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第34話 相席戦線

「いらっしゃいませ! 三名様ですか?」


 内装は天井が高く、上の方に取り付けられた窓が微かに眩しい。椅子や机の角は削られていて、柔らかい印象を覚える。


「ほう、異国チックだな。ピザとかないか、ピザとか」

「異国と言ったらピザなのか」


 世夏らがたまに通う千里庵では、あらゆる地域の料理が食べられる。中でもピザは、師匠の注文により、必ず卓に並ぶと言っても過言ではなかった。

 人の少ない時間の来客は目立ったのか、入口近くにいた男性が口を挟んできた。


「残念だったが、ここの名物はカレーという名だ」

「わざわざありがとうございます、知らない退治人さん」


 立炉木は完全に知らないようだが、世夏はその男を見たことがあった。


「晴流傘の李雨旋だ。六青眼入道を祓いに来た」

「え……ダブルブッキングですか!?」

「そんなことあるのか?」

「開封屋と退治人の双方が依頼を募集してるとたまにあります。大抵は本部の人が仲介してくれますが」


 考えてみたら立炉木も特別依頼をこなしている訳でもないので、解決策までどうしたら良いのかは分からないだろう。ここは顔見知りである自分の出番かと考えて、世夏が口を開く。


「李雨旋さんはどちらが依頼をこなすか決めに来たんですか?」

「いや。自分以外が受けたことは今知った」


 それじゃあ師匠に話しかけたのは偶然だったのか、と考えている世夏に、硬い口調で李雨旋が話しかけてきた。


「恐らく明日、朝一で祓う。自分で祓いたければ一緒に来ると良い。面倒なら明日も川遊びやらをしてれば良いが」

「貴様だけに報酬は渡さん」

「報酬は好きにしろ。今回は同門の後始末だ」


 確かにこの依頼は一度失敗したものだと聞いている。話の流れから、胡仰藍の一門が祓い損ねたものだろう。

 李雨旋は胡仰藍の門下であり、その実力は世夏も前に見た。どうやら今回の相手は一筋縄では行かないようだ。特別緩んでいた訳ではないが、世夏の気が引き締まる。


「――世夏さん、注文はどうします?」

「あ、うどんでも食べようかな!」


 結局、師匠はカレーを食べてみるらしい。机に注文した品が並び、うどんに混ぜられそうになった時は流石に怒りそうになったが、結局相席にしてもらった李雨旋も横にいるので平静を保つ。


「元々被ったのは本部の落ち度でもあるしな。まさか双方がここまで急ぐとは思わなかったか」

「あれ? 本部の人とは出発する前に会ったような……」


 一昨日の朝、萃梨が個人的に世夏の元へ足を運んでいた。その頃、行き違いで本部には通知が届いていたのだが、世夏がその報告を聞くことはなかった。


「そっちは仲がいいんだな」

「貴様はミスった門下に腹が立ったりしないのか?」

「確かに残念だが、他者に過度な期待は押し付けないようにしている」


 態度のデカい師匠にも丁寧に答えてくれる李雨旋。あまり感情を出す様子は見れないが、だからといって不機嫌な訳ではなさそうだ。


「閉鎖的な集団はもっと失態に厳しいものだと思っていたが」

「怒られただけじゃそいつの限界は越えられないだろ。相手が自分に恐れを抱くだけだ。まーナメた相手には効果的だが、それなら手を出した方が早い」


 世夏が手を口元に添えて、静かに考える。気付かないうちに無礼を働いていないか心配だったのだ。


「もしかして、師匠にも手を?」

「そんな見境なくはないぞ」


 李雨旋は、少し怯える世夏を見ながら、何か思い出しているようだ。


「そうだ、最初に依頼を受けてたのは王だな。この前少し話をしてなかったか?」


 世夏は名前は覚えてないが、よく分からない門下に絡まれたのを思い出した。


「あの若い人ですか、自分は割と苦手ですけど……」

「そうか……まあ、今の晴流傘は比較的若い祓いが多いんだ。胡仰藍も、詠姉妹もな」


 何かが李雨旋の琴線に触れたのか、ぽつぽつと話を続ける李雨旋。


「今の晴流傘は活気に溢れている。ここ一帯では祓いが最も活躍している街と言っても良い。胡仰藍を始め、みな街の誇りであり、妖も見えない人と共存するあの街を誇っている」


 胡仰藍にも愛郷心があるのは世夏には意外だった。最近は妖を使った物流に興味が向いているようだが、祓いと並行して取り仕切る感情の源泉が何処にあるか、世夏には分からない。


「逆に言えば、一般人を見下す古い祓いは大方別の街へと移っていった。今いるのは、独立する実力もない取り巻きくらいだ」

「人間社会の忠誠心は、年季が入る程無下には扱えないのだろ? 面倒くさい」


 今回の世夏は、師匠の失礼な物言いはあまり気にならなかった。それ以前に、今の言葉が酒気を帯びていたからだ。


「師匠! いつの間に酒を頼んだんだ!」

「どーせ明日だろ? お前も飲むとよい」

「嫌だよ」


 二人のやり取りを眺めていた李雨旋が、ふと顔を曇らせる。


「しかし、最近の胡仰藍は少し分からない所がある。女の子を保護したりな」

「え、銀髪の子を捕まえたんですか?」

「おい、声が大きい。人さらいに間違われたら面倒だろ」


 やっていることは人さらいそのものだが、世夏も目的は知らないままだった。胡仰藍の平時の振る舞いから、特別事を急いでるようには見えなかったが、一体何をする気なのだろう。


