私のラブレターが回し読みされてるんですけど!?
ある貴族令息と婚約した私が真っ先に取った行動は、ラブレターを書くことだった。心のこもった手紙をもらったら、誰だって嬉しいと思ったから。
でも、この思いつきがひどい結果を生むと分かっていたら、絶対にそんなことはしなかっただろう。
「見ろよ、これ! 『あなたの瞳は星の瞬き』『あなたの髪は空を流れる大河』だってさ!」
「うひゃひゃひゃひゃ! よくこんなことが書けるよなぁ!」
「おっ、詩人のお出ましだ!」
コソコソと王宮の廊下を歩いていた私を、談笑中の青年たちが目ざとく発見する。私はギクリと肩を強ばらせた。
「ジャンヌ。手紙、ありがとな」
青年の一人が、手にした紙をひらひらと振ってみせた。私の婚約者だ。
「お陰で毎日楽しいぜ。第二弾はいつになるんだ?」
「次も大爆笑のやつを頼むぜ!」
婚約者たちはバカ笑いする。私は頬を火照らせながら、早足でその場を立ち去った。
私が書いたラブレターを、婚約者は悪友たちに見せてしまったらしい。その結果、私はこうして毎日のように冷やかされることになってしまったのである。
「あの詩、自信作だったのに……」
恥ずかしいし、プライドは傷つくし、叫び出したいような気分だった。
でも、そんなことをすれば「詩人が奇行に走った」と思われ、またからかわれるだけだろう。今の私にできるのは、婚約者たちが私をいじるのに飽きるまで耐えることだけだった。
「ジャンヌ、ちょっといいかな?」
どんよりした気分になっていると、誰かに声をかけられた。金髪碧眼の美青年……まあ、クロード様だわ! 皆が憧れる第一王子の登場に、落ち込んでいた気分が少し持ち直した。
「君は詩が得意だと聞いたんだけど……」
詩ですって? まさか、クロード様も私を笑いものにしようっていうの?
「どうか、僕を弟子にしてくれないかな?」
「……はい?」
動揺していた私は、クロード様の言葉にポカンとなる。
弟子? どういうこと?
「君の婚約者が話しているのを聞いたんだ。ジャンヌの詩は傑作だ、って。僕も少しだけ聞かせてもらったけど、確かに素晴らしかった。それで、僕もあんなふうに詩が作れたら、って思ったんだよ」
「傑作って……。それ、そういう意味じゃないと思いますけど……」
婚約者は「滑稽な作品」というつもりで「傑作」と言ったのだろう。けれど、クロード様は意味を取り違え、「傑作」とは「素晴らしい作品」のことだと思ったらしい。
でも、私が指摘しても「君は謙虚なんだね」とクロード様は意に介さなかった。
「実は僕も詩を書いているんだけど、君みたいに上手くできないんだ。ちょっと読んでみてくれる?」
クロード様は、懐から一冊の小さな手帳を出した。タイトルには『ネタ帳』と書いてある。私は胸の高鳴りを覚えた。
クロード様が詩を? 初耳だわ。まさか、私たちにそんな共通点があったなんて!
クロード様が手がけた作品なら、素晴らしい出来に違いない。「上手くできない」なんて謙遜に決まっているわ。
なにせクロード様は眉目秀麗かつ文武両道で、何でもそつなくこなす優秀な方なんだもの!
