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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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異世界送り屋シノネコ運輸

作者: ロックフィールド
掲載日:2026/09/26

 人を轢いた感触は、何年経っても消えない。


 ガン、という音ではなかった。

 もっと鈍い。

 車体の下から伝わってくる、何か大きなものを踏んだような衝撃。


 急ブレーキ。

 荷台の荷物が崩れる音。

 周囲の車が狂ったように鳴らすクラクション。

 誰かの悲鳴。


 そして、道路に転がっている学生鞄───。

 そこから先は、何度思い出しても途切れ途切れだ。


 ただ一つだけ、今でも鮮明に覚えている。


 転がり落ちるようにトラックを降りた俺の前に、男子高校生が倒れていた。

 血まみれだった。

 ぴくりとも動かなかった。

 開いたままの目が、俺を見ていた。


 彼は十七歳だった。


 *


「なにしてるんですか! 帰ってください!!」


 彼の墓前で、そう言われた。


 振り返ると、五十代くらいの夫婦と若い女性が立っていた。

 今しがた俺に声を荒らげたのは、その女性だ。

 きっと、あの子の家族なのだろう。


 墓前で膝をつき、許しを請うように土下座していた俺は、その三人に向き直って、もう一度額を地面につけた。


「……申し訳ありません」


 返答はない。

 ない、が、頭を上げることはできなかった。


 そこには、大事な家族を俺に轢き殺された人たちがいるのだから。


「何しに来たんですか」


 また若い声。

 姉だろうか。

 妹だろうか。

 それとも恋人かもしれない。


「謝罪に……」


「だから何ですか! 人を殺しておいて、刑務所に入りもしなかったやつが!」


 言葉が出なかった。

 死亡事故を起こせば、必ず刑務所に入るものだと俺自身も事故を起こすまでは思っていた。

 だが、事故に至った経緯や過失の程度によって判決は異なる。


 俺の場合は、運送会社に強いられた過酷な長距離運転、常態化していた長時間労働、まともに睡眠さえ取らせてもらえない勤務実態。そうした事情の末に起きた居眠り運転だったことなどが考慮され、実刑判決にはならなかった。


「あの子が喜ぶと思ってるんですか? 殺した人にお線香をあげてもらって」


 今度は母親が声を震わせた。

 それでも俺は頭を上げられない。


「やめろ」


 父親が二人を止めた。

 だが、俺を庇ったわけではなかった。


「あなたがひどい労働環境で運転していたことは、裁判でも聞いた。あなた一人だけが悪いわけじゃない。ある意味では、あなたも被害者なのかもしれない」


 一度、言葉が途切れた。


「だけどな……それでも俺たちは、一人息子を失ったんだ」


 声が震えていた。


「頭では分かっていても、どうしても怒りをあなたに向けてしまう。だから……すまないが、帰ってくれ」


「……はい」


「もう二度と来ないでくれ」


 俺はもう一度、石畳に額をこすりつけた。


「申し訳ありませんでした」


 それしか言えない。当然だ。


 事故の日、俺は十九時間近く働いていた。

 前日も、ほとんど寝ていなかった。

 休憩時間など伝票の上にしか存在しない、ひどい会社だった。

 それでも、ハンドルを握ったのは俺だ。


 眠いと思った時点で、コンビニの駐車場にでも入ればよかった。

 十分でもいい。

 車を止めて、目を閉じればよかった。

 会社から怒鳴られようが、荷物が遅れようが、クビになろうが、トラックを止めればよかった。


 なのに俺は走り続けた。


 そして、ほんの一瞬だけ意識を失った。

 その一瞬で、一人の人生を終わらせた。


 会社からは懲戒解雇された。

 裁判では会社の労働環境も問題になった。

 そんなことは、もうどうでもいい。


 新しい仕事に就く気力もなく、わずかな貯金も潰えた。


 アパートも引き払った。

 残った家財も、すべて売った。

 最後に彼の墓前へ来た。

 もう俺に金は必要ない。

 今日ですべてを最後にするつもりだった。


 *


 川に架かる橋の中央で立ち止まる。

 濁った水が眼下を流れている。


 水位が低いのか、ゴツゴツした岩がいくつも水面から剥き出しになっていた。

 この高さなら、水面に叩きつけられて内臓が破裂するより先に、あの岩にぶつかるかもしれない。

 潰れたトマトみたいになるだろう。


 それでいい。

 確実に死ねそうだから、この橋を選んだのだ。


 欄干に手をかけ、足を上げる───その時だった。


「ちょっと待った」


 声がしたと同時に、体が動かなくなった。


「……なんだ?」


 金縛り?


