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第40話 未明より

 しばらく振りにのぼせた師匠を連れて帰る世夏。苦労して服を着せて宿まで帰ったが、一向に起きない。目をこすりながらも、不安な感情と共に師匠の寝顔を見ていた。


「朝、と言うには早いか」

「寝る前に一声掛けろ……」


 師匠の寝顔を見ていたはずなのに、気付いたら師匠の声に起こされる。いつの間にか寝ていたらしい。当の師匠はのんきに身体を伸ばしている。


「歳星号……連れて行こうか」

「流石に目立ちすぎだ」


 師匠に対して、うつ伏せに寝転ぶ世夏の反応はない。このまま二度寝するかと思われたのも束の間、世夏が気合を入れて立ち上がる。


「起きたか」


 世夏は出かける準備を整えて、玄関へと向かった。朝日はないが、眠気はさめていた。


「まずはどこへ行く」

「地下だろ?」

「いきなりじゃあるまい」

「土地師組合の現場?」


 今考えただろ、と言わんばかりに師匠は世夏に視線を送るが、その態度を見た世夏はもう少し言葉を続ける。


「俺らが知ってる場所なんて殆どないぞ。歳星号、どうしようか」

「世夏さん、いますかー!」

「俺らが温泉に行ってる間に人語を……」

「馬鹿言うな」


 姿こそ見えないが通りの方から聞こえた声は、立炉木のものだった。意外な来客に世夏は鼻を鳴らした。


「庭先から呼んでも庭にいる人にしか聞こえないぞ、立炉木」

「妖にも聞こえますよ!」

「歳星号に質問するやつがいるなんて……」

「お前、さっきの自分の言動を忘れたか」


 歳星号も師匠や立炉木に同意するように鼻を鳴らす。世夏が門前で待っていると、来客は二人いることに気付いた。


「ネギが鴨背負って来たわ」

「逆じゃないか……?」

「鴨にもネギにも貴賤はないよ。お師匠さんも相変わらずふてぶてしく」

「挨拶から喧嘩を売りに来るとはな」


 立炉木の後ろから、会釈と共に姿を現したのは由来代だった。ここで揉められると先が思いやられるのだが、師匠から世間話を切り出す。


「お前が由来代と絡んでいるのは初めて見たな」

「ちょっと畏れ多くて……」


 後ろを振り返ることなく、ソワソワと答える立炉木。世夏はその様子を不思議な反面、面白そうに見つめる。


「それじゃあ今回はなんでまた?」

「友人を手伝おうかと」

「へー……」


 気の利いた言葉で返したかったのだが、想定外の好意に世夏が詰まる。様々な話題が頭の中で浮かびかけては消えていく。いったん世夏が歳星号の鼻を撫でると、もっと撫でろと言わんばかりに歳星号が鼻を押し付けてくる。


「おい由来代、お前の友人はどうなってる?」

「そうですね。まずは会ってみようかと」


 師匠の言葉に、世夏と立炉木は背筋を伸ばした。しかし、由来代の返答で胡仰藍を指していたことに気付き、内心ため息をつく二人。


「お前も行き当たりばったりか! よくわからん噂も流れてるのに、誰も精査する気がないのか」

「いや、あいつが訪れた土地師組合跡を見てみたけど、無造作に破壊されていた」

「イメージ通りですね……」

「彼の術は力任せに振るうようなものじゃなくて」

「一本取られましたね……」


 なんとなく、世夏には立炉木が由来代と積極的に会おうとしない理由が分かった気がした。行ってきますとばかりに世夏が歳星号の首を軽く叩くと、誰が言う訳でもなく通りへと歩を進める。


「まあ、百聞は一見に如かずって所で。少なくとも、時間が解決するよりは上手くやろうか」


 世夏もあと三日もしないうちに、祓いの人々は強硬策に出るつもりと聞いた。人間同士で争って、どの程度の被害が出るかは分からないし、考えたくもなかった。


「仮に由来代さんが乱心したら、胡仰藍さんはとっとと片付けそうですよね」

「そもそもあいつに負ける気はないけど、一度くらいなら情をくれるんじゃないかな。君も助けられてるだろ?」


 世夏が借りをつくり由来代も知っていると言えば、初依頼である白雲の時だろう。


「由来代さんも助けられてましたよね?」

「あの時は彩麗斎がやらかしたから」

「やらかした当人がいないな」

「寝てる」


 由来代のぶっきらぼうに答えるさまは、彩麗斎とのやり取りを彷彿とさせる。これは初対面の頃では気付けなかったな、と思うと世夏の頬が緩む。


「解雇したらどうだ」

「彼とは中々強めの契約をしてるからねえ」

「いつから一緒なんです?」


 立炉木が由来代と初めて出会った頃から一緒であるなら、十年は月日を共にしているはずだ。世夏からは背中しか見えないが、立炉木本人も水を差さずに集中して聞いているのが伝わってくる。