「――外で飲む酒は美味いな! 一人でも満足だ」

「逆にみんなで飲む意味はあるのか?」

「当然だ」

「大ありだよ」

「なんで李雨旋さんも……」


 世夏の言葉に二人が口を揃えて返す。師匠はいつも一人で飲んでいるし、由来代だって前に一人だけ酒を頼んでいた。そう言うなら日頃から飲まないでくれよ、そう思ったが口には出さない。


「ともかく、祓いか見えぬ者か、どちらかが他を排斥することは珍しくない。自分のいる地について見聞を深めよ、というのは説教臭いか」


 突然、貸切状態だった店の戸が勢いよく開かれる。これから賑わって行くのだろうかとも世夏は考えたが、聞こえてきたのは和やかな来客とは程遠い、切羽詰まった声だった。


「ここに祓いは居るか! あいつを何とかしてくれ!」

「妖か? 行くぞ、師匠!」

「う……食べ飲み過ぎた……」


 世夏が表に出ると、側を流れる川の対岸に人影が見えた。既に宿舎のある下流を見ると、野次馬が集まり始めていた。

 祓いの気配を感じたのか、単に目に止まったのか。その妖が川辺の砂利を踏みしめ、此方へと歩を進める。


「世夏、援護を頼めるか?」

「分かりました!」

「世夏さん、あれは……遍片剛鬼です。おかしいですよ、ここ一帯で目立った遍片鬼の情報は無かったのに」


 最後に出てきた立炉木が、妖を見て震えた声を漏らす。


「来るぞ!」


 並の大人より頭一つ抜けている妖。露出する四肢は赤黒い。顔面は岩の表面に刻まれたように、真っ黒な目玉が二つ覗いているが、接近して最も恐怖を覚えるのは口から飛び出した牙だろうか。

 そんな頭部に、李雨旋の拳がめり込んだ。けして低くない打点に殴り掛かったため、わずかに遍片剛鬼の足が地面から離れた。


「う、腕大丈夫ですか!?」

「安心しろ、相手が動かなくなるまで潰す」


 世夏が心配する間にも、手をついて倒れ込む遍片剛鬼に駆け寄る李雨旋。再び頭部に横蹴りを繰り出すが、今度は相手も腕で受け止める。


「速いな!」


 咄嗟に足を引こうとする李雨旋だが、重い一撃に掛けた遅れで足首を掴まれる。


「此処に古くからの標を示す。我を通じて道を開け」


 二人の戦いに札の放つ光が割って入る。李雨旋は足を掴まれたまま、もう片方で地面を踏み出し宙に跳ねた。間髪入れず、踏み出した足で相手を蹴りつけ、掴む腕を引き剥がす。世夏の妖札道破と共に李雨旋の渾身の打撃を入れられ、遍片剛鬼がシューシューとくぐもった音を発する。


「立炉木、師匠を連れて宿に戻るんだ」

「二人で大丈夫ですか!?」

「酔っ払いは最終手段だ。李雨旋さんの攻撃も効いてはいるはずだし」


 李雨旋は遍片剛鬼と殴り合いつつも、強力な一撃は世夏の攻撃に合わせてくれているようだ。

 二回三回と合わせ技をぶつけていくと、徐々に、世夏にも遍片剛鬼の意識が向けられ始めたのを感じた。


「こいつ、喋れないのか?」

「気を緩めるなよ!」


 標的を変えた遍片剛鬼は、その巨体をバネのようにしならせて世夏の元に飛び込んで来た。咄嗟に、世夏は懐から取り出した紙を、目の前に広げた。


「動きが止まった……?」

「再映陣は障壁を現す。身体の大部分を跨いで出現させれば、その大部分は身動きが取れなくなります」


 いつも地面に描く陣術を、あらかじめ紙に写していた世夏。決めた姿勢に反応して作動する術だが、今の世夏の状況はある意味作った時の想定通りだったのだ。

 世夏の二、三歩手前で引くも押すも出来なくなった遍片剛鬼に李雨旋が追いついた。


「何か思い残したことはあるか?」


 李雨旋の問いかけに、やはり口を歪めて隙間風のような音をたて、不快感を表す。


「やっぱり会話は通じないみたいだ……」

「そうらしいな」


 李雨旋が、遍片剛鬼と同じく身動きを取れない世夏の懐に手を突っ込む。


「ひゃっ、何するんですか!」

「動くなよ。一枚くらいあるだろ」


 くじを引くように世夏の服にしまっていた札を一枚引き抜いた。改良を加える前の妖札道破である。加減は効かない上に連発は出来ないが、自身の持つ妖力を最大限発揮して撃ち出す事が可能である。


「あばよ」


 李雨旋は遍片剛鬼の額に札を押しつけて、唱える。


「此処に古くからの標を示す。我を通じて道を開け」


 昼下り、麗らかな山麓の川辺に一際大きな光が溢れ、一匹の妖が祓われた。


「世夏さん、無事でしたか!?」

「さっきの土地師か?」

「立炉木、来たのか」


 声を掛けられ、振り向いた二人は目を丸くした。下流から掛けてくる立炉木は、歳星号に跨がっていたからだ。


「なぜ老頭を連れている……?」

「胡仰藍さんに借りてきました」

「そうか……まあいい、明日の朝に詳しく聞きたいことがある。妖力がすっかり空だ」


 一足先に道を下っていく李雨旋。彼が気にすることはなさそうだが、真後ろを付いていくのは気まずいので、世夏と立炉木は理由なく足を止めて辺りを見回す。川の下流では、脅威が去って川遊びをする人々が見えた。


「なんだ……少し遊んで今日はゆっくり休もうか」

「そうですね、自分まで疲れちゃいましたが、世夏さんもいきなりご苦労さまでした」


 当初の目標にならって二人と一匹は川でひとしきり遊んだ後、宿泊の受付を済ませた小屋で、早めに就寝した。

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