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第44話 再起と奥義

「さて。あの李雨旋とかいう人間、いつまで耐えるか」


 不穏なことを口走りつつ、崩れた家具の中から無量斎が再び姿を表す。


「耐える? 相手は同門の少年ですよ」


 世夏の問いに答えたのは無量斎ではなかった。世夏の背後でうつ伏せに倒れていた胡仰藍が、床に手を付いて上体を起こす。


「地下で陣が破られた際も、少年と生まれたばかりの妖程度ならば、封印する必要もなかった」

「乗っ取られた直後でも、意識がはっきりしてるものだな」

「過去、祓うこと叶わず人に封じられた妖が二体います。一体は由来代の中に、もう一体は私の……血縁者」


 胡仰藍が口を濁した人とは、前々から探していた少女のことだ。今まで野放しで良かったとは思えないが、今回の事件はどうにか保護した矢先の話だった。


「過去に封印された妖が、王深徳と一緒にいると?」

「その通りです。まったく、結果的には私の負けです」


 片膝立ちに座り直した胡仰藍。その言葉は自らに向けたられたモノにも感じられる。世夏は別に褒められたかった訳ではないが、目下の問題を差し置いて回顧されるのは不本意である。


「胡仰藍さんは最善を尽くしましたよ」

「無量斎が解かれた一方、私はこのザマです。君を責めているわけじゃないです。私の落ち度です」


 俯き加減の胡仰藍の顔は、世夏の目に諦めるような憂いを映した。これ以上言い訳のような愚痴をこぼされたら溜まったものではない。ただ、聞き流すことも出来なかった。


「最善は尽くした、自分が出来なかった。終わり、そんなこと言ってたらホントに遺言になっちゃいますよ」

「私に並ぶ祓いもいない。何より、由木代に借りを作ってから、ここ一番は他人の助力は受けないで来たんです。後進には悪いことをしましたね」


 こちらの――他人の気持ちもまるで知らないで、透き通るような手で頭を撫でる胡仰藍に、段々と世夏は腹が立ってきた。


「身勝手かもしれませんが、胡仰藍さんには他人から見た結果や理想像に囚われて欲しくないです」

「今回は説教のために屋敷に来たのですか?」

「人生の区切りくらい、自分で決めれば良いじゃないですか。何で失敗の一つや二つで諦めないといけないんですか」

「時間稼ぎはもういいか?」


 夕立のような殺気を肌に感じ、無量斎に意識を向ける世夏。こちらを叩き切るべく振り上げられる刀に向かって、何かが飛び出した。師匠にしては小さすぎる。

 刀身に貼り付いたソレを見て分かった。胡仰藍の紙人形である。だが、妖力に敏感ではない世夏ですら分かるほど、その力は失われていた。視覚でその速度を警戒した無量斎は咄嗟に距離を取ったが、そのような幸運に二度目はない。


「おのれ胡仰藍、妖力も絶え絶えじゃないか……この程度で、止められると思――」


 お返しと言わんばかりに、世夏は数枚の紙を飛ばす。


「俺のために自分を使えるなら、自分のために他人を使ってくれていいのに」


 世夏は胡仰藍を一瞥すると、更に枚数を増やして畳み掛ける。そんな後ろ姿を眺める胡仰藍は、無意識に手にしていた紙人形を握りなおす。


「勝負だ、小僧」


 無量斎の身体は焦げた匂いと共に、線香のような煙を所々から立ち昇らせていた。刀で受け損ねたいくつかの紙が接触して引き起こしたものだった――全然足りない。無量斎の刀に捉えられるまで、あとどれくらいの攻撃を的中させる必要があるのか世夏には判断できない。


「世夏、後のことは考えているのか?」

「今考えてる……」


 もう一度複数枚の紙を放つ。まとめてぶつければ牽制にこそなれ、いつか尽きる。文字通りの時間稼ぎだった。


「ああもう、気前良く投げおって!」

「俺だって、いや、こんな投げてないって」


 無量斎が空いた右手で頭を掻きつつ、新たに放たれた数枚を切り払う。どこか面白くない様子で、足止め程度の攻撃を早々に終わらせる方法を考えているようだ。


「何だ、背面の違和感……」

「この術は……」


 無量斎は、胴が砕けた酒瓶の、口を掴み、背中に回し、引っ掻くように切り裂いた。零れ落ちた鮮血と共に床を汚すのは、見慣れた飛来物、術の書かれた札である。札ごと削ぎ落とされた肉片は、熟れすぎた果実のように水っぽさと柔らかさを兼ね備えている。

 落ちた紙はまだ無量斎に向かってくる。彼は水を含んで鈍重なソレを、跡が残るほど強烈に踏み抜くと前方へ駆けた。


「貴様らも死ぬのだよ」


 呟きが聞こえる程度の距離で、無量斎が水平に剣を振るう。まるで反応出来なかった世夏の思いと裏腹に、身体は間一髪で後ろに引く。というより、後ろに引かれた。


「紙よ、その早さを以て仇敵を吹き飛ばせ」


 胡仰藍の術は無量斎の無防備な身体に直撃し、後方へ弾かれた。世夏が後ろを振り向くと、従鬼である胡仰藍の参に引かれていた事がわかった。


「参ですか? 何故ここに」

「主が幼い頃より、手を引いて先導するのが役目でありました」

「それよりさっきの術は?」

「……私の術ですかね」


 吹き飛ばされた無量斎の元に師匠が体躯を活かして突撃していく。無量斎を激昂させた紙術は世夏の物ではなかった。


「なんで最初から使わなかったんですか」

「我が家は最強の術式で守っといた方が安心でしょう? しかし当初は失敗したと思っていました。成程、複数人での使用が前提――」

「後で詳しくお聞きしますね」


 胡仰藍の話の途中であるが、揉み合っていた師匠が距離を取ったのを見て、世夏は無量斎に狙いを定める。


「此処に古くからの標を示す。我を通じて道を開け」


 紙を媒介にして、純度の高い妖力を放出する。妖札道破に反応して、壊れた引き出しや胡仰藍の袖から数枚の紙人形が飛び出した。


「……お師匠さん、少しお力を」


 胡仰藍が師匠に耳打ちする一方、無量斎は壁を背にして追尾してきた札を右手の刀で叩き伏せ、世夏を凝視する。


「入りませ。鼻口を介して入りませ。耳目を通して現れませ」


 無量斎が唱え始めると、世夏は目に砂が入ったかのような痛みを感じた。

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