 違う。


 風が止まっている。

 川も止まっている。

 空を飛んでいた鳥まで、翼を広げたまま空中に静止していた。

 ───時間が止まっている。


 そして、いつの間にか目の前にクロネコがいた。

 空中に。二本足で。しかも猫用と思しき、小さな白いジャケットまで着ている。


 死に際に見る幻だとしたら、ずいぶんメルヘンなものを見てしまった。


「幻じゃないよ」


「…………」


「そんなことよりキミさぁ。死ぬくらいなら、うちで働かない?」


「…………」


「聞こえてる? 時間は止めてるけど、声は出せるよ」


「……猫が喋った」


「そこ?」


 クロネコはジャケットの胸ポケットから小さなカードを取り出した。


『神界シノネコ運輸 異世界領域事業部

 採用担当神 因幡チュウル』


 ……怪しい。


 というか、文字そのものがおかしい。

 日本語でも英語でもない。

 見たこともない文字なのに、なぜか読める。


「怪しいとは失礼な。神様直営企業だよ」


「……お前が神様?」


「うん」


「猫じゃないか」


「キミに認識しやすい姿を象ってるだけ。本当の姿は人間の知覚じゃ認識できないし。それに、ほら」


 クロネコがくるりと一回転した。


「浮いてる。喋ってる。二本足で立ってる。こんな猫いる?」


「……いないな」


「でしょ?」


 もうどうでもよかった。

 死のうとしている男が喋る猫に出会ったところで、驚きにも限界がある。


「で、さ」


 クロネコが肉球を俺へ向けた。


「キミ、ボクの会社で運転手(ドライバー)やってくれない?」


「…………」


 俺は欄干を越えようと全身に力を込めた。

 ぴくりとも動かない。


「待って待って。死のうとしても無駄だから」


「お前、神様なら俺が何をしたか知ってるんだろ」


「知ってるよ」


「だったら運転手なんか勧めるな!」


「最後まで聞いてよ! 仕事内容は簡単だから!」


「……聞くだけなら」


「うんうん! えー、キミには指定された人間をトラックで轢いてもらいます」


「死なせてくれ!!」


 *


 俺が契約を交わすまでに、どれだけの時間が経過したのか分からない。

 そもそも時間が止まっている。

 三時間なのか。

 三日なのか。

 三年なのか。

 とにかく俺の感覚では、途方もなく長い時間をかけてクロネコに説得された。


 そして今、俺の目の前には一台のトラックがある。


 白い二トントラック。

 車体横には、三角頭巾をつけた黒猫が招き猫のポーズをしているロゴ。縁起でもない。

 ご丁寧に緑ナンバーまでついていた。


「これ、車検通ってるのか?」


「通るわけないじゃん。車体はオリハルコン製だし、エンジンはV16だし」


「二トン車に!?」


「勇者を確実に異世界まで届けないといけないから」


「待て。勇者?」


「そう!」


 クロネコが助手席へ飛び乗った。


「キミにはこのトラックで、勇者になる人間を轢いて、異世界へ送っていただきます!」


「おい、猫」


「神様!」


 気づけば、俺は運転席に座っていた。

 だが、ハンドルに手を伸ばせない。


「無理だ」


「まだエンジンもかけてないよ」


「そういう問題じゃない!」


 声が震えた。


「高校生を轢き殺した、この俺が……また人を轢けるわけないだろ!」


 クロネコは少しだけ黙った。


「今日は下見だけでいいよ」


「……本当か?」


「本当。それから決めればいい」


 クロネコが尻尾でダッシュボードのファイルを叩いた。


 開けてみると中には一枚の写真。三十代くらいの男だった。

