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第36話 洞窟に住む老獪

「さて、洞窟については資料も無いので警戒して行きますよ」

「ちょっと良いか」


 世夏は入り口付近の地面を棒でなぞり始めた。


「これ何です?」

「ちょっとした目印みたいなもの」

「良いですね! こういう地図のない所だとすぐに迷子になるんですよ」

「土地師なのにか?」

「世夏さんも、こんな開封屋みたいなことするなんて凄いですね」


 立炉木が世夏を褒めるが、その声色はいかにも不服そうだ。とはいえ、特に気付くことなく世夏は陣を掘り終える。


「出発するなら、今度は俺が前についても良いか?」

「良いですよ」


 理由を聞くこともなく、前方は松明を取り出してきた李雨旋に任せる。


「門下の話だと一本道らしいが、最奥が何処までかは知らん」

「この洞窟は妖の姿に戻れそうか?」

「いや。逆に、崩そうと思えばいつでもいけるぞ」

「今回もただのマスコットか……」


 どうも洞窟や閉所の依頼では、元の大きさが足を引っ張って戦力にはならないらしい。


「まあ、王深徳も無事には戻って来た。お師匠さんが戦力にならんでも問題はないだろう」

「王深徳? 微妙に聞いたことあるような、ないような……」

「胡仰藍邸で良く分からん勝負を吹っ掛けてきた小僧だ」


 李雨旋の口振りからして、今回失敗したのは王深徳だろう。師匠のいう小僧に、世夏の古くない記憶の中で良い思い出はない。聞き流したかったのだが、立炉木が反応する。


「王? 胡一門の王というと、書籍でたまに見かけますね」

「実力者なのか?」

「過去のものばかりですよ。百年前とか」

「寧ろ胡一門はいつから続いとるのだ……」


 今の晴流傘では、古い祓いは何処かへと去ったという。そして、未だ残っているのは他者に縋らないと存続も危うい者ぐらい、という所までが李雨旋の言である。

 世夏には関係のない話なのだが、彼に目の敵として扱われるのは面倒だった。


「そこで功でも焦ったか、身の丈に合わぬ大妖に手を出して失敗したのか」

「……止まれ師匠、付近の壁の様子がおかしい」


 雑談は長くは続かなかった。世夏は口をつぐんで、岩壁を凝視する。些細な変化だ。地響きが起こるでも、砂利が降り落ちるでもなく、微かに青黒い岩が点在している。また一つ、肌を晒す岩が自然にあるまじき色に変色した。


「すぐ近くまで来ている!」


 突如、青く染まった壁面の一部が弾け飛んだ。


「瓦礫に注意しろ」


 洞窟内の開けた突き当たりに、剥製のように壁から突き出した頭部が顕わになった。性別は判断しかねるが、もしあったのなら、肩に掛かるであろう長髪が垂れている。明らかに岩肌とは違う質感であることが見て取れる。その名の通りに青く染まっているのは体表の方らしい。賽の目のように六つ付いていたであろう眼は、二つが閉じている。左の真ん中と、そして右下の眼に至ってはどす黒い涙を流している。


「様子がおかしくないですか?」

「口惜しい人間がまた来たぞ……」


 直後に岩がぶつかり合う音が響く。李雨旋が落ちている物を拾って入道に投げつけたようだ。投げた先は、ただの岩壁だった。ズレた位置で、妖は念仏のようにボソボソと恨み言を綴る。