「元々胡仰藍が祓う予定の妖だったんだよ」

「従鬼にするほど魅力的なやつだったのか」

「強すぎて祓えなかった」


 夜と言っても差し支えのない時刻の大通りに、履き物の乾いた音が響く。想像していなかった返答に、理解が遅れる。


「妖は自分より弱い者に従う存在ではない」


 師匠は自分の主を横目に由来代に言い放つ。その言葉は師匠自身にとっても、昨日より少し重いものだった。


「特別な匣を使ったんだよ。どちらかと言えば封印に近い」

「じゃあ、今回は胡仰藍の二度目の失敗だな」

「判断ミスか、事情があるのかはよく分かりませんけど。一度目も見方によっては成功かも!」


 強引な立炉木のフォローが入る。二人に助けられた身としては、複雑な心境なのかもしれない。


「まあ失敗には違いない。祓えてないし。ただ、当時から実力的には既に抜きん出ていたから、その時は表立った不満が出ることはなかった」

「定期的に危機に陥るのかこの街」

「最近は土地も拓けて、木々や岩に宿る邪気も祓っているから少なかったんだけどね」


 師匠の軽口も、そこまで冗談でもなかったらしい。


「そういえば、大仙墟で事前に報告のなかった遍片豪鬼に足止めを食らったぞ」

「あの地域は監視も行き届いてる筈だけど……原因は分からないな」

「思わぬ前哨戦だったが、李雨旋のお陰で苦労はしなかったな」

「六青眼入道を祓ったんだっけ。お疲れさま」


 直接伝えた覚えはないが、土地師なら耳も早いのだろうか。立炉木がいかにも武勇伝を語りたそうだったのは世夏にも分かったが、今は踏みとどまったらしい。


「光栄です。あんな妖がよく山で大人しくしてましたね」

「力は強いけど温厚だからね。ここしばらくで急に討伐依頼が出されてたけど」

「温厚ですか? 百聞は一見にしかず、ってやつですよ」


 割と口が強い立炉木。鈍感なのか、流されずに主張を聞いてほしいのかは当人のみぞ知るところだ。


「入道は左目がなかったんじゃないか? 昔人を助けた物だと言われてるけど。『行きがけの旅人を、哀れに思い瞳を授ける』って」


 由来代はなにかの資料を引用しているのだろう。先輩の言葉に、立炉木も先の大仙墟での出来事を思い返す。


「二個くらいなかったですけど」

「壁にでもぶつけたんじゃない?」

「あいつが壁なのにか?」

「冗談だよ」


 会話の区切りとは言えないが、前を歩く由来代が歩みを止める。夜明け前にここへ訪れたのは初めてだった。


「さて、到着だ」

「ちょっと待て」


 師匠が神妙な顔で考え込んでいる。整然と並ぶ塀で仕切られた祓いの庭は、ぽっかりと開いた門を跨げば行き来も容易だ。しかし、今回ばかりはくぐってしまえばそれっきり。そんな雰囲気すら感じられて、三人は師匠の出方を待つように二の足を踏む。


「その入道の瞳、人に奪われた物だとしたら?」

「……世夏、そいつの容姿は覚えてる?」

「あんまり見てないんですよね、治ってない傷口とか見るの苦手で」


 詳細まで思い出せずとも、完治していなかったという記憶だけで充分だった。師匠の話がどれだけの妖に適用されるかは分からないが、並の傷は寝れば治る。

 裏を返せば、あの六青眼入道は致命的な怪我を負わされていたことになる。


「依頼に失敗したという胡一門の奴は、もしかしたら大変なモノを持ってきたのかも知れんな」

「本拠地の前で考察を進めなくても……」

「残りは入ってから考えるか」


 未だ薄暗い中、庭園の一部を切り出したような門の先の風景を見据え、一行は歩き出した。

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