プロローグ 中話
顔が全部僕の方を見た。
そのことにびくりと身体が震え、僕は誤魔化すように「え? え?」と声を出した。
声を出している間に、僕は教室内にある顔を忙しなく見渡す。
この学校の制服を着た生徒達が、教室の真ん中で机を円の形に寄せ合って座っている。
数は五人。僕に背を向けて座っていた人すら顔をこちらに向けた状態で、僕は出迎えられた。
その中に知った顔は無かった。僕は五人の目がこちらに集中していることに慌てるも、どこか冷静に頭の隅で「思っていたよりも人数が少ないな」とこぼした。
困惑するようにきょろきょろと目を動かす僕を可哀想に思ったのか、女の子の一際明るい声が僕にかけられた。
「ねぇあんた!」
「え、あ、はい?」
「何年生?」
「えと、二年生です」
「そうなの? えぇ~見えなぁ~い。先輩なんだ!」
「う、……」
片手にぶら下げていた手持ちの鞄を胸に抱えて、その元気すぎる声から身を守る。
後輩らしいその女の子は茶髪のショートカットの髪にパーマをかけており、小さい顔に大きい目をしたかわいい子だった。ただ、化粧をしていかにもといった風貌なので近寄り難い。
わざとらしく感じる「きゃはっ!」という声と共に口元に運ばれた手元には、ピンク色のマニキュアが塗られていた。
「先輩も怪談話するんですか~?」
「え、うん」
「ビビリっぽそうなのに~? 怖い話大丈夫ですか~?」
「いや、怖がりだけど、怖い話が好きで」
「やっぱり怖がりなんですねー! 途中で失神しないで下さいよぉ~?」
「はい……」
人の話をまったく聞こうとしない後輩に苦く笑いながら頷く。
助けを求めるように周りの人たちを見れば、興味を無くした風な人やニヤニヤして僕を見る人、無言でこちらを見る人や控えめに笑い困っているような人がおり、その全てが僕を助けてはくれそうになかった。
僕は諦めて苦笑いのままその円に近づく。
「あの」
「あ、はい」
無言でこちらを見ていた人が僕に話しかけてきた。
常人より少し色素の薄い髪の毛。種を飛ばす前のたんぽぽのような頭をした男子だ。ちょっと抜けた顔をしている。今の僕にも負けないぐらい困った顔をしたその男子は、周りに雑にどかされた机を一つ、指差した。
指を差したまま黙る彼に、僕は何が言いたいのか分からずに首を傾げる。
「自分の座る机と椅子を持ってこいって言ってんだよ。そんぐらい分かれよ」
「ご、ごめんなさい……」
今度は低い声だ。慌てて声のした方向を見ると、怒っているのか、厳しい顔付きで僕を睨んでいる年上っぽい男子がいた。
黒々とした短い髪の毛と初夏だというのにもう日に焼けている肌が、迫力を増しているような気がする。
よく見たら組まれた腕の筋肉が凄かった。それだけでもう僕は戦々恐々としながら机を運ぶ。
たんぽぽのような頭の男子と怖そうな男子が間を空けてくれたので、僕は怖い人の横嫌だなぁと思いつつもそこに机を置いた。
座って一息吐いた僕に、しつこそうな声が降りかかった。
「君、陰気そうだね」
「え!?」
「うんうん、分かってるよ。陰気な君は陰気な話が好きなんだよね。明かりに誘われる虫ならぬ陰気に誘われる根暗君、だな」
「あの」
「俺? 俺も確かに陰気な話が好きだよ? いわゆる君と同じってやつ。だけどね、俺と君とでは決定的な違いがある。それが何か分かるか?」
「いえ……」
「それは何か。答えは僕が光で君が闇だ、ということだ」
「光? 闇? というより僕って……」
「そうだ。僕はゲームでいう光属性。陰気な話も吹っ飛ばす程の威力。正に光の勇者だ。それに比べて君は闇。暗ぁーい話に惹かれて幽霊みたいに引き寄せられた可哀想な奴なのさ」
「えぇー……? あの、えぇー……」
「ちょっとそれ本気で言ってんですかぁー先ぱぁい! ウケるんですけどぉ?」
「まぁ例えの話だからね。本気にされちゃあ困るよ、葵ちゃん」
「うわっ! なんで私の名前知ってんの!? キモい! もうこれが怪談話だって!」
嫌らしくニヤニヤと笑う気障ったらしい男子に食ってかかる後輩。
男にしては少し長いかと思われる黒い髪の毛の下はむかつくぐらい整っているため、ナルシスト寄りの自信家なんだろうなと僕は推測した。
いきなり僕を闇属性だと意味の分からない決め付けをしてくる辺り、自分の世界の常識が現実の常識だと疑わない、色々と倒錯している人なのかもしれない。なんにしろ嫌な人種だ。
どこで自分の名前を知ったのか聞き出そうとしている後輩とそれを飄々と受け流すナルシスト男から目を逸らすと、視界に大人しそうな女の子が入ってきた。
