九話 留守番電話
……。
……。
……藤谷……。
あまり怖い話はするな……。
……違うか。怖いというより、なんだか気持ち悪いな……。
紫鏡を二十歳になった時に思い出したような不快さだ……。
まだ俺は二十歳にはなってないが……、……、……、嫌なことを思い出しちまったな……、……ちくしょう……。
……ん? あぁ、そうか。次は俺の番だったな……。
そうだな。それじゃあこの前あったことを……。
結構最近の話だ。
俺はゲームが好きでな。
俺の家のリビングには地デジ対応のでっかいテレビあって、そのテレビでいっつもゲームをしてるんだ。
俺、ゲームをしている間は結構集中してるらしくてなぁ。母親の声も時々無視しちまってるみたいだ。
そんな俺がある日の夜、いつものようにリビングでゲームをしてた。
アクションゲームなんだが、慣れちまったら作業するようにどんどんと進める、あまり物を考えなくていいものをその時やってたんだ。
そのゲーム、BGMがよくてなぁ。その日偶々家族が全員いなかったし……、あ、兄貴はいたか。あぁでも自分の部屋で寝てたからいないのと一緒か。
俺一人でリビングでゲームをしてるもんだから、音量をでかくしてやったんだ。
それでそのゲームのステージが、ノイズのような音が始終鳴っているようなBGMのステージでな、でも音調やリズムが良いから俺は気に入ってた。
で、思い切り音をでっかくしてたもんだから、俺、電話が鳴ってることに気付かなかったんだ。
電話はリビングのすぐ近くにある。けど、俺はゲームをしてたら集中しちまう性質だし、音も、な。
だから俺が電話に気付いたのは留守番に入ってからだった。
俺はゲームをしてて、ステージで流れるBGMに乗って背後からノイズのような音が聞こえることに気付いた。
なんだ? と思いゲームを一時停止すると、BGMが止まって背後から聞こえる音がより鮮明に聞こえた。
電話からだ。留守番電話に切り替わっていて、そこからザリザリと音がする。
俺は怖くなったな。
怖いものとかあまり好きじゃねぇんだよ。
あぁ、けど、自分が体験するのは嫌だが人の話を聞くのは好きだ。
正に怖い物見たさというか、今回の場合は聞きたさか? まぁそんな感じだ。
怖い気持ちを抑えて耳を澄ませば、ザリザリと耳障りなノイズだと思っていたそれがな、なんというか、受話器の前で何か作業をしているような音だと気付いたんだ。
ザリザリ、というよりバリバリ、に近いのかな。
なんだろうなぁ……。袋をガサガサしているっていうか……違うな……。
あぁそうだ。テレビとかで台風が来た時、リポーターが現地の状況を伝えるだろ? あの時に入る風の音に似ていたな。
でもあれは風の音というよりも、やっぱり何か作業をしている音だった。
受話器の向こうに人がいると確信できる、そんな音だったんだ。
バリバリ、バリバリ、って背後から音が鳴ってて、俺はたまらなくなってゲームを再開した。
ゲームから流れるBGMのノイズがそのバリバリという音に聞こえてきてさらに怖くなったりもしたが、俺は必死にゲームに集中したんだ。
電話から聞こえる音を聞きたくないから音を下げるわけにもいかないし、けどノイズが走るBGMを聞いていると不安になってくる。
早く留守番電話終われ終われ終われと、俺は心の中で何度も何度も願い続けた。
そん時、背後から悲鳴が聞こえたんだ。
なんつーの。断末魔のような叫びだ。
俺は驚いて背後を振り返った。
そしたらな、電話が置いてある廊下が、暗かったんだ。
夜だったし、家の中が暗かったら怖いだろ? だから俺は全部の部屋、自分が行き来する部屋は全部、電気をつけてたんだ。
なのに、廊下の電気が。
……。
……。
留守番電話は終わった。
暗い廊下から「留守番電話を終了します」という無機質な女の声が聞こえてきた。
俺は怖かった。
今すぐにでも自分の部屋に戻りたかったが、俺の部屋は上にある。
リビングは一階にあったから、どうしてもその暗い廊下を通らなくちゃいけなかった。
