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閑話 前話

 横坂さんが桐沢君の胸倉を掴み、前へ後ろへと激しく揺さぶる様を、僕は横で見ていた。

 「うわーん!」とわざとらしく声をあげる横坂さんは、横にいる僕には気が回っていないようだ。さっきから桐沢君の身体が僕に当たりそうで怖い。

 

 

「お前の話が面白くないからだ」

 

「あー! さっきは藤谷先輩の話に「怖い話をするな」とか言ってクセにぃー!」

 

「だから言っただろう。俺は怖い目に遭うのは嫌だが話を聞くのは好きなんだ」

 

「なにそれなにそれー! それじゃあ私の話だって」

 

「宇宙人なんぞいるわけがないだろう」

 

「うわーん! 桐沢先輩のいじわるぅー!」

 

 

 揺さぶり運動がさらにヒートアップする。

 今まで動じず揺さぶられていた桐沢君の頭が前後左右にがくんがくんと揺れ出した。

 流石にこれ以上横坂さんの好きにさせていたらダメだろうと、桐沢君の首を心配しながらおずおずと止めに入った。

 

 

「あ、あの、横坂さん」

 

「なによー! 藤谷先輩も宇宙人はいないって言うんですかー!?」

 

「いや、いないっていうか……。僕はいたらいいなって思ってるよ」

 

「いないって思ってるんじゃないですかぁ!」

 

「ち、違う。違うんだ」

 

「何が違うんですか先輩達のばかぁー!」

 

 

 がくんがくんというよりもぐるんぐるんという擬音が合っているかと思えるほど、桐沢君の首の動きが激しくなってきていた。このままでは、首がもげそうだ。

 僕はどうしたらいいのか分からずに無意味な言葉の欠片を溢していた。

 

 

「横坂さん」

 

 

 前から透き通る声がした。僕はそちらに目を向ける。

 城島さんが凪いだ目で、この状況を笑うでもなく呆れるでもなく、常と同じと口元に緩い弧を描かせ微笑んでいた。

 横坂さんの手が止まる。桐沢君の首の運動も止まった。

 だらんと顔をこちらに向けている桐沢君の顔は少し青いような気がした。

 

 

「私は、信じてますから」

 

「じょ、城島さん……!」

 

「きっといます」

 

「そうですよね……! そうですよねぇー!」

 

 

 パッと胸元から手を離され、桐沢君の身体がこちらに倒れてきた。

 僕は生憎身体を机に対して真正面に向けていたものだから、倒れてくる桐沢君の身体を受け止めることができなかった。僕の座る椅子の角に後頭部をぶつけ、床に落ちていく桐沢君。

 

 

「き、桐沢君……!」

 

「あっはははは! いいね! 宇宙人の話は楽しくなかったけどこれは楽しいぞ! いいぞもっとやれ!」

 

「いやいやあのですね八代先輩。楽しいって言う前に心配をですね」

 

「うるさいぞぉ不幸体質! 僕に命令するな!」

 

 

 あはははと笑う八代先輩をなんとか宥めようとした石戸谷君が何か言われてる。

 僕はどうしたらいいのか分からなくて横坂さんと桐沢君、石戸谷君に目をうろうろと彷徨わせた。

 そうして怖い話をしにきているというわりには賑やかになってしまったこの場を、僕が止めれるものじゃないなと諦めを感じ、僕は時計に目を向けた。

 

 

「あっ……もう四十分も経ってる……」

 

「えぇー!? もうですかぁー!?」

 

 

 僕の言葉に反応したのは横坂さんだ。

 本当に、どこにそんな元気があるのかと思えるほど快活に動く横坂さんは、自身も時計を見て「うぇー!」と声をあげた。

 

 

「……早いものですね」

 

「早いってもんじゃないですよ藤谷先輩! これはもう驚異です! 脅威なんです! これじゃあ百物語できないじゃないですかぁー!」

 

「ま、待て。横坂。お前は百物語をする気だったのか……?」

 

「あったりまえじゃないですかぁ桐沢先輩! ただ怖い話をするだけよりも百物語をする方がぜっっったい楽しいですもん!」

 

「ばっかやろう! 百物語なんてするもんじゃねぇよ!」

 

「でもでもー。蝋燭を立ててこわぁーい話をしてる時点で桐沢先輩も同罪なんですよー? 百物語に参加しちゃってるんですよー!」

 

「俺は百物語をやってるつもりなんか無い!」

 

「もう遅いですぅー! 遅いんですぅー!」

 

 

