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第4話 先行き不安

 世夏は懐から手帖を取り出し、机の上に開く。中には様々な陣と、補足のようなものが描かれている。


「時間稼ぎ、大きい標的……」


胡仰藍から貰った名刺をメモにして、手帖に書かれている文字を今一度書き込む。書かれた字を見比べてみると、確かに自分の筆跡である。


「デカい兎とか言っていたな。三糸陣とかいうのにしてみよう」


 開いた頁には大きめの相手、時間稼ぎと箇条書きで項目が書かれており、世夏自身のことながら分かりやすい。そして、その一つ一つを丹念に確認していく。


「不安そうだな。己の力を知らず、本格的な術を使うのは気が引けるか」


 事前に三枚、妖力を込めた札を用意する、紙人形をいっぱい用意するといった部分には下線が引かれている。安全に依頼を成功するのには、入念な下準備が不可欠な要素だ。開封屋として立ち回る上では失敗が出来ない。


「今更ながら、ホントに考えて依頼を受けるべきだった……」

「安心しろ。お前は私の弟子だ。並の……由来代曰く並ではないらしいが、下手な神格に手を出さぬ限りなんとかなる」


獣ならどれも……と言ってたじゃないか、と内心ではツッコむ世夏だが、準備を進めると同時に由来代の方も気になっていた。


「ところで、由来代さんはちゃんと用意してるのかな」

「開封の重要さを説いていた先輩が準備出来ていなかったら笑いものだろう」


 二人の会話を聞いていたかのように二回扉が叩かれる。


「良いぞ、入れ」

「なんで師匠が命令するんだ」

「お、なかなかいい部屋だね! じゃあちょっと待ってね……」


 部屋に来たのは由来代だった。一回入って来た後にいそいそと外に戻り、すぐまた顔を覗かせるが、二回目は両腕で重そうな黒い箱を抱えてきた。人の頭程の大きさで、恐らく話に出てきた特注の品だ。


「待たせたね」

「幸いこちらも暇はしてなかったぞ。用意できたのか?」

「正直もうこの街ですることはないかな。そっちは?」

「自分も特には。陣を張るのに枯岩村へ行ってみたいのですが、立ち入れますか?」

「特に規制はない筈だよ。ただ、街道を外れると低級の妖が彷徨いていることもあるから気を付けてね」

「そこら辺は私に任せろ」


 晴流傘に着くまでは比較的人の往来の多い道沿いに進んできたが、遠方に目を凝らせば、人ならざるものが目に入ることもある。

 万が一取り憑かれると一般の人では対処が出来ないため、晴流傘周辺では『遠方を望むこと禁止』などと、一見理由の分からない看板が立っていることもある。


「じゃあ、明日にでも下調べに行くかい? また箱を持っていかないと……」

「分かりました、よろしくお願いします」

「大雑把に説明だけしておくと、明日は西門から出て、大木の側を左に曲がる。そこからは街道を外れた草原だね。この時期ならクチナシが咲いてるかな」


 由来代がしている封印場所への案内や対象の調査は、依頼において開封屋から土地師に求められる内の一部である。

 過去の文献や現代の地理から戦況を有利に運ぶことが目的のため、術式などで祓いに協力出来ずとも土地師として生計を立てているものも多い。


「草原かあ……歩きづらそうだ」

「私もこの箱を持っていくのは嫌だな……」

「二人揃って暗くなるな! こんな箱如き……重ぉ!」


 師匠は由来代の持ってきた箱を運ぼうとしているが、踏ん張っても中々持ち上げることが出来ない。


「とりあえず明日の朝にまた来るよ」

「今日はありがとうございました。また来るなら箱は置いておきます?」

「いや、持って帰ろうかな。商売道具だし……!」


 由来代が気合いを入れて箱を抱え、世夏と師匠の声を背に宿を後にする。




「――由来代様、私はもう顔を見せてもよろしいか」

「彩麗斎、確認を取る気がないなら聞かないで良いでしょ」


 夕焼けに照らされる由来代が背後からの声に答える。声の出どころは由来代の真後ろ、屈んでいる程に位置は低い。


「あ、ちょっとこれ持って戻ってくれ。これホントね」


由来代が後ろを振り向き、鉄の箱を目の前に差し出す。それを受け取るのは、上半身だけの濃紺髪の男だった。下半身は由来代の影に浸かるように沈んでいて、確認ができない。

 由来代は従鬼を下げ、人通りも疎らに帰路に着く。見計らったような頃合いで、今度は物陰から声を掛けられた。


「由来代、また討伐の依頼を受けたのか」


 由来代は無言で歩き続ける。


「お前の術には価値がある。ただの封印とは違う、命を支配する封印だ。次の獲物を箱に閉じ込め、詠玖様に渡せ」


 由来代は帰る気のない相手にため息を付き、向き直す。


「箱ごと滅せるからといって妖を使役できる訳ではない。今の私の技量では箱の中の妖と交渉することは出来ないしね」

「何年後か分からないが、それまで保管していれば良いだろう。協力しろ」

「今の時代にまた封印を増やしてどうするんだ……この箱で良いなら渡してあげるけど」


 由来代は懐から包みに覆われた小箱を取り出し、相手に投げ渡す。相手がその装飾を確認する間に、由来代がぶつぶつと術を唱える。


「風ノ用ハ鳴ルコトニ非ズ、吹クノミ。声鳴ルモ響カズ。サレバ風ニ優ラズ」

「由来……グッ……ゴホッ」

「手を組むつもりはないから、とっとと帰って治して貰いな」


 男の方はなおも会話を試みるが、流石に無理と悟ったらしい。何度か咳き込んだ後、乱暴に箱を仕舞い込んで帰っていった。


「何より力や自由を奪う術なんて、敵役が使うものだしね?」



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