第2話:震えるお嫁さんと完璧なキッチン
「お久しぶりね、美咲さん。そんなに緊張しないで。料理なんて慣れなんだから、すぐに身に付くわよ」
私はなるべく優しい声色を意識して、彼女に語りかけた。
姑が家に来るというだけでストレスなのは百も承知だ。
ましてや「指導」に来たとなれば、彼女のプライドも傷ついているだろう。
「はあ……あ、すみません、こんな玄関先で。どうぞ、中に入ってください」
美咲さんは深々と頭を下げると、私を招き入れてくれた。
ふう、駄目ね。全然緊張が取れないみたい。
私、そんなに怖いイメージを持たれているのかしら?
会うのは結婚式を含めてもまだ数回目。ほとんど接点なんてないはずなんだけど。
「お邪魔しますね」
私は靴を脱いで、廊下を進んだ。
翔太の言い分では「掃除も雑」とのことだったけれど、廊下に埃ひとつ落ちていない。
リビングのドアを開けると、そこも十分に片付いていた。
雑誌が散らばっているわけでもなく、洗濯物が放置されているわけでもない。
カーテンも綺麗にまとめられ、空気も爽やかだ。
(……十分、綺麗じゃない)
私が来るから念入りに掃除したのだろうか?
それにしても、生活感がないほど整然としている。翔太はいったい、掃除の何が不満なのだろう。
「あの、お茶を入れますね」
「いいのよ、気を使わないで。それより、早速だけどキッチンを見せてもらってもいいかしら?」
長居をするつもりはない。
さっさと用件を済ませて、この張り詰めた空気を解放してあげたかった。
「はい……分かりました。じゃあ、何を作りましょうか?」
「なんでもいいわよ。美咲さんの得意な物でも、いつもの昼食通りでも」
「分かりました。今準備しますので、ちょっと待っていてくださいね」
美咲さんはキッチンに入ると、エプロンの紐をギュッと結び直した。
◇
私はダイニングテーブルの椅子に座り、少し離れたところからその背中を見守ることにした。
やっぱり人に見られながらの作業は緊張するのだろう。
最初は冷蔵庫を開けたり閉めたりと、少し手元がまごついているようだった。
けれど、包丁を握るとリズムが変わった。
トントントン、と軽快な音が響く。
野菜を切る手つきは危なげがないし、こまめに洗い物をするなど、まな板の使い方も衛生的だ。
鍋を火にかけ、調味料を計る動作もスムーズに見える。
(……全然、問題ないじゃない)
私はぼんやりと、彼女の後ろ姿を見ながら首を傾げた。
翔太は「料理が絶望的」だと言っていた。
てっきり、野菜の皮もむかずに鍋に放り込んだり、砂糖と塩を間違えたりするようなレベルを想像していたのだが、拍子抜けするほど普通だ。
あっという間に、いい匂いが漂ってきた。
「お義母さん、出来ました。お味噌汁とご飯は、朝食の残りなんで申し訳ないんですけど……」
お盆に乗せられて運ばれてきたのは、シンプルな和定食だった。
温め直されたご飯と味噌汁。
そして、今作ったばかりの豚肉と野菜の炒め物、それに卵焼き。
「いいえ。朝食の残りで済ませるなんて、主婦の昼食には当たり前よ。気にしなくてもいいの」
私の言葉に、美咲さんは少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
ホッとした表情が、いじらしい。
それにしても、お互い気を使ってばかりで、見ているこっちが疲れてくるわね。
「じゃあ、せっかくだから二人で頂きましょうか」
「は、はい!」
◇
美咲さんの用意した昼食を食卓に並べ、向かい合って座る。
箸を持った彼女は、まるで試験官の採点を待つ受験生のような目つきで、私の手元を凝視している。
(そんなにチラチラ見ないでくれるかしら……食べづらいんだけど)
食欲は湧かないが、食べないことには始まらない。
私は覚悟を決めた。翔太が「マズくて食えない」と言った味だ。
口に入れた瞬間、激辛だったり激甘だったりするのかもしれない。
「いただきます」
私は味噌汁を一口すすり、続いて炒め物を口に運んだ。
ゆっくりと咀嚼する。
「……?」
あれ?
もう一口、食べてみる。
(……普通に、美味しいわね)
料亭の味というわけではないけれど、家庭料理として十分な合格点だ。
塩加減もちょうどいいし、野菜の火の通り具合も悪くない。
むしろ、私が作る雑な料理より丁寧かもしれない。
私は箸を置いて、美咲さんの顔を見た。
彼女は不安そうに、唇を噛み締めている。
「美咲さん」
「は、はいっ……!」
ビクッと身体を震わせる彼女に、私は正直な感想を告げた。
「美味しいわよ。あの……これの、何が問題なのかしら?」
私の言葉を聞いた瞬間、美咲さんの目からポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
第2話をお読みいただきありがとうございます。
実際に食べてみたお嫁さんの料理は、意外にも「普通に美味しい」ものでした。
それなのに、なぜ彼女は泣き出してしまったのか……。
次回、いよいよ息子の「身勝手なSOS」の正体が明らかになります。
第3話「その涙の訳は『お義母さんと違う』」。
引き続きお楽しみください!




