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第9話 胡仰藍邸へ

 細い胴に白い衣を纏い、目だけ付けられた面を被る頭部と手足は包帯を巻き付けられている。露出した肉体は無いが、明らかに人間離れしたプロポーションは初めて見た時の衝撃を思い出させてくれる。



「……今更だけど、呪術士の当主って忙しくないかな。面会は一週間前までにとかあったりして」


 後を追いかけてみようと角を曲がると、世夏は藍色の着物が眼に映り、慌てて下がる。


「おっと!」

「忘れましたか? 他人の昼食も買ってくるくらいには余裕がありますよ」

「あの不味そうな目玉焼きのことか」


 声を聞いて相手の顔を見上げると、ここまで散々話題に上がった男、胡仰藍がこちらに笑い返していた。



「今日は困り事ですか? 初回なら安いですよ。名刺、使いました? あれもサービスのつもりでしたけど」

「畳み掛けるな。お前は商売人じゃなくて退治人だろ」

「失礼」



 世夏が言葉を畳み掛けられて混乱していると、師匠がお礼を言いに来たとは思えない物言いで胡仰藍を制す。

 胡仰藍にしても、気にする程でも無いのか微塵も表情が崩れない。



「今回は、名刺のお礼に来ました」

「へえ、面白いことを言ってくれますね。滅多にないことですが、折角の善意です。しっかり受け取りましょう。半端な従鬼はいらないですが」



 世夏の申し出に片眉だけ上げて関心を寄せる胡仰藍。さっきまでと何が変わったと言う訳ではないが、師匠の言っていた商売人らしさは消え、同業者として品定めをする退治人の本性が感じ取れる。



「呪術の借りは妖術で返します。という事で、何か困ってることはないですか?」

「なるほど、面白いですね。よほど次回サービスして貰いたいようだ。しかし予想外ですね……」



 顎を手でなぞりつつ考える胡仰藍を見て、割としっかり返すことになりそうだと、世夏は表情にこそ出さないが、今更ながらに不安になった。



「そうだ。私の六番目の従鬼の様子が少しおかしいのです。もしかしたら別の妖に成り代わられている可能性があるので、正体を暴く術などを知っていたらお願いしたい」


「え、胡仰藍さんはどのくらい従鬼を持っているのですか?」



 六番目と言われて世夏は思わず口を出してしまった。一瞬食費の問題が頭をちらついたが、今はそこまで気にする事ではない。実力を発揮する胡仰藍の姿を見たことは無いが、既に相応の強さが察せられる。



「今は十体程ですかね。前に連れてた胴の細い包帯面付きは三番目ですね」



 胡仰藍は千里庵の事を思い出したらしい。彼の口振りから従鬼達には通し番号を割り当ててる事が分かった。



「今さっきこの道を曲がる時にすれ違った奴ですか?」

「この道を? 確かに、何かなければ新人の開封屋が通る場所でもないか」



 胡仰藍には考え事をする際に上を見る癖がある。世夏にはなんとなく置いてきぼり感があるのだが、自分から申し出たことだし、やる事はやってやろうという所存だ。



「すいません、少し離れます。屋敷内は好きに動いてください。六番目の特徴は一つ目です。それに、黒くて長い髪」

「え、これ何ですか……あれ?」


 言い終わると、胡仰藍は世夏と師匠に紙を投げ寄越す。一瞬、書かれた文字に気を取られている隙に、彼は居なくなってしまった。



「偉そうに指示ばかりしおって」

「手伝いに来たんだし、指示がないと始まらないよ。正体を暴く札と足止めの陣を使おう」


 何処に出歩くにも、手帳と術に使う紙束は持ち歩いている世夏。


「また三糸陣か?」

「あれは集中してないと維持できないし、別のにしよう。退治した方が良いのか聞きそびれちゃったし」


 もし捕獲してくれと頼まれたのなら、祓ってしまったらお礼にならない。


「正体を暴く札はまだ手持ちがあるのか?」

「正体? ちょっと確認してみる」


世夏の手持ちには、あらかじめ術を仕込んだ札もいくつかあった。妖力の出所を探知するものや、今回の依頼にはもってこいな、偽装を解くものもある。


「うん、三枚だけ。上手くやれれば今日中に終わるか」


 紙束を漁り、目的の物を取り出して見せる世夏。これで済まなかったら札の補充が必要になる。


「そもそも日を跨ぐ用件をお礼で受けるな」

「今回の陣は再映陣にしよう。陣の近くで事前に決めた動作を行うと、その者の妖力を使って障壁を生む陣だよ。これなら他の従鬼を間違って縛ることもなさそうだし」

「どんな動作にするんだ? 片目でも押さえるか?」


 師匠が決め顔でウインクをしてみせる。咄嗟に考えた程度だが、師匠の中では割と自信があった。



「眼を隠したらいざという時に危ないだろ。片腕で口元を覆うことにしよう」

「お前はそれで良いのか……」


 一応危機管理の面は気にしている様子。師匠の中で口を挟みたい一方、余計に関わりたくもないという感情が対立している。


 やることは決まったので、脇に逸れた道を真っ直ぐ行き、屋敷の正門から足を踏み入れる。

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