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第33話 大仙墟南麗

 晴流傘を立った翌朝、世夏は硬い床の上で起きる。正確には、何回か目は覚めたが、ついさっき空が白み、わずかに明かりが見えたので、寝ていることをやめた。


「起きたか?」

「久し振りだと寝床の悪さが際立つな」


 師匠は上体を起こすが、寝惚け眼どころか目を閉じたままだ。立炉木はというと、ダイイングメッセージのように指先を動かし、コツコツと床を叩いている。


「立炉木、それは何だ……」

「もうすぐ起きるけど、ちょっと時間がかかる、らしい」

「師匠は何で分かるんだ」


 立炉木の行動が師匠の言う通りなら、放っておけば起きてくる筈だ。身体を動かすべく世夏は廃屋を出た。


「よ、歳星号。縄が解けてる……寝るとき邪魔だったのか。よし、立炉木が来るまでに馬具を付けておこう」


 世夏は荷物と共に外した馬具を手に取ろうとすると、歳星号に鼻で体を突っつかれた。手を止め、茶色い身体にアクセントのように生えている、真っ白なたてがみを撫でる。


「何だろう。俺の匂いを嗅ぎたかったのか?」

「毛並みと足裏を整えて欲しいらしい」

「そっか……」


 遅れてきた師匠が歳星号の代わりに答えてくれた。推測は外れたが、期待には応えてあげよう。世夏は、馬具の前にブラシを取り出す。


「おはようございます。世夏さん、意外と朝強いですね」

「眠りが浅かっただけだよ」


 少しして、立炉木が起きてくる。世夏は歳星号の毛並みを整え、蹄の手入れについて考えていた所だった。


「何をしてるんですか?」

「歳星号の手入れをね。丁度良いし、ちょっと歳星号の足を上げといてくれないか?」

「別に良いですよ」


 立炉木と二人で綺麗にしていく。もちろん踏まれたり蹴られたりしないようには気を付けるが、従鬼にしても自分より大きい生物の足元に入るのは緊張する。


「毛並みを整え、足裏も掃除した。飯を食べたら馬具をつけて出発ですね!」

「また前は任せるよ」


 数十分後、荷物を纏めて廃寺を経つ。


「今日の昼には麓に着くと思いますよ。麓から目的地に行って帰るので数時間は掛かるので、今日の昼過ぎからは川遊びですかね」

「それじゃあ遊ぶ立炉木でも見てようかな」

「一緒に入ってくださいよ」

「筋肉痛がちょっと」


 昨日は特別力んでいた記憶は無いが、今日は痛みが力んでいる箇所を教えてくれる。


「師匠や立炉木は痛まないのか?」

「妖がそんなことに苦しむ訳ないだろう」

「自分も特には」

「そっか……二日酔いって筋肉痛よりキツいんだな」

「私とて限界まで身体を追い込めば筋肉痛にはなるだろう。二日酔いはそのようなものだ」


 自分の日銭でそこまで追求してほしくはないが、立炉木までもが平気そうなのがショックだ。自分と同じタイプだと思っていたのに、野外には強いらしい。

 世夏が考えていると、歳星号がくぐもった声で鳴く。


「む……この速さで昼頃なら、もっと急げると歳星号が言っているぞ」

「本当か? 一回急いでみてくれないか?」


 歳星号が加速する。一瞬上半身が置いていかれたように錯覚し、無意識に腹部に力を込める。肌で感じる程にペースが変わるとは思ってなかったので驚いた。


「この調子なら昼前には着きますね。麓には登山者の為の食事処がありますし、今日はそこで食べますか?」

「こういうのは最後の方に食べるから美味しくなるんだ」

「じゃあ世夏さんは川に置いてって師匠と食べますね」

「何食べようか。川が近いなら無難に魚料理かな」

「切り替えが早すぎる」


 生魚があるのなら歳星号も食べるかもしれない。老頭という妖の生態は分からないが、こんなことなら立炉木の家に立ち寄った時に一緒に調べておけば良かった。


「木々が繁ってきたな」

「麓までずっとこんな感じですね」


 自然に囲まれた地で、時折浴びる日差しが暖かい。ここまでは至って穏やかな旅だ。朝方は眠り足りなかったのも大きいが、目的地に着いて一段落したら、昼寝でもしてしまおうか。


「もうすぐ着きますよ」

「あ、ありがとう」


 歳星号に揺さぶられ、うつらうつらとしていた中で意識が外に向く。耳を澄ませば川の流れも聞こえてきた。一度音を拾うと、寧ろ今まで気付かなかった自分にびっくりである。


「今度の中継地点は割と人がいるな……」


 木々の茂る道を抜けて、開けた空間に出る。何人かはこちらを見ているが、気にせず自分のしたいことを優先している者が大半である。


「歳星号が目立つな。とりあえず降りるか。お疲れ様」

「この規模なら馬を留める場所があるかもしれません。宿の手配をするので、世夏さんは歳星号を連れてってください」


 旅になって立炉木に任せすぎている気がしないでもないが、今は周囲の観察である。立炉木が向かっていた方には木製の小屋がある。と言っても、二階建てで世夏の借りている宿のようだ。道中に泊まった寺とは違い、土地の管理者がいるのだろうか。


「世夏、こっちに馬小屋みたいな建物があるぞ」

「本当か?」


 師匠の見つけた建物は、胡仰藍邸にあったものと類似していた。しかし、明確に内外の区別も無く、近付いてみると他の馬は一、二頭程しか繋がれていない。


「貴様、何をしている!」

「え、俺か?」


 馬小屋を眺めていると、しわがれた声で呼び止められた。


「む? 馬を連れているな。従者か。失礼、目を離した隙に馬泥棒が来たのかと思ってな」

「本当に失礼な、俺は従者じゃないです」


 声の主は壮年の男性で、体躯は世夏とさほど変わらない。しかし、その顔はハゲタカやフクロウのような猛禽類を彷彿とさせる。直視すると、何だか気圧されてしまう。


「ほう。それは……まあまあだな」

「ここの馬小屋は自由に使っていいんですか?」

「そうだな、基本的に自由だ。しかし、責任者がいる訳でもないから見張りを置くことが多いのだ」


 口籠る男性にすかさず質問する。世夏に負い目を感じているのかは分からないが、丁寧に応えてくれた。


「見張り、かあ」

「歳星号を普通の馬と同じ目で見るのは間違いだろう」

「まあ使える場所は見つけたし、荷物を外してまた来よう。一旦失礼します」


 立炉木の向かった小屋の方へ向かうと、にわかに賑わっている様子が確認できた。戸は開放されており、数人が窓口のような所にたむろしている。その中には立炉木もいた。


「立炉木、どうだった? こっちは見つけてきたけど」

「良かったですね。今日はこの建物に泊まりです。部屋を借りたので荷物を入れておきましょう」


 とりあえず荷物は部屋に、身軽になった歳星号は馬小屋に送り、宿の前で一息つく。


「食事は別の山荘で取れるらしいですよ」

「行ってみるか!」


 川沿いの方に木造がぽつんと建っている。さっきは眠かったが、いざ目にするとやる気も出てくる。午後は何をして過ごそうか。


「何食べようかなー。川沿いなら麺類にでもしようか」

「千里庵は川沿いじゃないだろ」

「川沿いじゃなくても麺は食うんだよ」

「そうか……」

「はいはい、とりあえず入りますよー」


 晴天の下、立炉木が焦げ茶色の戸を引いた。

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