第42話 役回り
由来代が歪んだ箱に中身を入れ直す。立炉木はというと、部屋の隅の方でうずくまっている。
「話を整理すると、一定の周期で引き寄せられる大妖の破片や瘴気の結合体を、胡仰藍さんが倒してたんですよね。壊れた領域を元に戻しても、胡仰藍さんは元に戻りませんよね」
「その通りです。しかし、溢れたのは大物一匹だけではございません」
「瘴気が地上に漏れたか」
この会話に混ざるわけでもなく、一通り欠片を回収した由来代は無言で再設置を進める。裏を返せば、今のところは彩麗斎の意見に異論はないとも言える。
「人通りの多いところには、被害が出てるかもしれませんが」
「今は誰も出歩いてはおらん――伏せろ!」
師匠の声に遅れて、天井のガラス窓が音を立てて割れた。
「こいつらは遍片鬼か?」
「今さら数匹出ても、どうということないな」
角の生えた黒い影が三体落下してきたが、刀を抜いた彩麗斎が手を貸す間もなく切り落としていく。
「相変わらずだな」
「だけど、油断してはいけないな」
世夏は霧散していく影を見つめて溜め息をこぼす。これが一般人の前に現れたら、今みたくはいかない。その時は草原に火が回るように迫ってきている。
「どちらかといえば、我々より北の人間にとっては、重要な問題かもしれませんね」
「壊れた封印は治せるんですか?」
「大丈夫です!」
「なんで立炉木が?」
さっきから隅の方をちょこちょこしていた立炉木に、つい世夏が声をかけた。
「この部屋全体が封印の役目を担ってて、四方の状況を確認してたんです!」
「あー、それはご苦労さま」
口調は平静そのものだったが、地下へ来ようと言い出した割には世夏は何もやっておらず、浮き足立っていると天井に目が向いた。
「そういえば、上が割れちゃってますけど、大丈夫です?」
「それは……駄目だね。不味いかもしれない」
由来代の反応から焦りが見える。あまり考えたくはないが、世夏が思うより不味いことになっているのかもしれない。
「人を分けるか? 晴流傘の北は祓いを歓迎してはいないらしいが、被害を――」
「やれやれ」
彩麗斎が後ろに飛び退き、師匠は上に目をやって羊の姿に戻る。第二波というところか。確かにこの早さで霊鬼の類が出てくるのは危機的状況だと思った瞬間だった。
「落ちるぞ!」
「この窓、何故に空いておる!」
今しがた落ちてきたのは、遍片鬼ではなかった。三本足の牛と、足元まで隠す黒髪の女。師匠には強く見覚えがある。
「お前らか!」
「おお、金羊。懐かしいな、また戦おうか?」
「今はもっと相応しいやつがいますよ!」
「胡仰藍の従鬼か。これは……私に従ってくれないか?」
「状況を整理する前に提案するな!」
一様に話し始めたため、収拾がつかない。世夏が師匠と目が合うと、従鬼二人に顎をやる。師匠は少し驚いたように目を見開き、首を横に振る。
「はー。おい、お前らはどうして今更降ってきた――」
師匠が胡仰藍の従鬼を相手に話し始めると、世夏は由来代に問いかける。
「由木代さんって元々何体か従鬼が居ますよね? 今、胡仰藍さんの従鬼がいります?」
「今だから必要なんだよ、北と南を守る人手がね」
「遍片鬼が湧いたそばから叩くつもりです?」
由来代が頷くと、今度は立炉木を見る。
「そうなれば一人じゃ無理だ。私の従鬼を立炉木に付ける」
「俺ですか!?」
「由来代さんは由来代さんで、人の従鬼を使って街を守る訳ですか」
彼ら――胡仰藍の伍と捌を含めて三つの班を作るのなら、由来代が伍と捌を連れるのが適任だろう。従鬼を、それも他者と契約している者を、扱える術を立炉木は持っていない。しかし、由来代の従鬼を由来代自身の命令で一時的に人に付けることは可能だ。
必要なのは、北と南を守る二つの班と、なんとしても胡仰藍に憑いた妖を祓う班だ。世夏にしてみても、この領域で浮足立つより、自分自身の役割は分かりやすい。
「これ以上人に危害が及べば、いよいよ胡仰藍の立場が危ない」
由来代の言葉からは、本気で友人のために覚悟を決める気持ちが伝わってくる。この気持ちが世夏には堪らなく眩しかった。記憶をなくした自分が空の容器に思えて、だからこそ注がれた人々の善性を繋いでいきたい。
「俺――というより、誰がどこを担当するんです?」
「立炉木は南を。私は北を守る。胡仰藍の従鬼を本人と相対させる訳にはいかないし、南で胡仰藍の従鬼が跋扈していたら、事情を知らない者に祓われてしまうかも」
「自分が胡仰藍さんを……正気に戻してきます」
由来代さんのが適任じゃないかとか、言いかけて世夏はやめた。自分と師匠、一人と一匹にこの街は広すぎるが、恩人に報いることは出来る。胡仰藍も、由来代も、立炉木も、皆自分の恩人だ。
「間違えた、自分と、師匠で!」
「おい、その訂正のしかたでは、本当に忘れてたみたいじゃないか!」
「師匠、そっちはどうだって?」
「簡単なことよ。知った顔を追いかけて知った部屋の様子を見ようとしたら、知らないうちに床が床じゃなくなってたらしい」
「ああ……」
「貴様も覚悟は出来たか」
師匠はどこか知ったような口で世夏に問う。昨日のぎこちない気持ちは微塵もない。最大の理解者と、依頼をこなす。上等だ。
「みんなで胡仰藍さんを助けます!」
「行くぞ!」