「目を失い、鼻も口も元から持たぬ。とにかく人が口惜しい」


 浮き出た顔の下の方から入道の枯れた茎のような腕が伸びる。世夏は咄嗟に避けたが、髪を掠めていった。


「不気味な妖だな……」


 世夏が伸ばした腕の先を確認するように振り返る。後方に伸びた腕は、人体であれば考えられない方向に曲がり、首を刈るように戻ってくる。


「師匠、平気か!?」

「高すぎて掠めもせんわ」


 李雨旋は世夏達を尻目に入道のいる壁を蹴りつけている。表面はただの岩肌となり、遅れて腕も飲まれた。伸ばしている間でも移動は自在といった様子である。


「殴らないんですか?」

「相手が居なければ妖力のないただの岩だからな、拳が折れる」


 李雨旋は素の力が人並み外れているという訳ではなく、妖力的な素養で培った力は妖に関連する物にしか効果がないようだ。


「それならこの妖は自分が倒します!」

「策はあるのか?」

「はい!」


 世夏が攻撃の通らない李雨旋に代わり、妖を討つべく意気込む。そんな世夏に耳打ちされ、李雨旋の表情が僅かに強張る。


「……ふざけているのか?」

「そんなことないですよ!」


 どんな案かはともかく、世夏は至って真面目である。何より妖は待ってくれないので、李雨旋は作戦の行く末を見届けることにした。


「俺もやるだけやってみるか」


 壁も割らんとするばかりの勢いで、入道に再び投石する李雨旋。


「それ! 札に触れれば縛ってやる」


 場所を変えて現れた妖に、今度は世夏が札を飛ばす。


「壁が札で埋まる前に手持ちが切れちゃいません?」

「まあまあまあ」


 それが本命じゃないよね? と言う雰囲気を醸し出す立炉木を、世夏がたしなめる。


「こんな、邪魔なもの……残して置くわけ……」


 妖が腕を伸ばして破こうとすると、李雨旋が大本を叩きにかかる。


「潜れば視界もないだろう」


 苛立つ様子の妖が腕を岩肌に引っ込めた。唯一露出した顔に付いた眼は、世夏に向けられている。李雨旋には一瞬、その内の一つが世夏の奥を伺ったように見えた。


「憎々しい人間共め。邪魔なやつから片を付けようか」

「世夏、後ろから来るぞ!」


 世夏の見合う妖は、腕を出していないのではなく、本体からは離れた壁から腕を現していた。死角から放たれた腕に反応が遅れる。


「痛っ! 右腕が……」

「そもそも貴様の四肢を壊せば良かったのだ」

「このっ!」


 闇雲に投げたと思われる二投目は、頭二つ分ほど離れた場所を目掛けて飛んでいった。その軌道に入道が当たることは無かったが、四つの眼は術の射程範囲であった。


「四方を照らし、相を剥がせ。みんな、目を瞑って!」


 眩い光が視界を塗り潰す。事前に伝えられていた李雨旋は、怯むことなく妖のいた壁を殴りつけた。


「またも……またも、目が……」

「世夏さん、言うのが遅すぎる……」

「鼻が多い相手には臭いものでも用意するのか?」


 李雨旋は僅かに浮いた声色で、世夏に問う。だが、李雨旋の興味は返事に困る世夏からすぐ師匠へと移った。


「う、動けん……」


 師匠は巨大な羊の姿に戻っている。天井が落ちてくる事は無かったが、体が突っかかり完全に身動きがとれなさそうだ。


「お師匠さん、なぜそのような姿に?」

「この札、周りを照らす術ではなくて、変化を解く術なんで……」

「目眩ましは副産物と」


 六青眼入道の姿は消えていた。しかし、標的があくまで姿をくらましただけというのは、一行の肌で感じる殺気や妖気から十分に承知の上である。


「よくも私の大事な瞳を!」


 突如、側面の壁から明後日の方向に入道の腕が伸びて、反対側の岩に激突した。


「何も見えない状態で闇雲に殴っているのか……」

「師匠、身体を小さくするんだ!」


 いよいよ攻撃を当てるのは難しくなったと世夏は思った。逆に、巨大な的となりうる師匠に急いで声を掛ける。


「誰のせいで大きくなったと……よし!」


 巨大な師匠に隠れて見えなかったが、洞窟の奥には小振りな枯れ木が生えていた。何故今頃気付いたのだろうか、よく見ると六つの実を付けている。


「声を上げるとは馬鹿め!」

「世夏さん!」

「此処に古くからの標を。妖札道破!」


 世夏の攻撃は、自分を狙う節立った腕ではなく、低木に直撃した。すると、六青眼入道は雷のように腕を震わせると、沈黙した。それから再び腕が動くことはなかった。


「その木は一体?」

「もしかしたら本体なのかも」


 世夏の札は、本来の用途通りに隠されし真実を明らかにした。これで、李雨旋の疑問――目に光という、安易な考えから思い付いただけなのでは、との言葉をある程度はぐらかすことが出来るかもしれない。


「最初から本体が隠れてるなら、なんで入道の姿で現れたのでしょうかね」

「人は的がなければ探すが、当たらない的には躍起になるからな」

「妖は爆破される想定はしてないんですかね」

「そいつは自分が埋まる想定もした方がいいぞ」

「確かに……」


 納得する立炉木。何気に師匠と話しているのは珍しいかもしれない。


「未知の妖に遭遇したら、変化を破れというマニュアルでも作ったほうが良さそうだ」

「その度に師匠は建物につっかえるのか」


 そう世夏が呟くと、遠くの方で地響きのような音が聞こえてきた。


「話はここを出てからだ。崩れかけている。いや、もう崩れ始めているかもしれん」

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