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昔話シリーズ

帰ってくれない浦島太郎

作者: 山田裕子
掲載日:2026/10/22

 昔々、ある漁村に浦島太郎という男がいた。

太郎は、ちょっとばかり怠け者だが、気の優しい男であった。

母親と二人で村の外れの家に住んでいる。

今日も村の漁師は皆漁に出ているのに、出遅れた太郎は浜辺をぶらぶらと歩いていた。

すると少し離れたところで村の子供たちが、亀をいじめて遊んでいた。


「おいおい、よさないか。そんなに亀をいじめてはかわいそうだろう」


「あ、太郎だ。また寝坊して漁に出る船に乗りそびれたな」


「えー、それはいいから亀を放してあげなさい」


「やだね!金をくれたら、放してやってもいいけど」


 最近の子供は大人の言うことを聞かない。

仕方なく太郎は、なけなしの小遣いから子供に金を払った。


「ちぇっ、しけてんの。太郎だからしょうがないか」


 捨て台詞を吐き、子供たちは去って行った。

太郎は、いじめられていた亀を見やる。


「助けていただき、ありがとうございました。このご恩は忘れません。

近いうちに必ずご恩返しをいたします」


 そう言った亀が海へと帰って行くのを太郎は見送った。


 しばらく変わり映えのない日が続いた。

太郎は寝坊しなければ、知り合いの漁師に船に乗せてもらって魚を捕る。

今日はあいにく寝坊した。母に怒られた。

ぶらぶらとまた浜辺を散策していると、そこへこの間助けた亀が現れた。


「やあ、お前はこの間の亀だね。どうしたんだい?また子供に捕まってしまうよ。早く海へお帰り」


 亀は短い首を振った。


「いえいえ、今日は恩人の太郎様をお迎えに来たのです。

先日、竜宮城に戻って、太郎様に助けていただいた話をしました。

そうしたら乙姫様がぜひお礼をしたいとおっしゃって、それでお迎えに来ました」


「それは、嬉しいけどどうやって竜宮城とやらに行くの?」


「私がお連れします。どうぞ私の背に乗ってください」


 亀は、太郎に乗るように言ったが、太郎はさらに亀に質問した。


「竜宮城って海の中だろう? 俺、溺れてしまうんじゃない?」


「ご心配なく。竜宮城の秘宝、『海中でも息ができる金魚鉢』を持ってまいりました。これを被れば、問題ありません。さあ、どうぞ背にお乗りください」


 亀の勧めるまま、金魚鉢を被った太郎は亀の背にまたがった。

亀はスイスイと海中を泳いでゆく。

目の前をタイやヒラメが泳いでゆく姿が面白かった。

周りの様子に目をひかれているうちに、竜宮城に着いた。

立派な門構えに太郎は目を丸くする。少し気おくれがしたが、


「さあさあ、こちらへどうぞ。乙姫様もお待ちかねでございます」


 そう亀に言われて、乙姫の待つ竜宮城の宴会場に連れてこられてしまった。

まばゆい明かりに、美しい侍女たち。

豪華な部屋に、たくさんのごちそうが並んでいる。

奥の方の席にひときわ美しい人がいた。

目のくらむような衣装もすごいが、乙姫様自身も太郎が見たことがないような美女だった。

ぼーっとして立ちすくんでいた太郎は、亀に促されて乙姫の側に座った。


「先日は、私の家来、亀太を助けて下さり、ありがとうございました。

お礼に太郎様をおもてなししたいと、ご招待しました。

どうぞご存分にお楽しみください」


 侍女たちは、早速お酌をしたり、歌や踊りを披露してくれる。

太郎は、こんな豪華な食事は見たことがない。歌や踊りもせいぜい村祭りで見る程度だ。

舞い踊る侍女たちの美しさに見とれ、夢心地である。

毎日もてなされているうちに、帰るのを忘れた。

亀太がそれとなく、


「ご家族には、どれくらい留守にするって言ってきたんですか?」

 と聞いても


「大丈夫! 少しくらい俺がいなくても、母ちゃんなら一人でやっていけるし」


 と言って帰ろうとする様子はない。


 朝から侍女たちと戯れ、豪華な食事や酒を堪能し、太郎は家のことも村のことも忘れて、楽しんでいる。

亀太はそろそろ帰ったほうが良いのではないかと、頭を抱えていた。


「乙姫様ぁ、恩人ですからおもてなししましたけれど、太郎様は、いつまでここにいるつもりなんでしょう? いっこうに帰る気配はありませんし、毎日のごちそうの費用もかさんできて、最近は家宰様にも嫌味を言われます。

