第3話:その涙の訳は「お義母さんと違う」
「そうですよね……? 美味しい、ですよね……よかった……」
美咲さんは両手で顔を覆い、子供のように泣きじゃくっている。
私はティッシュの箱を彼女の前に差し出しながら、事態が飲み込めずにいた。
ただの美味しい昼食を食べただけで、なぜこれほどまでに泣く必要があるのか。
「落ち着いて、美咲さん。ねえ、何か訳があるのよね? 翔太は何と言って文句をつけてくるの?」
私は少し身を乗り出して尋ねた。
翔太の話では、「家事がまともにできない」「料理が食べられないほどマズイ」と聞いていた。
しかし、目の前の部屋は整頓されているし、料理も問題があるとは到底思えない。
美咲さんは涙を拭うと、少しずつ、ぽつりぽつりと話し始めてくれた。
「翔太さん……いつも言うんです。『母さんと違う』って」
「母さんと、違う?」
「はい。味付けも、洗濯物のたたみ方も、掃除の仕方も。全部お義母さんと比べられて……」
美咲さんの口から語られたのは、耳を疑うような息子の言動だった。
例えば味噌汁。
味が薄いわけでも濃いわけでもない。「母さんが使っている味噌と違う」からダメだと言う。
例えば洗濯物。
靴下の丸め方が「実家と逆だ」と言って、わざわざ全部やり直させる。
掃除機をかける順番、洗剤の銘柄、タオルを干す場所に至るまで。
「毎日言われるんです。『母さんの味はもっとこうだった』『母さんならもっと手際がいい』『お前はなんで母さんみたいにできないんだ』って……」
「はーーーーー」
話を聞き終えた私は、これまでで一番大きく、重い溜息をついた。
天井を仰ぎたくなるのを必死に堪える。
なるほど、そういうことだったのか。
翔太の言い分は、「料理が下手」なのではなく、「私のコピーではない」というクレームだったのだ。
味覚も生活習慣も、二十数年暮らした実家の基準が絶対で、そこから少しでも外れることを許さない。
それは指導でもなんでもない。ただの幼稚なワガママだ。
私は姿勢を正すと、目の前で縮こまっている美咲さんに頭を下げた。
「ごめんなさいね、美咲さん」
「えっ!? や、やめてくださいお義母さん! 頭を上げてください!」
「いいえ、謝らせて。翔太は家族以外の人と暮らしたことがなくて、あなたが新しい家族だということが、よく理解できていないみたい」
私は顔を上げ、申し訳なさで一杯になりながら続けた。
「あの子をそんなふうに、手のかかる男に育ててしまったのは私だわ。本当にごめんなさい。あなたがこんなに追い詰められるまで、気づいてあげられなくて」
私の言葉に、美咲さんはまた瞳を潤ませたが、今度は少し安心したような表情を浮かべていた。
少なくとも、目の前の姑は敵ではないと分かってくれたようだ。
「……それで、お義母さん。これからどうすれば……」
「そうね」
私は壁に掛かった時計を見た。夕刻が近づいている。
そろそろ翔太が帰ってくる時間だ。
本来なら、誤解が解けたのだから私は帰るべきだろう。
でも、このまま帰ってしまえば、また今夜も美咲さんは翔太に「母さんと違う」とネチネチ言われることになる。
それはあまりに不憫だし、何より私の腹の虫が収まらない。
「美咲さん、もしよければ、今日の夕食も一緒に食べていいかしら?」
「えっ?」
「翔太が実際にどんな文句を言っているのか、この目で見届けたいの。それに……少し、あの子にはお灸を据えないといけないみたいだから」
私は意識してニッコリと笑顔を作った。
自分でも分かる。これは目が笑っていない時の顔だ。
美咲さんは一瞬きょとんとしたが、すぐに力強く頷いてくれた。
「はい! ぜひ、お願いします!」
その顔には、最強の援軍を得た安堵感が浮かんでいた。
さて、翔太。
あなたがどれだけ立派なご託を並べるのか、たっぷりと聞かせてもらおうじゃないの。
第3話をお読みいただきありがとうございました。
息子の無神経な言動に、母・由美子の怒りがついに頂点へ!
美咲さんの味方についた由美子が仕掛ける、痛快な反撃が始まります。
次回、第4話。
ついにあの言葉を叩きつけます。
「公開処刑!『あなたはただのマザコンよ』」
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