プロローグ 前話
学校内、放課後。
窓が開け放たれ、そこから蒸し暑い風が滑り込んでくる。均等に並ぶガラス郡がほぼ全て開けられた廊下を僕は歩いていた。
もうそろそろ下校時間だというのに日はまだ空にある。初夏の時点でこの時間帯まで日があるというのなら、真夏はもっと空に日が滞在していることだろう。
暑いのも明るいのも苦手な僕はそのことを考えるだけでげんなりした気持ちになった。
面白おかしく雑談をしながら帰宅する男子生徒が横を通り過ぎる。
僕はその横顔をちらりと見た。その時に会話も耳に入る。これから遊びに行こうという誘いと、それに乗る声。
僕はすぐに興味を無くして歩みを進めた。
生徒達が前からどんどんと来て横を通り過ぎていく。まるで僕一人だけが本来の流れに逆らって逆行しているような、何故だか少しもどかしい、あるいは気恥ずかしい思いを抱いた。
少しでも生徒達の目から隠れるように、夏服の胸元を軽く握り、首をすぼめ肩をいからせた。
一直線の廊下の横にある、端よりも手前にある階段。階毎に正規の階段と非常用階段(といっても正規の方と造りはなんら変わりない)があり、そこから降りるために生徒達は流れるように人ごみを作るのだ。そしてその流れは一直線に伸びる廊下の丁度真ん中で分かれる。正規の階段を降りる側と非常用階段を降りる側だ。
何か計ったかのようにキレイに真ん中から分かれる生徒達に、僕はいつも不思議に思う。先生に言いつけられた訳でもないのに、生徒達は律儀にそれに従う。本当に不思議だ。
僕は廊下の端を目指している。
今日の僕の目的は、端にある教室にあった。
(さぁて、何人集まってるかな?)
胸元を握っていた手を口元に移動させ、僕はにやける口元を隠した。
教室と教室の間にある白い壁に、一枚の紙が貼られていた。僕はそれをちらりと見て、再度ほくそ笑む。
その紙には「怖い話をしませんか?」というストレートな題字が書かれていた。
ちなみにそれを貼ったのは誰か知れない。いつの間にか貼られていた紙。渋い顔をしてその紙を見ていた先生方がそれを剥がすようなマネはしなかったので、一応は学校から許可を貰っているのだ。
新聞部のネタにするわけでもないし、先生方が企画したものでもない。出所が分からないそれにわくわくした気持ちが高まっていく。
いからした肩がくつくつと震える。
楽しみだ。
そうこうしている間に、僕は廊下の端に辿り着いた。
何にも書かれていないプレートが掲げられた教室の前。
擦りガラスには内側から深緑色のカーテンがかけられている。
気持ちがさらに高まり、僕はそれを抑えるために一つゆっくりと深呼吸をした。
よし、と呟いて僕は扉を開いた。