう、って?
そうですか? 僕にはそうは思えませんが。
だって、七不思議、という文字があって、その内容を聞いてしまったら、確かめたいとは思いませんか?
定番中の定番でしょうが、『十三階段』とかお手軽じゃないですか。
すぐに嘘が知れるものですけども、気まぐれに確認したりしませんか? あるいは確認したくなりませんか?
そういうものなんです。
七不思議は、少し興味を持ってしまえば『確認したくなる』ものなんです。
好奇心をうまく扱ってますね。
そして僕のような奇特な奴は、本格的に確認をしだす。
最後は全部嘘だと知って「あーあ、なーんだ」と思っちゃったりするんです。
七不思議の魅力は『七不思議』という部分にあるんですよ。
ちょっとした好奇心、なんです。
僕は『七不思議』にどっぷり嵌っちゃいましてね。
周りの人は馬鹿みたいだと思うかもしれませんが、入学した時に七不思議を聞いて、ちゃんと確認したんですよ。
……そのせいでクラスの人から変な奴と思われちゃいましたが、まぁいいじゃないですか。
この七不思議の中に『本物』があったとしたら、実にもったいない。
怪異を見る機会をみすみす見逃しているということになっちゃいますからね。
そんな僕が、先日図書室にあった『裏』七不思議の本を見つけたんです。
もう、見つけたその日から今僕がここにいるこの日まで、興奮しっぱなしでしたよ。
……それで、この『裏』七不思議の最後の不思議はですね、
***
「『開かずの扉』ならぬ『知らずの教室』、だそうです」
僕はそう言うと、ゆっくりと周りを見回した。
皆が僕を見ている。ゆらゆらと揺れる蝋燭の火に照らされた五つの顔が、全て僕を見ている様は、なかなかに不気味だ。
僕は逸る気持ちを抑えて言葉を続けた。
「その『知らずの教室』というのはですね、なんでも異次元空間への入り口なんだとか」
「知らずの、教室……」
横坂さんがぽつりと呟いて、怯えたように周りを見始めた。
「はい、そうです。その教室は誰も知らない教室なんです。あるにはあるのですが、あまりに使われないため誰からも忘れられてしまったんです。生きた人間が使わないそこはよくないものの溜まり場となり、不浄なものの出入り口になってしまったんです」
「おい、まさかその教室ってのは……」
桐沢君が睨むように僕を見ていた。
僕はその目に怯むことなく笑みを浮かべる。
「お察しがいいですね。そうです。この教室のことです」
瞬間、教室内の空気が張り詰めた。
僕はそのことにさらに高揚して堰を切り、話し出す。
「その教室で怖い話をするとですね、その良くないものたちが異次元空間に招待してくれるらしいんですよ。僕はそれを知ってね、早速試そうとしたんです。ですが、皆さん知っているように僕は大変のビビリだ。そう、怖いんですよ。一人は怖いんですよ。ですがね、ことわざにもあるように赤信号は皆で渡ってしまえば怖くないんです。だから僕はこの紙を書いて、七不思議の上に貼り付けた」
ぺらりと真新しい紙を皆の前に掲げる。
その紙には『怖い話をしませんか?』と題字され、その他の注意事項がズラリと並んでいた。
「思っていたよりも少なくてがっかりしたんですがね、まぁ僕を合わせて六人いればいいでしょう。先ほど話した『裏』七不思議はですね、この最後の七不思議を試した人にだけが見れるんですって。つまり、『裏』七不思議とはその異次元空間の中の七不思議だそうです」
「ふっ、ざけるなよ藤谷ぃ!!」
横に座っている石戸谷君が机を蹴り倒しながら僕に迫った。
机の上に置かれていた蝋燭が床を転がり、それを慌てて八代先輩が踏み消す。
僕は石戸谷君に胸倉を掴まれて、その恐ろしい形相を目の当たりにした。
「なんてことしてんだお前はぁっ!!」
「大丈夫ですよ」
「……は?」
にへらと笑う僕を、石戸谷君は呆気に取られた顔で見つめる。
僕はそれがおかしくてさらに笑みを深くした。
「幽霊なんて、いるわけがないじゃないですか」
「……は?」
「すみません。そこまで怖がるとは思っていなくてですね……。悪ふざけが過ぎました」
「…………ッ!!! ふっざけんなぁ!!」
石戸谷君はそう叫ぶと、胸倉を掴んでいた手を離した。
少しだけ苦しかった呼吸が、しやすくなって僕はちょっと咳き込む。
桐沢君が幾分か安心したような、それか呆れたような溜息を吐いて席を立った。
「あー、俺、もう帰るわ」
時計を見てみるとあれから20分ほどしか経っていない。
桐沢君の言葉を合図に、皆各々の蝋燭を消し帰る準備をし始めた。
僕は「すみません……」と卑屈に頭を下げて、申し訳無さそうに一同を見回す。
その中、八代先輩と目が合った。
「…………」
「…………」
あぁ、バレてるや。
八代先輩の非難がましい、苦々しい顔で僕は悟った。
だから、
「八代先輩、頑張って下さいね?」
「……死ねよ、根暗」
応援してみたら暴言を吐かれてしまった。
まぁ、たったのは十四話だ。頑張ればこんな小手先の結界など、抜け出せることができる。
僕はやれやれと肩を上下させて帰る支度をし始めた。
皆が教室を出る。そして、僕は彼女と二人きりになった。
「……」
「……城島さん」
「…………はい」
ちょこんと大人しく座る城島さんは、儚い笑みを浮かべて僕を見ていた。
僕は昔に戻ったような、人を見下す笑みでもって言った。
「で、どうするんだ? 僕の魂が宿った煙はいるのか?」
「……あぁ、やっぱり……」
彼女の恍惚とした笑みと、この教室に馴染む彼女の姿に、僕は笑みを極限まで歪めながら教室から逃げ出した。