艶やかなロングヘアー。目元で切り揃えられている黒い髪の毛の下から覗く伏目がちの瞳が僕に向けられており、僕はドキッとした。
そんな自分を恥ずかしく思い慌てる僕に追い討ちをかけるように、その子が小さく笑った。眉を少し下げた、困ったような笑みだ。
僕はなんでその女の子がそんな顔をしているのか分からずにさらに混乱する。
どうしようと横に顔を向けるとたんぽぽのような頭をした男子が僕の方を見ていて、テンションが一気に下がった。
とりあえず声をかけることにする。
「えぇっと、君も怖い話、好きなの?」
「……、……、……ふはっ」
「え?」
たんぽぽのような頭をした男子がいきなり吹き出した。
僕の言葉に最初は耐えるようにしていたのだが、耐え切れないといったように吹き出された僕は呆然と彼を見詰める。
そんな僕に、待てと言うのか、タイムという意味なのか(どちらも同じか……)目の前に手の平を突き出して笑いを抑えようと必死になっていた。
馬鹿笑いをしているわけではないものの、肩を小刻みに揺らして笑うその姿は、僕を一頻り馬鹿にしている。僕は嫌な感情を覚えた。
「いや、あのごめん。顔を赤くしてこっちに向いたと思ったらそんなことを言い出すからさ。なんだかおかしくって」
「え、赤くなってたの僕!?」
たんぽぽ頭の彼はここで僕に身を寄せて、耳元で喋った。
「うん。なってたよ。まぁあの子かわいいからしょうがないと思うけどさぁ」
「いやいやいやいや!」
「俺もね、あの子はかわいいと思うんだ。しょうがない。あんな風に笑われたら男なら誰だって焦るって」
「見てたの!?」
「ばっちり、ね」
僕が彼女に対して赤くなったのをばっちり見られていたらしい。
そのことに再度顔が火照っていく感覚がした。
なんとはなしに彼女を見ると、楚々としている彼女はまだ僕を見ていた。僕は慌てて目を逸らす。
その行動にたんぽぽ頭の彼は「くふはっ!」と空気の抜けるような笑いをもらした。
「でもね、」
たんぽぽ頭の彼が、僕の耳元で揶揄するような、そんな軽い調子で告げる。
「あの子は止めておいた方がいい。自分の身が大事なら、な」
「え?」
そう言って彼は僕から離れた。
僕は問うように彼を見るが、彼は人の良さそうな顔で笑っているだけで僕にその意味を教えてくれそうに無かった。
怖い話好き故か、僕はそんな彼の態度にぞわりと蠢く興味が意味を構築していく。
こういうのは、定番なのだ。怖い話や怪談話での定番。あるいは物語内での伏線だ。
ぞわぞわと好奇心を膨らまされていく。
彼女には、一体どんな秘密があるのだろうか。
表面では困った顔を維持しつつも、内心彼女の秘密を暴きたいという欲求に駆られながら、僕は諦めた風を装い前を向いた。
目の前には彼女。淡い笑みを浮かべる彼女に僕は苦笑を送った。
「……もうそろそろ、時間じゃないか」
黒板の上につけられた時計。針が七時を差す数十分前だと確認した怖い男子がそう言った。
その言葉にまだ口論していたナルシスト男と後輩が黙る。
怖い男子が椅子の横に置いていた鞄の中から一枚の紙を取り出し、机に置いた。
それは「怖い話をしませんか?」と書かれた例の紙だった。
題字の下には説明書きがある。
怖い男子はその内容をもう一度確認しているのか、目が紙の上を滑っていた。
「開始は七時からだ」
「もう七時なんですか~? のわりにはまだ外明るいですよねぇ。怖い話するんだったらもうちょっと日が落ちてからの方がいいんじゃないですかぁ? 先輩!」
「ま、そうだけどね。でもその紙には七時から始まって十時には絶対終わるように、って書いてあるし」
「何、キモイの。あんたって時間を守る方なの? キモイしきっかりしすぎだし輪にかけてキモイ」
「葵ちゃんは酷いなぁ。今度デートしない? 俺自分のバイク持ってるからどこにでも連れてってあげるよ」
「嫌。絶対に嫌」
高校生のくせにバイクを持っているのか。
僕はナルシスト男を呆れた目で見た。良い印象を持ちようが無いこの男が、バイクに乗っているところを先生に見つかって怒られて没収されればいいと密かに思った。
「なぁ。始める前に自己紹介しないか?」
たんぽぽ頭の彼がそんなことを言った。
僕はそれに賛成の意を込め頷いた。
後輩はそれに嫌そうな顔をしたが、口を開く前に思い直したのかそのままどっかりと椅子に座る。
張り合う相手がむすっとして黙ってしまったためか、ナルシスト男もやれやれと言った感じに座った。
「じゃあ、てっとり早く俺から行くか」
怖い男子がそう口火を切った。




