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第35話 山道歩き

 遍片剛鬼を滅した翌日、日の出より早く世夏達は出発する。昼には今回の標的である六青眼入道を叩く。剛鬼との戦闘を通じ、世夏と立炉木は実戦の空気を思い起こした。


「準備は出来たか? 前は任せよう」

「一人で討伐する気だった割に弱気だな」

「後ろが前に合わせた方が楽なんだ。師匠さんが俺に合わせてくれるなら問題ないが」


 一行は横並びで話していたのも束の間、山道に入る前に緊張した空気が流れる。


「貴様こそ、私に付いてこれるか――」

「師匠さん、そっちは別の山です!」


 山奥に続く別れ道、右に進む師匠だったが、手前に立てられた標識は大仙墟を左に指している。


「……先頭は立炉木、貴様を命ずる」


 世夏は踏み留まる師匠を見て、ホッと息をつく。危うく山中を巨大な獣が徘徊する所だった。


「そろそろ話しても良いんじゃないのか」

「ああ。今回は遍片鬼の完成体、遍片剛鬼が出てきたが、不審な点が幾つかあった」


 遍片鬼は世夏と立炉木の初依頼の相手だった。木や岩に集まる妖力は、成熟しないうちに霧散させる必要がある。祓う際に反発するそれは、鬼とは付くものの、殆ど本能や反応に近い。


「立炉木、昔の依頼の直後、由来代さんが祓ってたのも遍片剛鬼で合ってるのか?」

「ええ、自立して意思を持つ程に成長してましたからね」

「昔の奴は言葉を理解するどころか、こちらに喋りかけて来たかも」


 世夏が前に会った遍片剛鬼は、明らかに人への敵意を感じた。昨日、李雨旋が仄めかせていた違和感は、相手の自我や言語能力の欠如によるところだった。


「奴らにも当たりハズレがあるのではないか?」


 人語でのやり取りの可否を個体差で括る師匠。妖の価値観では、その辺りは大きいものとも思われてないのだろうか。


「しかし、俺らが祓った遍片剛鬼は妖力だけで見ればかなりの個体だった」

「何が言いたいのだ」

「自然に宿る妖なら、大抵妖力は意思と比例する。それだけ成熟の為に時間を掛けているからな」

「でも、この一帯は遍片鬼の出現報告は無かったです」


 土地師達には、実地調査専門の人員もおり、人里とは程遠い場所の情報も何処からか仕入れてくる。こんな麓の近くで遍片鬼が数ヶ月も放置されたとは考えづらい。


「妖力が高くて魂は未発達、成熟期間もおそらく短い。妖力だけ高いのが謎だな」

「もしかして、誰かが短期間で遍片剛鬼を作ったのかも?」

「そんなことが可能なのか?」


 立炉木は世夏の問いに肩を竦める。ただ言ってみただけなのか、もっと具体的には、他の者――師匠や李雨旋の意見を聞きたかったのかもしれない。


「……昔胡仰藍からそのような禁術を聞いたことがある」

「本当ですか!? 胡仰藍さんが何らかの方法で仕込ん――」

「早まるな。あくまで分かってるのは、胡仰藍がそういう術を知っていたという事実だけだ。しかし」


 とりあえず落ち着けようとする李雨旋の声色も、釣られて不安になる程、浮足立っている。


「この依頼を引き受けた時、胡仰藍は別の用事で晴流傘をしばらく離れると言っていた」

「一昨日老頭の歳星号を借りる時に、胡仰藍とは会いましたね」


 世夏自身、胡仰藍の事が良く分からなくなってきた。しかし、事実不思議なのは突如現れた遍片剛鬼のみである。胡仰藍がいかに胡散臭くても、妖まで使って門下を嵌めるだろうか。


「あいつが何をしていようと関係ないが、大事な仕事があるとか言ってたな」

「そうだっけか?」

「千里庵で願掛けに何かを買っていただろう」


 そう言われると、千里庵の付近で会うときはいつも何かを持っている気がする。考えれば考えるほど気になってしまうが、その為にも早く依頼を終わらせてしまいたい。


「ほら皆さん! どうせ帰るのは明後日以降になるんです、油断してると足元掬われますよ!」

「そうだな……」


 麓からずっと木々に囲まれた山道を歩いている。着実に登っていることは、辿ってきた傾斜からして間違いないが、山頂が見えてこない。立炉木には尾根だ何だと言われたが、要するに始めに高いところに出た後、なだらかな山の背をだらだらと進んでいくらしい。