どうしたらいいでしょう?」


「落ち着きなさい、亀太。私がそれとなく太郎様に聞いてみます」


 その日、乙姫も久しぶりに太郎の宴に参加した。

そんなに毎日付き合ってもいられないので、最初だけしか、もてなしの宴には出ていなかったのだ。

太郎はご機嫌に酔っぱらっていた。

侍女たちと一緒に踊っている。

乙姫はため息をつき、太郎を呼んだ。


「太郎様、お楽しみのところ恐縮ですが、そろそろ村にお帰りになったらいかがでしょう?」


 それとなく聞くはずが、直球で聞いてきた。

乙姫に遠慮という概念はない。


「あ、すみません。居心地がよくてつい長居をしてしまいました。

そろそろ家に帰った方がいいですかね? 俺としては、まだ名残惜しいのですが……」


 引き留めてもらいたい下心が透けて見える。

しかし乙姫はきっぱりと言った。


「やはり一度おうちに帰られた方がいいかと思います。ご家族のことも心配でしょう? お母さまが一人で待っていらっしゃるとか」


 母親のことを忘れて浮かれていたので、太郎は少々後ろめたい。

乙姫に言われたとおり、一旦帰ることになった。

一旦と思っているのは、太郎一人だが。


「この箱をお土産にお渡しします。でも絶対に開けてはなりませんよ」


 行きと同じように亀太の背に乗り、金魚鉢を被った太郎は、故郷の村へと送り届けてもらった。

久しぶりの帰宅である。

母親に怒られるかなと思いながら、家に向かうと、あったはずの場所に家がない。

慌てて隣の家の者に、ここにあった家はどうなったのか聞くが、隣家の人たちもわからない。

ここはずっと前から空き地で家もなかったと言う。

そう言えば、この隣人たちにも太郎は見覚えがない。知らない人たちだ。

そのあと太郎は、親戚、友人の家を尋ね歩いたが、太郎のことを知っている人はいなかった。

村の様子も以前とは違う景色に見えた。

困り果てて、太郎は菩提寺の和尚のところへ行くことにした。

和尚なら、万が一誰かが死んだり、村を出て行けば、知らせが届くだろう。

そう思って訪ねたが、すでに菩提寺の和尚は、太郎の知っていた年寄りの和尚ではなかった。

それでも何かわかるのではと、自分の家や母親のことを聞いてみる。


「あそこに家があったのは、相当昔ではないかのう。わしがここの和尚になってから、あそこに住んでいた者はいないぞ。親戚もずっと前にこの村から出て行ったのではないかな。お前の言うようなものは、ここ数十年見たことがない」


 太郎は狐に騙されたような気持ちで、和尚の話を聞いていた。


「では、俺が竜宮城に行っている間に、皆いなくなってしまったのか……」


「竜宮城? 詳しく話してみなさい」


 太郎が今までのことをすべて和尚に話すと、和尚は少し納得したような顔になった。


「ところでお前さんはいつの生まれかね?」


 太郎が生まれた年を告げると、和尚が大体のことがわかったと言う。


「お前が竜宮城に行ってから、数百年がたっている。気の毒だが、母親ももう死んでしまったのじゃろう。だから家もなくなっているのじゃ。知り合いも親戚もいないのは、そういうわけじゃ。残念じゃが……」


 太郎は呆然として、やがてふらふらと境内に出た。


「こんなことならもっと早く、竜宮城から帰ってくればよかった……

いや、竜宮城に行かなければ……母ちゃん、ごめん。親不孝だった……」


 太郎は、泣いた。母親を一人で逝かせてしまった。

後悔にさいなまれていると、ふと乙姫からもらった玉手箱が目に入った。


「この箱は、絶対に開けてはなりませんよ」


 そう言われて渡されたものだ。

ダメだと言われるとやってしまう人間がいる。

太郎もそうだった。

やけくそになっている太郎は、もうどうでもいいと思い、玉手箱を開けた。

すると、玉手箱の中から白い煙がもくもくとわいてきた。

煙は太郎を包み込み、やがて消えた。

なんだか、体中あちらこちらが痛い。

どうしたのだろう。

よっこらしょと立ち上がり、自分の手を見て驚いた。

しわしわの老人の手になっている。

境内を見回せば、手水場の水桶があった。

自分の顔を映してみた。

そこには、よぼよぼの老人の顔が映っていた。


「はは……俺も爺になったか……どうせ誰もいない……

遊び暮らした付けだな。

長生きしたって仕方ない。これならもうじきお迎えが来るだろう」


太郎は、とぼとぼと浜辺の方へ向かって行った。

何日か経ち、誰も身元を知らない老人が浜辺で亡くなっていた。

手には見事な玉手箱を持ったまま……


 それを隠れて見ていた亀太がぽつりとつぶやいた。


「だから早く帰った方がいいって言ったのに。

こんなことになるとは、こっちも思わなかったよ。

これで家宰様から嫌味を言われなくなるんだろうけど」


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