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第45話 荒れた屋敷

「なんだ、これ……!」


 無量斎は呪いを用いて世夏を抑え込もうとしていた。


「災い形を取らず――」


 炎を吐く師匠に不意を打たれ、無量斎の言葉が僅かに中断される。


「大丈夫か世夏!」


 心配する師匠に続き、呪詛の言葉に備える世夏。しかし、次に聞こえた声は無量斎のものではなかった。


「邪なる気よ、招く者に返れ」


 胡仰藍が術を無量斎へ返すための言葉だった。無量斎の想定を凌ぐ呪力の回復に、理由はどうあれ気力も持ち直した。無量斎はある選択に出た。


「……もういい、正直に相手などするものか」

「なっ、師匠! 間に合うか!」


 無量斎は一転して崩れかけた壁に駆ける。屋外に出てしまえば追跡は振り切れる。師匠は一際大きい火球を吐き出した。世夏も紙を飛ばす。

 無量斎はまず世夏の呪力に呼応し、瓦礫や棚の隙間をすり抜けて来る胡仰藍の札を叩き切った。後方より迫る炎に対しては左側の腕で床を剥がし、さらに後方――死角から燃えかすとなって飛来した紙を忌々しく振り払う。


「紙人形共、主に従い陣を形どれ」


 無量斎が振り向くと、まるで見えない従鬼に札を配らせているかのように、紙が陣の形を現していく。円の中心には世夏が位置し、縦長の紙を三枚、懐から取り出して広げている。仕掛けに来ていた。


「貴様らが衰えた時、八つ裂きにしてやる」


 目の前の壁に手をかける直前、無量斎の身体が重くなった。後ろを振り向くと、陣の三方に設置された紙が伸縮し、一枚が足を絡めていた。すかさず切り払う。


「今さら逃げるなんて!」

「死にそうだからと死ぬまで頑張る? くだらない、何かのついでに死ねるか?」


 無量斎は崩れた瓦礫をこじ開けるように活路を作る。再び、今度は胴体を世夏の紙術が絡め取った。突き刺すように床に刀を立て、三本の腕に全力を込めると、目の前の壁は取り払われた。朝方の匂いと共に白む空が見えた時、無量斎はほくそ笑んだ。


「客人、もてなしは最後まで受けるものですよ」


 纏わりついた紙を切り捨てる直前、今までと比にならない程の重圧に襲われた。両の足と三本の腕を動員させ、床にしがみつくような形となった。


「――やかましい!」


 無量斎が自棄になり後方へ突き出した刀は、参の腹を貫いた。刀を握る手に力を込めようとしたが、不意に身体が軽くなった。紙に足を取られ、宙に浮いた――連れて行かれる。


「手を離せ死に損ない!」

「私は先に逝きます」


 形成された陣の周りでは、一度は無量斎に切り捨てられ、地に落ちた紙人形達が炎で水気を祓われて、再び宙を舞っている。裏も表も定かではないが、無量斎はそれらの視線が一様に向けているように思えた。


「邪悪なる者――」


 術に集中していた世夏は、二人の妖がもつれるように陣の内に転がりこむ音に驚き、思わず口をつぐんだ。味方が共倒れするのを嫌ったか。その隙に無量斎は参の身体から刀を引き抜いた。


「仇なす者討たれよ」


 なお言葉を続けたのは胡仰藍だった。付近を取り囲む紙人形の残骸が真昼のような白い光を放つと、世夏は目を伏せた。顔を上げると、ボロボロになった部屋は死者を悼むような静寂に包まれていた。


「……李雨旋さんの助太刀に行かないと!」

「探しましょう」


 ――屋敷を歩いて回ると、損傷の激しい部屋が見つかった。かつて世夏が立ち入ったことがある、書斎のような部屋だった。中には、頭を押さえて座り込んでいる李雨旋がいた。


「無事ですか!?」

「なんとか。王のガキはぶっ倒した」

「もう一人の妖は!?」

「千切って投げた。ここで寝るから、もう反応しないからな」

「ここでって……」


 世夏が来たことで安心したのか、李雨旋は屋敷の床に仰向けになり、頭の後ろで腕を組む。師匠もいつの間にか子供の姿に戻っている。


「世夏君とお師匠さんは王深徳を探してください。私は地下の瘴気をなんとかしてきますので」

「自分じゃ土地師の組合に引き渡す位しか出来ませんけど」

「じゃあ、それで」

「投げやりな大人たち……」


 世夏は言われた通り探索を始めてみるが、内装の荒れ具合に眉をひそめる。


「まともな家具がほとんど残ってない。瓦礫の下だったら面倒くさいな」

「……いるぞ、世夏」


 手足を紐で縛られた少年がいた。幼さが薄れてきた顔立ちに加え、左目は髪に隠れているが目元には隈もあり、最初会った時よりはいくらか大人びて見える。世夏は王深徳と顔を合わせることはなく、師匠に向かって疑問を口にする。


