七話 肝試し
あぁもうなんですか八代先輩! それって卑怯じゃないですか!?
「どれだけ短くても話したことは話したんだからいいだろ」って、あのですねぇ……。
……あぁーもう! 話しても埒が明かない! いいですよ話せばいいんでしょ話せば!
この企画は怖い話をするものなんですから、次回ってきたら今度はちゃんとした話をしてくださいね!
それじゃあ話すぞ!
……さて、何を話そうかな。
あ、そうだそうだ。この話なんてどうだろう。
結構最近の話なんだけどさ。俺先日友達と一緒に肝試しに行ったんだ。
初夏だから気が早いんだけど、友達の遠藤って奴が行こう行こうってしつこく誘ってきやがったから、まぁ仕方なく。
その時の話をしようか。
男二人で肝試しに行くと思うとゾッとしないから、俺と遠藤は女も誘って行くことにしたんだ。
けど遠藤って奴は付き合いの良い女友達ってのをあんま持っていないみたいでなー。結局俺が仲の良い女友達誘うことになった。
ホント面倒臭い奴だ。それでもまぁ、いいんだけどさぁ。
それで誘った結果、里香っていう女友達とその彼氏の仲遠、それと里香の友達の紗枝っていう子が参加することになった。
里香と仲遠はもうノリノリでなぁ。端から見ててホントムカツクほど馬鹿でラヴラヴな二人だったよ。
真逆に紗枝っていう子は少し大人しめの子で、怖いものが好きじゃないのか始終困った顔をしていたな。どうにも里香が強引に誘ったらしくて、どうしようかなぁって俺は思ったよ。
怖いの苦手そうだし、遠藤の一言で肝試しをすることになっただけだから絶対参加しなくちゃいけないもんでもないし、俺はどう理由を付けて紗枝を外してやろうかって考えてたら、遠藤が下世話な顔で「肝試しでカップルができるかも?」なんて言いやがってな。
どうやら遠藤は紗枝に一目惚れしたらしかった。それで肝試しでまわる墓地に手を加えようとか言い出した。
何か脅かすような仕掛けを作って紗枝を驚かせて、遠藤が怖がる紗枝を勇敢に助ける――だなんて妄想をだな、遠藤は実現させようとしたんだよ。
俺は馬鹿だなぁコイツって思いながらも、本来肝試しってもんは驚かせるものだろうとも思ったから、まぁいいかってなったんだ。
俺、肝試しって聞くと小学校の頃のキャンプを思い出すんだよな。キャンプ中に肝試しが組まれていて、くじ引きで相手を決めた生徒が二人で墓地に行く。で、先生がオバケの格好をして生徒達を驚かせる。そんな感じで、散々怖がらされて驚かされた役から、今度は怖がらせて驚かせる役になるんだと思ったら、なんだか俺までノリ気になっちゃってな。
それで肝試しをする日時を決めて、その日までに仕掛けを作ることにしたんだ。
仕掛けって言ってもそんな大層なもんを作れるほど頭が良く無いから、肝試しに誘った奴とは別に他の奴も誘ったんだ。驚かせる係り、な。
それで澤と秋山っていう奴らがその驚かす係りになった。遠藤の友達だ。
その二人は子供騙しに赤い火の玉やらなんやらを作ってたみたいだった。俺はといえば、何をするわけでもなくボーッとしてたな。
途中からどうでも良くなっちゃったんだよ。最初は乗り気だったんだけど、妙にやる気が起きない。めんどくさいとも思ったから抜けようかと考えてた。
三人で盛り上がってたから俺が抜けても全然支障は無いだろうけど、あの不安そうな顔をした紗枝って子が頭にちらついてな。抜けるにも抜けれなかったんだ。
それで肝試しの当日。
十時頃に里香と仲遠、遠藤と紗枝と俺で近所の墓地に集まった。
肝試しのルールは、墓地の最奥にある小さい社まで行き戻ってくる、というシンプルなものだ。
里香と仲遠は相変わらずイチャイチャしてて、遠藤は不安そうに辺りを見回す紗枝を、俺から見たら物凄くわざとらしく気遣っていた。
紗枝は周りの暗さが相俟った墓地の居住まいの不気味さに一杯一杯だったのか、遠藤の言葉はあまり聞いていないようだったな。
肝試しにさぁ行くぞってなって、俺達五人は墓地の中に進んで行った。
その墓地は結構広くてな。墓地を囲むようにして木がいっぱい立ってたりするから結構雰囲気が出てて、紗枝はそれに本気で怖がっていた。
遠藤は始終鼻の下を伸ばしっぱなしで紗枝のことを気遣っていたよ。
そして澤と秋山がいる地点にまで辿り着いて、俺はもうそろそろだなと思って木の方を見たんだ。
当初の予定では木の間から火の玉が現れるはずだったからな。
けど、その予定は決行されることは無かった。
俺と遠藤は同時に目を合わせ首を傾げた。
