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木
この木には何かが眠ると誰かが言った。いや、私の祖父だった。祖父は自分の身長より高いその木を抱くように腕を回してまたこの木には何かが眠る。と、言った。正直、その頃の私には全く分からないことだったが、今なら分かると思った。
祖父のくしゃくしゃでひび割れて、赤っぽい大きな手が木を抱くように、撫でるように木に触れた。
その瞬間を今でもはっきり思い出せる。その頃の私の手は、白くて細くて、滑らかで、小さな手だった。その時まで、母と祖父からしか抱かれたことの無かった私は、祖父が私以外を抱くのを見たことが無かったので、印象的だったのかもしれない。
木を抱いた祖父、私の手はいつの間にかくしゃくしゃになっていた。祖父と良く似た赤っぽくてひび割れた手。その手で、あの時祖父が抱いた木の前に立って、腕をその木に回した。
嗚呼、祖父はこのことを言っていたのだ。
(柔らかで控えめな)(子供を宿した腹のような温もりを)
何時までたっても色あせない強烈な思い出って、一人に一つはあると思うのです。