「どうやって運ぶ?」


 人はみな出払っている。日が差しそうで差してこない庭を見て考えていると、視界の端に何かが映った気がした。


「ブモー」

「新手か!」

「それにしては気の抜ける音だな」


 咄嗟に窓から距離を取った世夏。窓を蹴り破って入ってきたのは歳星号だった。


「良いタイミングだな」

「従鬼はたまに主人の危機を察することもある。無量斎との戦闘に加勢するつもりだったのかもな」

「全然間に合ってない……そして歳星号、嬉しいけど窓は破壊するものじゃないぞ」


 世夏が歳星号に注意すると、短く鼻を鳴らす。横にいた師匠が歳星号と何度か言葉を交わし、世夏の方に向き直る。


「この敷地内なら壊しても良いと思っていた」

「よくボロボロになってるけど駄目だぞ」


 世夏は歳星号を注意すると、これからのことを頭の中で考える。他の祓いはまだ何も行動を起こしていないだろうし、土地師の元に直行で問題ないはずだ。


「そいつを引き渡す前に、聞きたいことはないのか?」


 口は閉じたまま、深く息を吸う世夏。確かに引き渡してしまえば、もうこちらが関与することもない。確かに話を聞くなら最後の機会か。


「王深徳、起きてるか?」

「起きてる」

「そうか……」


 ずっと話を聞いていたのか、想像より早い返答だった。場の空気は歳星号が入ってきた時とは一変して重苦しい。


「大仙墟の入道は覚えているか?」

「率直に聞け」

「アレの眼が欠けていたのにはお前が関係していたのか?」

「あの妖については苦難する人にその眼を抉り、超常なる力を授けたという伝承があった。人魚伝説みたいなもんだよ。頂いたのは血肉ではないけど」


 改めて世夏は王深徳の左眼を見た。右眼とは違い殆ど閉じられており、瞼の間から僅かに青い瞳が覗く。


「その眼は……」

「二度と光が差すことはないだろう」


 六青眼入道は温厚な妖だと聞いていたが、祓いに行ったときは世夏達と会話が通じるような状態ではなかった。王深徳は討伐に失敗した体で、別の目的を遂行していたらしい。


「人に裏切られ、殺されるなんてな」

「まあ……いや、なんで知ってる?」

「そんな危険な妖を土地師が放置する訳ないだろう。それに、李雨旋が亡骸を持っていたからな。直に奪った俺とは違って、一時的だが化け物みたいな力だった」


 入道の本体は六つの実をつけた老木だった。確かに世夏も、入道の伝承を知っていれば持って帰ろうとしていたかもしれない。それにしても、人間に力を分けたために、回り回って道具のように利用されて祓われる。今回はまるで知らなかったが、そんな流れの中に身を投じていたのは複雑な気分だった。

 王深徳の話を噛みしめていると、意外なことに王深徳の方から話を持ち出してきた。


「最初に会った時の事は忘れてないよな?」

「お前が小細工をして俺を嵌めようとしたときか」

「常識外れな奴は嫌いなんだよ」


 今の宴会場は変わり果てているが、当時のことは世夏もよく覚えている。立炉木と違い、上辺だけは人懐っこい少年だった。


「俺は駄目で胡仰藍は良いのか? 憧れてると思ってたけど」

「お前の目は節穴か? 憧れてたのは俺の父だ」


 王深徳の返しには色々と突っ込みたくなったが、そこには触れずに世夏が続ける。


「じゃあ、俺と胡仰藍は駄目でお前は良いってことか」

「今回、お前さえいなければ良い線行ってたのにな」


 世夏は前に会った時も薄々感じてはいたが、仮にこんな事件がなくても――たとえ同門で切磋琢磨するような関係だとしても、コイツと分かり合うことはないだろう、そう確信した。


「言っとくが、無量斎を祓ってもこの地は瘴気を溜めやすいんだ。この眼がなくても諦めてはいない」

「取り返しの付かないことも起きたんだ。俺はお前を許さないよ」

「お生憎さま、感情的になられても知ったこっちゃないね」

「お互いさまだな、勝手に計画してろ」


 世夏は相変わらず王深徳と顔を合わせることはなく、視線を横に振る。すると、師匠が目に入った。静かに歳星号の腹部に顔を押し付けていた。世夏はこれも触れないことにした。

 短い沈黙の後、世夏は立ち上がり王深徳を流し見た。


「もう聞くことはない。行くぞ」

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