私はワクワクしながらネタ帳を開いた。
『あなたへの愛はまるで肥だめ。どこまで行ってもくさい匂いがまとわりつくように、私の心から離れない』
……まあ、誰にでも苦手なものはあるわよね。私はネタ帳をそっと閉じた。
「やっぱり僕、詩の才能ないよね?」
クロード様は眉を下げた。
「こんな僕だけど、ジャンヌに師事すれば、もっと上手く詩を作れるようになると思うんだ。だからお願い! 僕を弟子にしてください!」
クロード様は頭を下げた。そんな! もったいない! 私は思わず「分かりました!」と言った。
「詩を教えるなんて大層なことはできませんけど……お手伝いくらいなら可能だと思います」
「ありがとう、ジャンヌ!」
一点の曇りもない笑顔を向けられ、思わずキュンとしてしまう。
……まあ、いいか。ここのところ、婚約者たちにバカにされ続けで、気持ちが落ち込んでいたもの。クロード様と一緒に詩を作るのは、いい気分転換になるだろう。
こうして私は、第一王子の詩の師匠となったのである。
****
「初めに言っておきますが、私は誰かに詩の作り方を習ったことはありません」
王宮の庭をクロード様と並んで歩きながら、私はそう言った。
「ただ心の赴くままに、思ったことを言葉で表現しているだけなんです。だから、専門知識を授けたりはできませんが……」
「問題ないよ」
クロード様はネタ帳を引っ張り出して、熱心にメモを取っている。
「それに、もう大事なことを学べたからね。心の赴くまま、か……」
クロード様は辺りを見回した。
田舎の景観をコンセプトに作られた王宮の庭にあるのは、大きな木とその下に作られた小さな池。そして、遠くには菜園も見える。
……うん? 菜園?
「あなたの声は肥だめにたかるハエのうなり。ブンブン響いて、私の耳にまとわりつく」
クロード様は早速作った詩をネタ帳に書き留める。そして、出来上がった作品を難しい顔で見つめた。
「なんだかイマイチだね。何が足りないんだろう?」
「ええと……まずは肥だめから離れませんか?」
私はクロード様の前に立ち、菜園で使う肥料を彼の視界から隠した。
「ほら、あそこに鳥がいますよ。ああいうかわいらしい生き物を見ていると、自然と詩が浮かんできませんか?」
「確かに! よし……」
クロード様はえへんと咳払いする。
「この恋は鳥の糞。いつの間にか落ちていた」
「と、鳥の糞……」
「あっ、『落ちていた』じゃなくて、『頭の上に落ちていた』とかのほうがいいかな?」
クロード様がネタ帳にペンを走らせる。けれど、その表情は渋い。
「どうしてだろう。あまりいい作品に感じられないんだけど……」
「ちょっと休憩しましょうか」
私はクロード様の手をグイグイと引っ張り、池の近くの木の根元に座らせた。クロード様はため息を吐く。
「ジャンヌのすごさを実感したよ。僕なんて全然ダメだ」
「そんなこと……」
「いいんだ、本当のことだから。君の詩はすごくキラキラしているのに、僕の作品は汚い感じがするし……」
肥だめに鳥の糞だものね。私は返す言葉が見つからない。
「美しい表現って、どうやったら思いつくの?」
「ううん……。目の前にあるものの綺麗な面しか見ないようにする、とかでしょうか?」
あらためて聞かれると難しい。私は首を捻る。
「たとえばこの池。ゴミとかも捨てられてますけど、そういうのからは目をそらして、水中でロウソクを灯したように水面が輝いているとか、飛び跳ねた魚の鱗が宝石みたいだとか、そういうところにだけ注目するんです」
「あなたの顔にかかった光のベール。そっと外してキスをしたい……」
「そうそう、そんな調子です!」
クロード様がいきなりロマンチックなことを言い出したから、私は驚くと同時に歓喜した。
「さすがクロード様! もうコツをつかんで……」
クロード様が私に情熱的な視線を向けていることに気づき、ドキリとした。陶然とした声で囁かれる。
「ジャンヌに木漏れ日が降り注いでいる光景から連想したんだ。すごく素敵だったから、つい詩にしたくなって……」
「ダ、ダメです!」
クロード様に手を握られ、恍惚としていた私はハッとなる。
「私、婚約者がいるんです。だから……」
「……そうだったね」
クロード様が気落ちした様子で手を離した。彼の温もりが消えたことに、私は予想外にうろたえてしまう。
「あっ、そうだ。さっきの詩を忘れない内に書き留めておかないと」
クロード様がわざとらしく明るい声で言った。「手帳はどこにやったかな……」と言いながら、懐を探る。仕草の一つ一つが大げさで、見ていて痛々しいほどだった。
クロード様は暗に、「今の出来事はなかったことにしよう」って言いたいのかしら? そうよね。不貞はよくないことだもの。
私は内心でため息を吐いた。
クロード様は素敵な方。私の才能を認めてくれるし、よりよい作品を作ろうと励む努力家でもある。
一方、私の婚約者はもらったラブレターを人に見せてしまうような最低の男だ。そんな人に義理立てして、クロード様を諦めないといけないなんて、どうにもやりきれない。
ああ、あんな人と婚約なんかするんじゃなかった。失恋の詩でも書いて気を紛らわそうかしら?