 横坂さんと桐沢君が言い合いを始める。

 桐沢君の怒鳴り声は、僕の心に恐怖心を沸かせる。

 そこらの怪談話をするよりもよっぽど怖い。

 身体にビリビリと突き刺さる何かに戦々恐々しながら、僕は少しでも逃げようと石戸谷君の方に身体を寄せた。

 ちらりと言い合いをしている二人を見て、横坂さんはあんな怒鳴り声を真正面から受け止めてすごいなぁと頭の隅っこで思った。

 

 

「藤谷君、大丈夫?」

 

「全然……」

 

「ふはっ。そうだよねぇ?」

 

 

 小さく噴き出して朗らかに笑う石戸谷君もすごいと思う。

 こんなに冷静でいられるなんて、僕にはできないことだ。

 よく見てみたら城島さんもそこまで動揺していない。むしろ落ち着いていて、それは八代先輩にも言えたことだった。

 僕だけがびくびくと身体を遠ざけようとしている。

 すごいなぁと小さく呟く僕の声は誰にも届くことはなかった。

 

 

「あぁー! うるさいうるさいうるさい!! うるさいぞお前ら!!」

 

「あぁっ!? お前さっきもっとやれって言ってなかったか?!」

 

「言ったさ! それがどうした! もう見飽きた聞き飽きた! さっさと黙れ!!」

 

 

 八代先輩が苛立たしそうに叫び、桐沢君がそれに食って掛かるも横坂さんの「あーもうアホらしい!」という言葉に一応喧嘩は止んだようだ。

 先輩と桐沢君が互いを睨んでいたが、不意に桐沢君が自分の席に座り、これでようやっと終わりを迎える。

 僕はほぅっと息を吐きながら身体を元に戻した。

 

 

「うん。まぁ、うん」

 

「なんだよ、石戸谷」

 

「いやぁさぁ。二人が口喧嘩しててちょいっと忘れてたけど、もう十話話したんだよね」

 

「あー! そういえばそうですねー」

 

 

 腕を組んで少し難しい顔をする石戸谷君は、時計を見て皆を見、そしてニッと笑った。

 

 

「じゃあ、休憩か」

 

「休憩なんていらないよ」

 

 

 八代先輩が憮然としながら言った。

 この人はまるっきりの空話をしたクセに随分と態度がでかい。

 石戸谷君は困った笑顔を作って「まぁまぁ」と手をひらひらと振った。

 

 

「紙には十話毎に、って書いてますし」

 

「無視すればいい」

 

「そうもいかないでしょ」

 

「なんだ俺の言うことが聞けないのかこの不幸体質!」

 

「なんで俺が不幸体質だってことを知ってんですかね……。いや、かの有名な八代先輩に言うのは野暮ですか」

 

「そうだ。野暮だ」

 

「はいはい」

 

 

 僕は石戸谷君の言葉に首を傾げた。

 『かの有名な』……とはなんだろうか。

 その言葉に惹かれた僕は八代先輩を凝視する。

 八代先輩は僕の目に苦々しい顔をして「僕を見るな!」と叫んだ。

 僕は慌てて目を逸らす。逸らす、が。気になってしまう。

 

 好奇心が芽吹いてしまった僕は、恐る恐ると横目で八代先輩を見た。

 口を尖らせムスッとしている。僕は人知れずほくそ笑んだ。

 

 

「そ、そうだ。ここって冷蔵庫があったよね。飲み物も入ってるし、喉を潤してからまた始めようよ」

 

「あ、さんせー! 藤谷先輩気が利くぅー!」

 

 

 僕の言葉に横坂さんが元気よく手を挙げる。

 この人、見た目がもっと落ち着いてたら好感を持てたかもしれないなぁ。

 そんなことを考えながら僕は席を立ち、冷蔵庫にへと向かう。石戸谷君が「俺も行く」と言ってついてきた。

 冷蔵庫を開けると2リットルの炭酸飲料やお茶、アイスまでもが備え付けられていた。

 

 

「ラッキー。アイスがある」

 

 

 石戸谷君は飲み物には目もくれずアイスの箱を取る。

 アイスは棒付きのキャンディアイスだ。

 何本も入っているアイスの箱を開けつつ、振り返りながら「皆アイスでいいかー?」と石戸谷君が聞く。

 横坂さんがまさかのアイスに目を爛々と輝かせていた。

 

 

「アイス!? 葵それがいいー!」

 

「はいはい」

 

 

 石戸谷君がにこにこと笑いながら席に戻っていった。

 僕は冷蔵庫を開けたままその背を見送る。

 冷蔵庫に目を向けると、口を下にしたガラスのコップが十個程並んでおり、残念だと思いつつ扉を閉じた。

 僕も席に戻ると石戸谷君が「どれにする?」と聞いてきた。僕は葡萄が好きだったので紫色のアイスを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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