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第2話 辺境の村で芽吹く“聖女”の力

 翌朝、私は鳥の声で目を覚ました。

 窓の外は畑の広がる景色。王都の石畳も、磨かれた大理石の床もここにはない。木と土と人の息づかいが、まるで肌に触れるように近かった。


 昨夜、倒れた私を助けてくれた青年が戸口に立っていた。

「もう動けるか? 顔色は少しマシになったみたいだな」

 彼の名はトマス。この村で畑を耕す若者だ。

「助けていただいて、本当にありがとうございます」

「礼なんかいいさ。あんたがあの子を助けたんだ。村中が驚いてる」


 思い出す。高熱でうなされた幼子に手をかざしたとき、掌から温かさが流れ出て、子供が落ち着いた。あれは気のせいではなかったのだ。


     ◆


 その日の午後、私は村の中央にある集会所に呼ばれた。

 藁葺き屋根の下に村人が十数人集まり、長老と呼ばれる老人が中央に座していた。

「旅の娘よ。名は何と申す」

「セレスティア・アルバートと申します」

 名を告げた瞬間、ざわめきが広がる。王都から遠く離れたこの地でも、公爵家の名は響くらしい。だが続けて私は頭を下げた。

「……今は追放された身です。家とは縁を切られ、頼る者もありません」


 長老は目を細め、しばらく黙っていたがやがて頷いた。

「この村に害をなす者でなければよい。だが、昨夜の力は……一体なんであったのだ?」


 村人たちの視線が一斉に私に集まる。

 私は真実を隠すことなく語った。

「幼いころから、人に触れると痛みや熱が少し和らぐことがありました。魔力がないと笑われ、役立たずと罵られましたが……それだけが私に残された力です」


 沈黙。

 やがて、あの幼子の母親がすすり泣きながら声を上げた。

「でも、助かったのです。あの子は熱にうなされて三日も眠れなかったのに……昨夜はぐっすり眠ったのです!」


 空気が変わった。

 疑いの視線が、わずかに希望へと色を変えていく。


「セレスティア殿」長老が言った。「この村に留まってはくれぬか」


 私は驚いた。

「よろしいのですか? 私は追放された無能で……」

「無能かどうかを決めるのは王都ではない。我らにとっては、おぬしの力が“有能”だ。人を救える者を、誰が無能と呼べようか」


 胸が熱くなった。

 ――居場所を与えられた。初めて、心からそう思えた。


     ◆


 それからの日々、私は村で暮らすことになった。

 初めにしたのは、薬草の整理だった。

 村の子供たちが集めてきた野草の束を一つ一つ仕分け、手帳に効能を書き込む。

「これは解熱に効く。これは傷の治りを早める。……でも間違えて煎じると毒になるから気をつけて」

 子供たちは目を輝かせて頷き、まるで遊びの延長のように薬草を運んでくる。


 ある晩、畑仕事で鎌を使っていた男が手を深く切り、血を流して運ばれてきた。

「おい、セレスティア!」

 呼ばれて駆け寄る。布で血を押さえ、薬草をすり潰して貼りつけた。だがそれだけでは止血が十分でない。

 私は思わず、掌を傷口にかざした。

 じんわりと温かさが広がり、血が少しずつ収まっていく。


 男が目を見開き、呟いた。

「痛みが……消えた……」

 周囲の村人たちは驚きに息を呑み、やがて拍手が起こった。

「すげぇ……!」

「まるで本当に聖女様だ!」


 その日を境に、村人たちは私を“聖女様”と呼ぶようになった。


     ◆


 だが、私の心にはまだ迷いがあった。

 ――これは本当に“力”なのだろうか。

 魔力がないと断じられた私に、こんな奇跡が許されてよいのか。


 夜、集会所の炉の前で、トマスが静かに言った。

「セレスティア、あんたは自分を無能だと思ってるのか?」

「ええ……ずっとそう言われてきましたから」

「なら、俺たちは全員無能だ。魔法もろくに使えず、王都の連中に馬鹿にされ、畑を耕すしかない。でもな……無能だと思ってる俺たちが、こうして暮らしてるのは、互いに支え合うからだ。あんたも同じだ。支えてる。それで十分有能だ」


 私は言葉を失った。

 胸に積もっていた氷が、少しだけ溶けた気がした。


     ◆


 数日後。

 村を騒がす新たな問題が起きた。

 近隣を荒らし回る盗賊団が、村に目をつけたのだ。

「次の満月の夜、必ず襲ってくる」

 見張りに出ていた男が青ざめた顔で告げた。


 村人たちは怯え、逃げるべきか戦うべきかで口論を始める。

 だが私は、不思議と恐怖より先に「守りたい」という思いが湧いていた。


「……私にできることがあります」

 皆の視線が集まる。

「村人たちの怪我を、すぐに癒せるよう準備します。薬草と布を集めてください。私が皆さんを支えます」


 その言葉に、村人たちは静まり返った。

 そして長老が頷いた。

「ならば、我らは剣を取ろう。聖女様が支えてくださるのなら」


 恐怖の中に、確かな火が灯った瞬間だった。

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