誤って俺らが驚かないようにちゃんと目印も決めていたからな。
それを越えたら――――だったのに。
まぁ仕方ないから俺らは先に進んだ。
何も無いまま社に着き、カップル二人は何もないことに「つまらない」と愚痴ってた。
遠藤は大層不満そうだった。紗枝は何も無かったにも関わらず青い顔をしてて、俺はぶっ倒れやしないかとひやひやしたな。
来る途中何もなかったせいで緊張感が無くなったのか、俺らは他愛も無い話をしながら社を引き返した。
遠藤は紗枝をさらに怖がらせるためにもっと他のところにまわろうとかほざいていたが、当の紗枝が帰りたいと懇願してな。
紗枝の必死さに、そんなことを言い出す遠藤を里香が怒って、渋々だが遠藤は帰ることに賛成した。
俺は紗枝のことが心配になった。真っ暗闇の中懐中電灯の微かな光に当てられた顔色が、本当にぶっ倒れそうなほどに悪かったからだ。
しかもよく見てみれば小刻みに震えているような気がする。
そこまで怖がるとは思っていなかったから、俺は良心が痛んで紗枝に労わりの言葉をかけた。
そん時、紗枝の歩みが唐突に止まった。
後ろにいたカップル二人はいきなり止まった紗枝に、心配げに声をかけた。
紗枝は答えることなく目を見開いて何かを見ている。
紗枝が何を見ているのか気になった俺は紗枝の視線を辿って、懐中電灯に照らされた帰り道を見た。
俺は、懐中電灯の光がギリギリ届くところに転がっている物を見つけた。
転がっているものが一瞬理解できなかった俺は目を凝らしてそれを見たんだ。
それは、人の腕だった。
真っ直ぐ伸びる道の両脇には墓が立ってる。
その墓の方からな、道にニュッとやけに生白い腕が突き出してたんだ。
紗枝もそれを見つけちまったんだろう。
紗枝の視線を追って固まった俺に、三人も倣ったんだろうな。
――遠藤の悲鳴が上がった。
遠藤は悲鳴を上げて社の方に走っていった。
懐中電灯は遠藤が持っていて、それ一つしか無かったから辺りは一気に暗くなった。
そのことにパニックに陥った里香と仲遠も悲鳴を上げて遠藤を追ったんだ。
紗枝の悲鳴も聞こえて、俺は逃げることができずにその場から一歩も動けなくなった。
頭の中が混乱して、次に俺は何をしたらいいか分からなくて半べそをかきながら横にいるはずの紗枝の腕を取ろうとしたんだ。
そしたら、横から唸り声が聞こえた。
獣が威嚇するときに出すような声だ。
俺は何が何だか分からなかった。
懐中電灯の光に目が慣れていたせいで、周りの物が全然見えない。
そんな状態で誰かに、何かに足を払われてこけて、呆然としている俺の耳元で唸り声がした。
俺は声のする方に顔を向けたんだ。
間近に、白目を向いて涎を口の端から垂れ流す紗枝の顔があった。
……それから俺は気を失った。
次に起きた時は朝だった。
墓地の真ん中で寝転がっていた俺はふらふらとしながら家に帰って、遠藤に電話したんだ。
昨日はあれからどうなったんだ、って聞くためにな。
遠藤は俺の無事に物凄く喜んでいた。けど俺が昨日はどうなったんだ、なんで俺を置いて帰ったんだと聞くと受話器越しにも震えてるってのが分かるほどに動揺した。
それで言いにくそうに「実は昨日な、澤と秋山の奴らあの墓地に行ってなくてな、その理由が墓地が見つからなかったから、だそうなんだ」と言ったんだ。
俺はそんな馬鹿なことあるわけ無いって思ったんだけど、それは遠藤も思っていたようだ。
「あの後、お前や紗枝ちゃんが戻ってこないから、三人で引き返したんだ。それで、お前と紗枝ちゃんを捜したんだけど、どこにもいなかった。あの白い腕も無かった。お前や紗枝ちゃんは、どこにいたんだよ」
俺は訳が分からずに、嘘を吐くな俺はずっと道に倒れていたと言ったんだけど、信じてくれなかった。
終いには「俺を怖がらせようとして言ってるんだろ!」とキレられる始末。紗枝のことを知らないかと聞いても「知らない!」の一点張り。
どう説明しても無駄だと思った俺は電話を切って学校に行った。
それで里香に紗枝は学校に来ているか聞いたんだ。
そしたらな、「来てない」、だとよ。
それから日が経って今日、紗枝は未だに学校に来てないみたいなんだ。
……。
……。
紗枝は、一体どうなっちまったんだろうなぁ。
俺らが肝試しなんかに誘わなかったら、紗枝はちゃんと学校に通っていたのかな……。
やっぱ、肝試しやらなんやらは気軽にするもんじゃないのかもしれないな。
幽霊が本当にいるんだったら、なまじ見えない奴を相手にするようなもんだし。
……紗枝は、何かに取り憑かれちまったのかなぁ……。