十一話 煙々羅
皆さん、煙々羅というものをご存知ですか?
煙と書いて繰り返し、羅刹の羅とつけ「えんえんら」、です。
煙々羅というのは煙の妖怪のことです。煙に宿った精霊とも言われております。煙に人の顔のようなものが浮かび上がるものが煙々羅と解釈されています。
羅刹の羅と先ほど言いましたが、この羅は目の荒い薄布を意味しているようですので、煙の羅刹という意味ではありません。
さて、この煙々羅ですが、これには具体的な伝承がありません。創作妖怪の一つとも言われています。
ですが。
私、その煙々羅を見たことがあるんです。
ちょっと聞きたいのですが、私の他にも、それらしいものを見たことがある人はいますか?
……えっ。藤谷さんも見たことがあるんですか?
……。
……。
二度。
煙に人の顔のようなものを見たことがあるんです。
一度目は小学校の頃、お風呂に入っていた時です。
身体を洗って湯船に入った時に見たんです。
私は長風呂をするので、その日も湯船に浸かってぼんやりと立ち昇る湯気を見つめていました。
最初は今日一日何があったか、明日何をしようか考えていました。
けど途中からはただぼんやりと、湯気がゆらめく様を追い、時々湯気を掻くように手で払ったりして遊んだり。
そうしたら、ふっと、一瞬だけですが、皺がいっぱい寄った笑い顔みたいなのが見えたんです。
恵比寿の福顔のような、能楽の翁の面のような、そんなものが目の前に現れたような気がしたんです。
私はびっくりして、しばらくぼーっとゆらゆらとゆらめく湯気を見ていました。
ぼーっとしてるとだんだんと怖くなって、私はお風呂を出てすぐこの煙のことを調べました。
ここで、私は煙々羅という名の妖怪のことを知ったんです。
これが一度目。
そしてニ度目は中学生の時。家が燃えて、鎮火した後の焼け跡の中に見ました。
私の家ではありませんよ? 近所でしたが、知らぬ人の家です。
家が燃えた時間帯は夜中で鎮火したのか朝でしてね、私その日偶然にも朝に散歩に出ていたんです。
朝の澄み切った空気を肌で感じたくて、気ままに歩いていました。
そしていつもはあまり通らない道を通って、偶然にも火災現場の跡を見たんです。
真っ黒に焼けてしまった家の周りを人だかりが囲っていまして、皆一様に押し黙っていました。
本来なら隣の人と何か話をしたりしているものなのでしょうが、そんなことをしている人は一人もいません。
私は不気味に思いながらも真っ黒な家を見ました。
家は煙を燻り、なんとはなしに私は煙を追って空を見上げたんです。
その時もただぼんやりと、私は煙を見ていました。
そうしたらふぅっと、顔が見えたんです。
お風呂の中で見たものと同じ、皺のえらく寄った笑い顔でした。
それを見てしまった私は、二度目ですから、すぐに怖くなって家に帰りました。
最初に言いましたように、煙々羅とは煙に宿った精霊という説もあります。
精霊が煙に宿るんです。
ですが、精霊が煙に宿る事例があるのでしたら、その煙に人の魂が宿っても別におかしくはないんじゃないのか、と、当時の私は思いました。
湯船で見た煙々羅は精霊で、火災現場で見た煙々羅は人が宿った。
そう考えてもおかしくはないんじゃないかと思ったんです。
それでしたら、火葬の意味もなんとなく分かるような気がするんです。
煙に魂が宿るのでしたら、死体を焼いて、煙にして、その煙は空に昇って天上に召されるんじゃないのか。……そう思ったんです。
天上に召されるということは天国に逝くということ。だから煙々羅の顔はあんなにも笑っていたのではないのでしょうか。
……。
……。
私、少し思っていることがあるんですけどね……。
……。
……。
もし私が言うように、煙に人が宿るのだとしたら、
……。
……。
その煙を捕まえれば、それを自分の物のものにできるんでしょうか、と……。
……。
……。
……。
これで私の話は終わります。