「うひゃひゃひゃ! なんだ、これは?」
下品な笑い声が聞こえてきて、感傷的な気分が断ち切られた。顔を上げると、庭に私の婚約者とその悪友たちがいる。
彼らは意地の悪い表情で、一冊の本を覗き込んでいた。婚約者がその内容を高らかに読み上げる。
「あなたへの愛はまるで肥だめ。どこまで行ってもくさい匂いがまとわりつくように、私の心から離れない」
あ、あれって、クロード様の詩? でも、どうして彼があの作品を知っているの?
……ああっ! あの人たちが持ってる本、よく見たらクロード様のネタ帳じゃない!
彼らがいる場所は、さっきまでクロード様と私が話をしていたところだ。きっと、あの時に落としたのね!
「この恋は鳥の糞。いつの間にか落ちていた」
「おいおい、ひどい詩だなあ!」
仮にも第一王子の作った作品をそんな大声で罵倒して……。私は血の気が引く思いでクロード様の服の袖を引っ張った。
「行きましょう、クロード様。その……雨が降りそうですから」
快晴なのに苦しい理由だったかもしれない。けれど、クロード様は私の声など聞こえていないようだった。後頭部を殴られたみたいな表情で、その場に根が生えたように座り込んでいる。
「こんな詩を書くのは……あいつしかいないだろ」
婚約者が目ざとく私たちを発見した。皆ニヤニヤと悪魔みたいに笑っている。あの人たち、クロード様のことも面と向かってこき下ろすつもりね!
「ジャンヌ、お前の新作も大したもんだなぁ」
……え、私?
「何だよ、肥だめって!」
「うひゃひゃ。駄作駄作。ジャンヌの作る詩は、皆最低だ!」
この人たち、ひょっとして、あのネタ帳が私のものだと勘違いしているの?
もう! それは私が作った詩じゃないわよ!
