第2話 表と裏の顔
第2話 表と裏の顔
岩淵先生の言葉が部室に重く響いた後、数日が経っていた。あの日の続きは、すぐに始まった。先生は淡々と説明を続けた。おもてなし部には、古くから伝わる「隠師」という裏の役割があること。神国の聖地を守るために選ばれた者たちが、異界から現れる敵と戦うこと。そして、その力の源は人々のおもてなしを通じて得られるポジティブなエネルギーだということ。「信じられないかもしれません。でも、これは本当のことです。君たちはすでに選ばれている」先生の言葉に、みんなが凍りついていた。翔子は目を丸くし、美咲は震え、凪は珍しく黙り込んだ。涼子だけが冷静に質問を繰り返していたが、陽菜はただ呆然とするしかなかった。――戦う? 私たちが?それから、数ヶ月が過ぎた。表の活動は変わらず続いていた。週末の観光地パフォーマンスはますます人気になり、SNSのフォロワーも増えていく。巫女風の衣装で笑顔を振りまく日々は、確かに楽しかった。
「みんな、今日も最高だったよ! 観光客さんの笑顔、たくさん見られた!」活動後のバスで、翔子が興奮気味に言う。陽菜は頷きながらも、心のどこかであの日のことを思い出す。しかし、アイドル活動の傍ら、日々の訓練が始まっていた。放課後や早朝、岩淵先生の指導のもと、体力トレーニングや精神統一の練習。最初はただのフィットネスかと思っていたが、徐々にその内容が異常だと気づき始める。「集中して。心を落ち着かせ、力を感じなさい」先生の言葉に従い、座禅を組む部員たち。陽菜は目を閉じるが、集中できない。隣で翔子が小声でぼやく。「これ、ほんとに意味あるのかな……。なんか、変な宗教みたい」美咲はすでに青ざめていて、凪は興味津々だが、涼子は真剣に取り組んでいる。五十鈴先輩はリーダーとしてみんなを励ますが、彼女の目にも疲れが見え隠れしていた。訓練は厳しく、時には夜遅くまで続く。表の笑顔とは裏腹に、部員たちの日常は少しずつ変わっていった。疲労が溜まり、授業中に居眠りする者も出てきた。そんなある日、岩淵先生から連絡が入った。【今日の放課後、全員部室に集合。重要な話がある】またか、と思った陽菜。数ヶ月前のあの時と同じ文面だ。部室に集まると、先生はいつもの穏やかな笑顔ではなく、真剣な表情だった。みんなが席に着くのを待って、ゆっくりと口を開く。「君たちも訓練を続けてきたね。そろそろ、本当のことをすべて話す時が来た」部室の空気が再び張り詰める。
「おもてなし部の裏の顔――それは『隠師』として、この国、この聖地を守ること。敵は『負人間』。人の負の感情が形を成した、異界の存在だ」先生は古い書物を広げ、説明を続ける。負人間は人の嫉妬、怒り、絶望から生まれ、力を増す。隠師たちは変身して戦い、それを浄化する。力の源はおもてなしで得た人々の絆とポジティブエネルギー。「君たちはまだ訓練中だが、すでにその素質がある。だから選ばれた」動揺が広がる。翔子が立ち上がる。「ちょっと待ってください! そんなの、急に言われても信じられないよ! 私たち、ただアイドル活動してるだけじゃ……」美咲は涙目になり、凪は「面白そう!」と目を輝かせるが、陽菜は言葉を失っていた。訓練は継続されることになった。みんなの反応は様々だったが、拒否する選択肢はなかった。先生の目が、それを許さないと語っていた。それからさらに日々が過ぎ、訓練はより実践的に。変身の仕方、力の引き出し方。陽菜たちは戸惑いながらも、少しずつ適応していく。――これが、私たちの運命なのか。ある夜。活動を終え、一人で大学近くの道を歩いていた陽菜。街灯がまばらな路地に入った時、それは起きた。ふと、背後に違和感。振り返ると、暗い影が揺れている。人間の形をしているのに、輪郭がぼやけ、黒いオーラのようなものが漂っている。
心臓が激しく鳴る。先生の話が脳裏をよぎる。――負人間……?影はゆっくりと近づいてくる。陽菜は息を飲み、逃げようとしたが、足がすくむ。初めて感じる、純粋な恐怖。その夜、陽菜はなんとか家に帰れたが、眠れなかった。あの影の正体は、何だったのか。部室でみんなに話すと、先生は静かに頷いた。「あれが、負人間の気配だ。まだ本格的に現れたわけではないが……そろそろ、君たちにも実戦が訪れるかもしれない」謎は深まるばかり。負人間の存在が、ただの話ではなく、現実として迫ってきていることを、陽菜は肌で感じていた。
(第2話 終わり)