 花柄のアロハシャツ。

 角度のきついサングラス。

 両腕には、派手なドレスを着た女性。

 随分と羽振りがよさそうだ。


「そいつが今日の対象」


「何をしたんだ?」


「いっぱい」


「いっぱいって?」


「女性を騙して金を取ったり、老人を騙したり、暴力を振るったり。警察にも何度か捕まってるけど、そのたびに出てきて同じことをしてる」


 クロネコは写真を肉球で叩いた。


「それと、キミが今日、墓地で会った家族」


「……なんで知ってる」


「神様だから」


「便利だな」


「でしょ?」


 クロネコの声から軽さが消えた。


「あそこに若い女の子がいたよね」


「ああ」


「あの高校生の妹だよ」


 胸の奥がざわついた。


「二年後、彼女はこの男に騙される」


「……なに?」


「借金を背負わされ、体を売らされ、薬漬けにされる。そして最後には国外へ売られて、悲惨な最期を迎える」


 写真の男を見る。


「……本当なのか」


「未来は確定してない。でもボクが何もしなければ、そうなる可能性は極めて高い」


「だったら警察に……」


「まだ何もしてない男を、二年後に犯罪を犯すからって逮捕できる?」


「…………」


「だから、異世界へ送る」


「殺すんじゃなく?」


「生きたまま転移させる。妹さんは救われる。他の被害者も救われる。異世界には勇者が一人増える。本人も勇者になって承認欲求満たされまくり!」


 クロネコは肉球を舐めた。


「みんな幸せ。完璧!」


「最後の一人だけ怪しいぞ」


「細かいことはいいの」


「よくないだろ」


「とりあえず見に行こう。下見だけ」


 俺はハンドルを見つめ、震える手でキーを回した。

 エンジンが唸る瞬間、心臓が跳ねた。


 振動。エンジン音。ハンドルの感触。全部が、あの日につながっている。


「大丈夫?」


「……黙ってろ」


「うん」


 俺はサイドミラーを確認した。


 バックミラー。


 右。


 左。


 もう一度、右。


 ギアを入れる。


 アクセルをほんの少し踏んだ。


 異世界トラックは、ゆっくりと走り出した。


 *


 対象の男は繁華街にいた。


 俺たちは少し離れた場所にトラックを停め、監視している。


 男は若い女性と話している。


 いや。 話しているというより、一方的に詰め寄っている。


 女が後ずさると男が腕を掴む。

 その手を振り払われると男が女の頬を平手で叩いた。

 女の悲鳴が車内まで聞こえてきた。


「おい!」


 俺はドアを開けようとしたが、なぜか開かない。


「待って」


「何を待つんだよ!」


 クロネコは男を見ていた。

 その瞳が金色に輝いている。


 初めてだ。このクロネコを見て、恐ろしいと思ったのは。


 姿は猫でも、これは、人間ではない。神なのだ。


 男は女の髪を掴んだ。

 路地へ引きずり込もうとする。


「いや! 離して!」


 クロネコが俺を見る。


「今日は下見だけのつもりだったけど」


 金色の瞳が俺を見つめる。


「仕事する?」


 また手が震えた。

 人を轢く? 俺とは無関係な人間を?

 だけど、そうすることで救われる人がいる。

 分かっている……それでもアクセルの向こう側に、あの日の高校生が見えてしまうんだ。


「……無理だ」


「助けて!」


 女が叫んだ。


「誰か! いや! いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 気づいたときには、ギアを入れアクセルを踏み込んでいた。

