2話 日本の現在
入学式中にバトロアが始まってから早数十分。
あの金槌を持った大男を倒した後、俺は2、3人程新入生をぶっ飛ばしていた。
「…ふう、大体こんなもので良いだろう。」
恐らく退学にならないボーダーを越えたであろうと判断した俺はこれ以上喧嘩に巻き込まれないように体育館の隅で気配を消す。
そのまま暫く、静かに時間が経つのを待っていると、俺の目に見逃せない光景が映る。
「多勢に無勢…弱いもの苛めか。胸糞悪いな。」
俺の視線の先には綺麗な黒髪をポニーテールに纏めた小柄な女の子が複数の大柄な男達に囲まれている光景があった。
「悪いな、このご時世だ。女だろうが、子供だろうがぶっ飛ばして何が何でも勝たねえと生き残れねえ。恨みたければ恨んでも構わねえ。ただ、俺にも譲れねえもんがあるって事を理解してくれ。」
そう言って女の子を囲んでいる男達の中でリーダー各と思しき奴が拳を振りかぶる。
…流石に見過ごすのも良心が痛むな…。
仕方ない。お節介でも助けるか。
そう決心した俺は体育館の隅から女の子を囲んでいる男達に向かって駆け出し、リーダー各と思しき人物にドロップキックを御見舞いした。
「ぐえ!?」
情けない声をあげて、リーダー各の男は数メートル吹き飛び、呆気なく気絶した。
「なっなんだてめえ!」
「不意打ちとは卑怯な!」
「生きて返さねえぞ!後悔させてやる!」
男のドロップキックを喰らって気絶したリーダー各を見て、他の男達が次々と俺に襲いかかってくる。
俺はそいつらの攻撃を涼しい顔で受け流し、自然な流れで、カウンターを繰り出して、一掃した。
「確かに不意打ちは卑怯だったかも知れないが、女の子相手に複数人で囲むようなクズには言われたくないな。俺の事をとやかく言う前に、先ず自分達の行いを省みろ。」
俺は既に気絶している男達に吐き捨てるようにそう言った。
「あっあの、助けてくれてありがとう…。」
さっきまで男達に囲まれていた女の子が俺に向かってお礼の言葉を述べてきた。
「おう、お節介じゃなかったか?」
「全然全然!とても助かったよ!お陰様で何とか退学せずにこの学校に残れそうだよ。もし、お互いに残れたらその時はまた改めてよろしくね!じゃあ、ウチはもう数人くらい倒してくるから、またね!」
そう言って女の子は颯爽とその場を去っていった。
俺も、これ以上喧嘩する気はないので、その場から離れて、再び体育館の隅に行く。
そして、このバトロアが終わるまでの間、静かに時間を潰すのだった。
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何とか唐突に始まったバトルロイヤルを乗り越えて、入学式も無事に終わり、俺は家に帰ってきた。
「ただいま…。」
「お帰り、入学式はどうだった?」
家には既に仕事から帰ってきていた親父がおり、今日の入学式の事を聞いてきた。
「そりゃもう大変だったよ…。突然バトルロイヤルが開始されるし、もし万が一負けて喧嘩偏差値?て言うのが低くなったら即退学させられるし、散々だった。」
「はは!まあ、概ね予想通りだな。」
予想通りと言うことは親父はあの学校が変な事は既に知っていたと言うことか?
「親父は分かってて俺をあの高校に入学させたのか?」
「…いや、厳密には分かっててこの国に入国させた。」
「は?」
俺は親父の訳の分からない言葉に疑問符を浮かべた。
「先ず前提が違うって話。あの高校がおかしいんじゃなくて、この国がおかしいんだよ。」
「え?じゃあ、つまり難都高校以外の学校もあんな感じなのか?」
「そう言うこと。」
親父から発せられた言葉に俺は絶句する。
じゃあ、つまりどの高校に編入しても何処も同じで、喧嘩の強さで地位を決めてると言うことか…。
「俺達がアメリカに住んでいた10年の間に日本はかなり変わってしまったらしい。」
いや、変わり過ぎだろう。
喧嘩の強さで地位を決めるなんていった何処の世紀末世界だよ。
「今の日本はな、喧嘩の腕っぷしが全てなんだ。喧嘩偏差値20未満で高校を退学させられた人間は皆中卒のまま社会で一生死ぬまで働かされる。逆に、喧嘩偏差値20以上の腕っぷしが立つ奴らは働かなくても国から資金が支給される。70オーバーの奴らなんて莫大な資金が支給されて、生涯遊んで暮らせる。所謂勝ち組って奴だ。」
…成る程、親父の話を聞いて合点がいった。
今朝、通学路で会った通行人達に怯えられていたのは俺が喧嘩の名門校東京都立難都大学付属高校の制服を着ていたからだ。
学生であっても、喧嘩偏差値が20を越えていれば勝ち組。
それ以外は皆中卒で一生働かされる負け組。
言うなれば、今朝俺がやった事はスラム街を貴族が歩いていたようなものだ。
怯えられて当然なのだ。
「こんなの…おかしい。明らかに間違ってる。」
「そう思うなら、変えれば良いんじゃいか?」
「え?」
親父の言葉に俺はすっとんきょうな言葉を漏らした。
「変えるって…?」
「簡単な事だ。お前が日本で喧嘩ナンバー1になれば、国の在り方をお前の一存で決めれるくらいの地位が手に入る。難都高校で成り上がって、日本一喧嘩が強い奴になれば、日本をお前が思う正しい形に直せる。」
俺が勝てば…日本を…変えられる…?
でも、その為には喧嘩をしなくちゃいけない。
暴力はいけない。
駄目だ。
力で地位を決める日本を変えるために力を使うなんて、矛盾してる。
でも、力以外でどうやってこの国を変える?
分からない、そんなの俺には分からない…。
「ま、お前がどうしたいかはお前自身で決めることだ。これ以上は親が過干渉になってはいかんからな。」
「親父は…何で俺をこの国に入国させたんだ?」
「っ………なんだ?何か深読みしてないか?別に深い意味なんてねえよ。ただ、転勤で日本に帰国するってなった時にお前一人をアメリカに残すのは心配だっただけだ。」
「…そうか。ごめん、ちょっと考え事したいから部屋に戻るわ。晩飯は要らねえ。」
そう言って、俺のその場を後にし、自室に入る。
今日あった出来事が頭の中でぐるぐると廻る。
頭が混乱する中、俺は感情のままに今の想いを吐露するのだった。
「はあ、訳わかんねえ。」