「ここら辺で一先ず休みたいのですが、李雨旋さんは先に行かれます?」

「合わせるよ」


 立炉木が提案して少しすると、湧き水の流れる場所についた。広場とは言わずも、座って休む程度なら通行の邪魔にはならなそうだ。今のところ大仙墟の山道では人の往来は見かけない。


「ここの水は飲めますが、汲んで一日とか経つようなら捨てといてくださいね」

「分かってるよ、俺だってそこそこ旅はしてたんだし」

「記憶無しに晴流傘まで来たんでしたっけ」

「お前、記憶がなかったのか」

「まあ、言語やお金の使い方とかは覚えてましたけどね」


 ちょっと熱くなった事を反省しつつ、世夏も最近は割と見てなかった反応に返す。


「世夏さんは言ってなかったんですね」

「俺も何故か言ってる気がしてたよ」

「実際ニ回会っただけの関係だからな」

「その割には何か親近感が湧くんですよね」


 世夏は目を細めて李雨旋の姿を凝視する。頭から水を被ったのか、柳のように目元にかかる黒髪が濡れて枝垂れていた。


「記憶がない時の話か? 胡仰藍と会ったことあるのかもな。外にも顔が利くし、俺が付いてくこともあるから」

「その割には胡仰藍さんは知らない不審者としか思いませんでしたよ」

「なんてこった……」


 晴流傘には記憶の手掛かりを探すために来たが、最近は目的を見失っていたのかもしれない。ただ、こんな自分にも部屋を貸してくれる宿があるので、余計に滞在する気が湧いてくるというものだ。


「無駄話はここまで! 行きますよー」

「話のペースは良く分からんな……」


 出発してしまうと、李雨旋はやや距離を開けて後方を維持しており、世夏と立炉木に合わせてくれる安心感があった。

 地道に歩いていると、鬱蒼とした森を抜け、視界が開けた。山頂に着いたのだ。絵に描いた山と違って特別周りが低い感じはなかった。ただ、見晴らしのいい道が一本、長い背骨のように続いている。これが尾根だろうか。


「もうこの道を辿れば着きますが、各自準備は良いですか?」

「相手は洞穴に住んでるんだよな」

「住んでる、というより一体化している、といった感じですね」

「門下によると、岩肌から巨大な青い人の顔が浮き上がるように見えたという」


 青いのって眼じゃないのか、と思った世夏。立炉木の家で見た六青眼入道に色はついていなかったが、とりあえず六つ目の妖であった事に今更ながら安堵した。


「しかし、朝焼けには間に合わなかったか。目的が観光でないとはいえ、惜しいものを見逃した」


 出発する頃には隠れていた太陽が今は遮る木々も無く、頭上から光を注いでいる。今は朝方の空気と陽気が混ざり合い、曇りない心地のいい天気だ。ただ、昼前にもなれば体力を消耗する暑さとなるだろう。


「我々に前を任せたのが失敗だったな! 今回は諦めるといい」

「自信満々に言うなよ……準備は大丈夫だ。ただ、洞窟の前で使う陣を思いついた」


 立炉木からは山折りの紙の背を歩いている最中です、と例えられた。左右を見れば下まで草が生い茂る斜面が広がり爽快な気分になる。前方には線で描いたような道が続いていて、草木とのコントラストが絵になっている。確かに、朝焼けを見たくなる気持ちも分かる。


「李雨旋さんは祓いに道具は使わないんですか?」

「結局使わないことが多くて持ち歩かないな。下手だし」

「得手不得手があるんですか?」

「簡単な術なら別だが、高度になってくるとな。極端な話、由来代の匣術は誰も出来ない」


 会話の流れは胡仰藍の話から、術の話に移っていった。


「ま、自分は簡単な術も使えないですけどね」

「え、再映陣を使ってなかったっけ」

「あれは作れる人が作れば勝手に使えてしまいますから」


 意図せず使えるのも問題になりそうだ。そんなことを思って世夏が歩いていると、細長い標識が立っていた。名前と数字が書いてあるので、山頂看板なのだろう。下り道が深い木々の間に伸びている。手前の木の幹には、赤いペンキのようなもので大きいバツ印が付けられていた。


「ここから最後の道程ですよ」


 一行が洞窟に辿り着くのにそれほど時間は掛からなかった。重なる枝葉で太陽の陽射しは届かないが、涼しくもない。先の見えない入り口からは、湿っぽさと熱気を感じる。あちらの妖にはもう気付かれているのだろうか。

 こちらからは闇が広がっているだけの暗い奥底から、ひょっとしたら目を合わせているのかもしれない。

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