 エンジンが咆哮し、男が愕然とこちらを振り返る。

 見開かれた目が合った瞬間、衝撃が伝わってきた。あの日と同じ感触だった。


「……ッ!」


 すぐにブレーキを踏む。


 息ができない。またやった。俺は、また人を───。


「転送完了」


 クロネコが言った。


「……え?」


 顔を上げると男がいない。路面に血もない。男が忽然と消えていた。


 女性はその隙に逃げていく。


「初仕事、おめでとう」


「……あいつは?」


「異世界」


「死んでないのか?」


「言ったでしょ」


 クロネコが笑った。


「異世界転(・)移(・)だよ」


 *


「今の男が転移した先は、ここ」


 クロネコが前足で空中を撫でると景色が浮かび上がる。


 空は赤く、大地は燃えている。

 そこに巨大な怪物が歩き回っていた。


「……地獄じゃないのか」


「異世界」


「嘘つけ」


「異世界」


 さっきの男がいた。

 剣を持って必死に走っている。


「もう剣持ってるぞ」


「向こうとこっちじゃ時間の流れが違うからね。あっちではもう二年くらい経ってる」


「二年!?」


 巨大な怪物が男を掴んだ。


「あ」


 頭から食われた。


「おい!」


「あー、大丈夫大丈夫」


 光が集まり男が復活した。


「…………」


 男は叫びながら逃げ出したが、別の怪物に踏み潰された。


 死んだ。光る。復活。


 逃げる。捕まる。死ぬ。復活。


「……なんだこれ」


「勇者パワー」


 クロネコは平然としている。


「あの世界、ずっと魔物と戦争しててね。人類側の戦力が足りないの。だから悪いことをした人間を勇者として転移させてる」


「これのどこが勇者だよ」


「勇者は死なない。それだけが取り柄なのさ。で、死を恐れずに立ち向かい、いずれ魔王を倒す───んだけど、どいつもこいつも現世ではイキってたのに異世界では立ち向かおうとしなくてさぁ」


「こいつは?」


「ハズレだね」


「ひどい」


「でも頑張ればゲームみたいに成長できるし、魔王にも勝てるんだよ。やらないだけで」


 映像の中で、また男が死んだ。


「……なあ」


「なに?」


「今まで何人送った」


「数百人」


「生き残ってるのは?」


「ほぼ全員。そして誰一人レベルが上ってない。ただ、ただ死ぬだけ。それでも勇者たちが死にまくってくれるおかげで現地の人々への被害が少なくなったよ。魔物は勇者を優先的に攻撃するからさ」


