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第43話 相対

「師匠!」

「なんだ?」


 三組に別れた後、由来代と立炉木はそれぞれの従鬼を連れて去っていった。正門の方で立炉木の悲鳴が聞こえた気がしたが、世夏は最初にこの屋敷に来たことを思い出して、放っておいた。


「胡仰藍さんを妖札道破でふっ飛ばそう!」

「元気は大事だが、本人も大事になるだろうな」


 結局、地下に手掛かりを探しに行ったはずが、最初の問題――取り憑いた妖に関する対策だけを見ると何の進展もなかった。


「これ当初の目的を考えると、戦力減っただけ……?」

「由来代の言葉を思い出せ。今より胡仰藍の立場を悪くしないために、街を守らねばいかんのだ」


 本気で考えている師匠に世夏は内心では嬉しかった。しかし他人から言われると、あらためて妖が絡む事件の大変さを実感する。しばらく歩くと最初に逸れた道に帰ってきたので、方角を変えて母屋へ出向く。


「方法にこだわらないのが一流だろう。助力がないならそれも仕方ない」


 なにせ時間もないので大掛かりな準備を行う余裕もない。


「封印を解くのは、師匠と会ったときの術を使おう」


 世夏の記憶は、旅の途中の廃村で妖が封印された壺と手帳から始まった。その時の妖はもちろん師匠のことだった。


「上手く身体から引き剥がしたらどうするつもりだ?」

「念のため呪いで祓おう」


 呪いは対象を肉体で区別しない。万が一実体が無かろうが、遮蔽で仕切られてようが相手に届く。


「ほう? 呪いも使えたのか」

「手帳の最後に一つだけ。腐水。基礎の技を改良したらしい」


 ただ、この術の元となるものがどれかは分からないが。そう世夏が続けようとしたところで、胡仰藍の屋敷の窓が淡い光を放っていることに気付いた。


「明かりがついてる? 戸を叩いた方が良いかな」

「やめとけ」


 軽いやり取りをしつつも、屋敷に着く頃には自然と息を潜める二人。入る前にまたも世夏が問題を口にする。


「この建物、あまり構造を理解してない」

「三度目だぞ?」

「宴会場までは行けるけどさ」


 外観からはどこが光の出処かは分からなかったが、あてもなく辿り着いた宴会場は、明かりの付いている場所の内の一つだった。世夏は一度師匠の方を見て、また前に向き直ると戸を開いた。


「うっわ、酒くさ!」

「開口一番、失礼なやつだな……」


 反射で出した言葉への、期待していなかった返答。そして目に入った光景に、世夏は言葉を失った。


「何故お前がいる、李雨旋。それより――」

「李雨旋、この人間は?」


 世夏と師匠とは、全く面識のない胡仰藍が口を開いた。


「お前の身体の持ち主が、気に留めていた祓いだよ」

「待て、この状況はなんだ。何を呑気に話している」

「俺の攻撃は今の胡仰藍には通り過ぎる、って話だ」


 やっと喋る師匠に、姿をくらましていた李雨旋が淡々と話す。


「今回の首謀者は?」

「そこまでは管轄外だな」

「これだから酔っ払いは」


 お前が言うなと世夏が思っていると、李雨旋が続ける。


「見方によるが。俺があのガキ――王深徳を縛ってない様に、胡仰藍の身体を持つコレも、自身の従鬼は縛れていない。だろ?」


 確かに胡仰藍の従鬼たちは、比較的自由に敷地内を闊歩していた。師匠を下目に見つつ、李雨旋は新たに注いだ酒を飲む。


「もう新たに栓を抜く必要はなくなった。酒盛りは終わりだ、胡仰藍」

「それよりも、一から十まで私の前で話して何のつもりか?」

「コソコソ話す方がおかしいだろ」


 傍から見れば同門で冗談を交わし合っているように見える。だが、友好そうに見えた表面上の付き合いもここまでだった。李雨旋の返しは相手にとっては不満――もとい、妖の本性を顕れさせる。


「あまり舐めるなよ。この私、そうだな……名を土封無量斎として世に知らしむ」


 無量斎と自称する胡仰藍の身体に封じられた妖は、世夏を見定めるように視線を外さず、スッと立ち上がる。いよいよといった所で、師匠は金の羊の姿に戻った。


「俺は王深徳を探してこよう」

「そっちは任せました!」


 世夏が封印を解く術を唱え始めた。師匠は妨害を想定して妖と対峙していた。しかし、相手は仕掛けてくることもせず、むしろ迎合するように仁王立ちで術を受ける。


「わざわざ解かれるならば、のらぬ理由もない――人の身出でてとりあえずは、災を降り厄顕す……」


 言葉の途中で、声質が変わった。胡仰藍の肉体は膝を折り、前に倒れた。術が成功したのだ。元いた場所に仁王立ちで在ったのは、彩麗斎に似た容姿の男性だった。左手で端正な顔をなぞり右手は腰の太刀に掛け、しかし机に放置された酒瓶もまた、彼の右手が掴み上げている。世夏は上裸の妖の、露出した腕の付け根を凝視した。


「六臂の妖か!」

「旨い。我が肉体をもって飲む酒は実に旨いぞ」


 二本目の右腕で空になった瓶を後ろに放り投げる妖。宿主の胡仰藍は、もう気に留めてはいないらしい。


「純なる水、純なる気、足りなきは苦を知り、過ぎて毒と成り、溢れては触れざるを得ぬ」

「呪術……次は戦いの味か」

「くっ!」


 世夏が殺気にたじろいだ瞬間、後ろから風に吹かれた気がした。師匠が生来の姿で頭突きを繰り出したのだ。正面から受けた無量斎はいくつかの机や食器を巻き込んで吹っ飛ばされたが、視覚以外の感覚が全く手応えを感じさせてはくれなかった。

 師匠は吹っ飛ばした後、その場に転がっていた人物を火事場泥棒のように、咥え込んで世夏の元へと帰る。


「師匠、拾ってきたのか!」


 世夏の横に付いた師匠が胡仰藍を落とす。その衝撃で、胡仰藍はわずかにうめき声を漏らした。しかし、向かいの壁から瓦礫が崩れるような音がしたため、胡仰藍に声をかける間もなく世夏は視線をやった。

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