……と憤慨しかけたけれど、私は瞬時に怒りを抑え込んだ。
クロード様がバカにされるくらいなら、私が濡れ衣を着たほうがマシだ。どうせ私の評判なんて地に落ちているんだもの。これ以上は悪くなりようがない。
それに、「あれはジャンヌの作品だ」と彼らに思い込ませるのは、クロード様のためにもなる。
『あの人は、私が作った詩だから手厳しく評価したんですよ。婚約者への軽口みたいなものです』
と言い訳ができるから。
クロード様の作品は個性的だけど、それは悪いことではないはずだ。
この事件がきっかけで、彼が筆を折ってしまうのは避けたかった。私にかかった光のベールを外してみたいと言ったあの感性を、もう味わえなくなるのは寂しい。
「ええ、それは私の作品よ。分かったら、早くその手帳を返して……」
「君たち、ジャンヌの詩のことを何て言ったの?」
骨まで凍りそうな冷たい声に、私は息が止まりかけた。クロード様が婚約者たちを睨みつけながら、ゆっくり立ち上がる。
「空耳かな? 駄作とか最低とか聞こえたけど」
「聞き間違いじゃありませんよ、殿下」
婚約者はゲラゲラ笑いながら、懐から一枚の紙を出す。私のラブレターだ。彼の悪友もニヤついていた。
私は鳥肌を立てながら二の腕をこする。
この人たち、どうして笑っていられるの? 今のクロード様、どう見たって激怒しているのに。
「こいつの書いた作品、見たことないんですか? ひどいもんですよ。『私の心の望遠鏡で、あなたという銀河をいつまでも眺めていたい』とか」
「ジャンヌの詩は最高だよ」
クロード様は毅然とした態度で言い放つと、婚約者の手からラブレターとネタ帳を引ったくった。
「どうやら、君たちは芸術が理解できないようだね。そんな人にジャンヌの詩を鑑賞する資格はない。それから、この手帳は僕のものだよ。拾ってくれてありがとう」
婚約者たちの顔がさっと青ざめた。クロード様が私の手を引く。
「行こう、ジャンヌ」
クロード様の指先は熱い。
私は、体中に広がっていた冷え冷えとしたものが消えていく代わりに、不思議と心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
****
私の婚約者とその悪友たちに追放処分が下されたのは、それから間もなくのことだった。罪状は、第一王子に対する不敬罪だ。きっと、クロード様の詩をバカにしたことを指しているのだろう。
けれど、私にはそれだけとは思えなかった。
私の作品が駄作と罵られた時のクロード様のあの怒り方。クロード様は不敬罪の名を借りて、私の詩をけなした人たちを罰したのかもしれない。そんなふうに思えて仕方がなかったのだ。
でも、事情はどうあれ私の元から婚約者が去っていったのは事実だ。これで私の作品にケチをつける人はいなくなった。もう笑いものにされることはないと分かり、私は心底ほっとする。
「ジャンヌ」
王宮の庭にある池の側に座り込み、物思いにふけっていると、クロード様がやって来た。
「また新作を考えているの? 楽しみだなぁ。君の詩はどれも最高だからね」
クロード様は懐からネタ帳を取り出した。
「僕も新しい作品を作っているところなんだ。早く仕上げたいんだけど、なかなかはかどらなくてね」
「そんなに焦らなくてもいいんじゃないですか? アイデアなんて、ふとした拍子に降ってくることも多いですし」
「でも、この詩は少しでも早く作りたいんだよ。なにせ、ジャンヌに捧げる作品なんだから」
「私に?」
目をパチクリさせると、クロード様が「まだ途中までしかできてないけど、聞いてくれる?」と微笑んだ。
「『詩の女神、ジャンヌ。どうか僕と婚約してほしい』。……ちょっと直接的すぎるかな?」
私の心臓が弾んだ。
追放された婚約者と私の関係は、とっくに終わっていた。だから、私がクロード様と婚約することは何の問題もない。私はクロード様を見つめる。一秒ごとに体温が上昇していくのを感じていた。
「君や僕の両親の許可はもう取ってあるんだよね。でも、僕はジャンヌの気持ちも知りたいんだ。だから、この詩をどう思うか聞きたいんだけど……」
どう思うか、ですって?
そんなの、答えは決まっているわ!
「これほど素晴らしい詩を聞いたのは初めてです!」
私はクロード様の胸の中に飛び込んだ。
「こんな最高の作品を私のために……。ありがとうございます、クロード様!」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
クロード様が優しく言って、私の頭のてっぺんにキスをした。
「ねえ、ジャンヌ。婚約記念に、詩の共同製作をしない? 君と僕なら、素敵な作品ができるはずだよ」
「ええ、私もそう思います」
クロード様の胸に頬ずりしながら、私はうっとりと返事をした。
私たちの感性が混ざり合った作品は、どんなふうになるのだろう?
想像するだけで、幸せな気分だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも作品がお気に召しましたら、下の☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけると嬉しいです。