 男の絶叫が聞こえてくる。


「まさか、あいつら……永遠にこれを?」


「たぶんそうなりそうだね」


「お前、神様じゃなくて悪魔じゃないのか」


「よく言われる」


「……俺に、これを続けろって?」


「嫌?」


 嫌だろ。当然だ。


 だが、さっきの女性を思い出した。

 そして、墓地で俺を罵倒した若い女性の二年後の話を思い出す。

 あの子まで、この男の犠牲になっていたとしたら、それを俺は防げたということか。少しは俺が殺してしまったあの高校生に顔向けできることをしたと思いたい。


「じゃあ今日は帰ろう」


 クロネコはそれ以上、何も言わなかった。


 *


 その夜。


 俺はトラックの運転席に座っていた。

 帰る家はとっくに引き払った。

 だから今夜は車中泊だ。


 助手席ではクロネコが丸くなっている。

 そういうところは、ちゃんと猫なんだな。


「なあ」


「ん?」


「俺は今日、いいことをしたのか?」


「知らない」


 意外な答えだった。


「神様だろ」


「神様だからって、何でも知ってるわけじゃないよ」


「じゃあ、なんであいつを選んだ」


「悪い人だから」


「悪人なら何してもいいのか?」


「それを決めるのはボクじゃない」


「じゃあ誰だよ」


「キミ」


 クロネコが顔を上げた。


「ボクは仕事を紹介しただけ。アクセルを踏んだのはキミだ」


 その通りだ。


 あの日も。会社がどれだけブラックでも。どれだけ疲れていても。アクセルを踏んでいたのは、俺だ。


「俺は……人を助けるような人間じゃない」


 クロネコは黙っている。


「一人、殺してるんだ」


「うん」


「あの子は何も悪いことしてない。十七歳だった。これからだったんだ」


「うん」


「今日の奴とは違う」


「うん」


「なのに俺は……」


「ちょっと待って」


 クロネコが起き上がった。


「なんだよ」


「それ、いつの話?」


「……は?」


「事故の日と、その子の名前」


 それを教えるとクロネコが首を傾げる。


「……なんだよ」


「言ってなかったっけ」


「何を」


「あの子、異世界転(・)生(・)して元気に暮らしてるよ」


「…………は?」


 何を言っているのか分からなかった。


「死んだんだぞ」


「うん」


「葬式もやった!」


「うん」


「墓もある!」


「そりゃそうだよ。転(・)生(・)なんだから」


「意味が分からん!」


「さっき説明したじゃん。転移と転生は違うの」


 クロネコが短くて小さな指を一つ立てる。


「悪人たちは異世界転(・)移(・)。今の肉体のまま異世界へ送る」


 もう一つ。


「異世界転生は、こちらの世界でちゃんと死ぬ」


 俺は黙って聞いていた。


「肉体は現世に残るから葬式もする。墓もできる。現世での人生は、そこで終わり」


「じゃあ……」


「だけどその魂は別の世界で、新しい命として生まれ変わる」


 息が止まった。


「じゃあ……あの子は?」


「見る?」


 クロネコが空中を撫でた。


 光が広がった。


 俺は目を逸らせなかった。


 その世界は青空だった。さっき見た地獄とは、まるで違う。

 白い城。緑の草原。空を飛ぶドラゴン。

 城のテラスに、一人の青年がいた。

 見間違えるはずがない。

 裁判でも。新聞でも。遺影でも。何百回も写真を見た。


「あ……」


 膝から力が抜けた。


 あの子だ。少し大人になっている。

 剣を腰に差し、精悍な顔つきになっているが、あの高校生だ。


 そして笑っている。

 周囲には女の子がたくさんいて、誰もが屈託なく笑っている。

 金髪の女騎士。エルフ。獣人の少女。妖艶な魔法使い。聖女。メイド。まだいる。


「……なんか、女、多くないか?」


「ハーレムだね」


「ハーレム……」


「彼は魔王を倒したから」


「魔王まで倒したのかよ」


「うん。英雄だよ」


 女騎士が彼の腕に抱きつく。反対側からもエルフが。

 獣人の少女まで背中に飛びき、青年は鼻の下を伸ばしながら、実に幸せそうに笑っている。


「異世界に転生できて、ほんとによかった!」


 その声と女たちの姿が重なって視界が滲んだ。これからくんずほぐれつおっぱじまるんだろう。


「……そうか」


 顔を覆った。涙が止まらなかった。

 事故が正しかったわけじゃないし、俺が許されたわけでもない。なんせあの両親から息子を奪ったのは事実だ。だから俺の罪は消えない。


 それでも。


 あの子は笑っていた。

 俺の記憶の中では、ずっと道路に倒れていた少年が。


「……よかった」


 それしか言えなかった。

 クロネコは何も言わず、ただ助手席で尻尾をゆっくり揺らしていた。


 *


 一週間後。


 つなぎを着て白い二トントラックに乗る。

 車体には三角頭巾をつけたクロネコのマーク。

 その横には、『神界シノネコ運輸』の文字。


 運転席には俺。

 助手席にはクロネコ。

 運ぶのは、勇者。

 行き先は、転移か、転生か。


「次のお客様は?」


「二十八歳、無職男性」


 クロネコが資料をめくる。


「異世界転生希望歴十年」


「……本人の同意は?」


「もちろん」


「転移じゃないな?」


「転生」


「犯罪歴は?」


「なし」


「行き先は?」


「剣と魔法の世界。魔王あり。チートあり。美少女多め」


「危険度は?」


「初心者向け」


「よし」


 シートベルト。


 ミラー。


 右。


 左。


 巻き込み確認。


 もう一度、ミラー。


「慎重だね」


「当たり前だ」


 ウインカーを出す。ゆっくりアクセルを踏んだ。


「安全運転で行くぞ」


「人を轢きに行くのに?」


「だからだよ」


 シノネコ運輸のトラックは、制限速度をきっちり守って走り出した。

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