俺も結構なビビリだから、そんなことできるわけがなくて、一時停止を忘れていたゲームに目を戻したんだ。
でも廊下に背を向けているのは怖い。だから廊下へと続く入り口が視界に入り、ゲーム画面も見れる位置に移動してゲームを始めたんだ。
その日は親が帰ってくるまでリビングでゲームをしてた。
親が帰ってきた時は心底安堵したなぁー。いつもはうざったいだけなんだが、こういう時はホント感謝するよ。
その日は何も無く、寝た時になにか悪夢を見るでもなく、無事に過ごせた。
それで数日が経って、あの日の留守番電話が気になった俺は、記録を呼び出してみたんだ。
相手は非通知。まぁ当たり前だろうが。そんで、あの日聞いたバリバリという音が録音されてた。
その音を聞くだけで怖くなったんだが、兄貴も無理矢理付き合せていたからなんとか聞けたな。
録音メッセージは4分間も続いていた。
ずっとバリバリと緩急をつけて、時に休んだりなんかして入ってた。
けどな、俺があの日最後に聞いた悲鳴だけは入ってなかったんだ。
俺は疑問に思ってもう一度聞いたんだ。ただずっとバリバリいってるのを聞くのは嫌だったが、確認したかった。
でも、やっぱり悲鳴は入ってなかった。
俺は混乱した。
だって俺はあの断末魔の叫びをちゃんと聞いてたんだから。
驚いて振り向いて、暗い廊下に怯えてあの叫びに恐怖して……。
あの叫び、耳から離れないんだ。
今思い出しても、生々しく思い出せる。
ゲーム内であんな声が出てくるはずがない。
だから、あの悲鳴は絶対に電話から聞こえてきたもののはずなんだ。
……だけどな、俺、その時の叫びを思い出せるんだが……、思い出せるんだけどな……。
俺、その叫びの性別が分からないんだよ……。
ほら、あるじゃねぇか。
悲鳴でも、それをあげた奴が女か男かぐらい分かるだろ?
子供の声なのかも老人の声なんかも分かるはずだ。
声帯のエキスパートなんて声だけで詳細の年齢が分かるぐらいだし、骨格なんかも分かるって言うし……。
けど、俺はその声が男のものなのか女のものなのか全然、分からなかったんだ……。
低い、思いっきり叫んだものだってのは分かるんだが……。
……。
……。
俺は悲鳴が入っていないか、もう一度録音メッセージを再生した。
怖い物好きな兄貴も、最初は興味深々に聞いてたが、三回目ともなると流石に離れていった。
廊下に一人になった俺はそれでも録音メッセージを再生して聞き続けた。
音が漏れてくる口に耳を近づけて、バリバリという不快な音も我慢して、な……。
そうやって聞いているとな、俺はバリバリという音に紛れて何かが途切れ途切れに聞こえるのに気付いた。
女の声だ。これは分かった。女が遠くで必死に「助けて助けて」って言ってるんだ。
よく心霊物である恨みがましいものじゃなくて、生きてる人間が必死に助けを求めている声だった。
俺は不安になって聞き続けた。そして、4分が経って切れた。
……。
……。
俺はここで怖くなった。
おぉ。何回も怖い怖いって言ってて情けないけどなぁ。
実際に遭遇したら怖いもんだろ。俺が特別に情けないわけじゃないぞ。
メッセージを聞くたびにどんどんと何かが分かっていくのが、怖かったんだ。
次にメッセージを聞いたら、今度は何を発見するのだろうか。
もし次に聞いたメッセージの中の女の声が、必死なものから恨みがましいものに変わっていたら。
……そんなことを考えちまったら聞く気も失せるっつーの。
俺はメッセージを聞くことをやめた。
またバリバリと不快な音を聞くのは嫌だったしな。
俺は留守番電話にあるメッセージを削除して、終わりにしたんだ。
あ。いいか。一つ忠告しておくけどな。あんまり、好奇心で首を突っ込むんじゃねぇぞ。
それからは何事も無かったからよかったものだけど、好奇心で下手に探ろうものなら手痛いしっぺ返しに遭う。
きっとそうに違いないんだから、自重しておけよ。
これで俺の話は終わりだ。