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第32話 籠隠の廃寺

「荷物を持ってくれるだけでも楽でいいですね。歳星号、感謝してますよ」


 立炉木が歳星号の頭を撫で回す。茶色い毛並みに一際目立つ白のたてがみがくしゃくしゃになった。


「立炉木って動……生き物を愛でるのが好きなのか?」

「花鳥風月は土地師をしていれば身近に感じる所ですからね。さて、宿に行きますよ」


 早くも立炉木が舵を取る。友人の宿に率先して歩いて行く姿は、胡仰藍と師匠が問答しつつ歩いてきたときとは対照的だ。


「そろそろ着きます?」

「そこの赤い屋根の建物だよ」


 長旅用の荷物を取りに、宿に帰ってきた世夏達。歳星号は流石に入れないので、外で待機を命じて戸を跨ぐ。


「あら? どこかで見たことある人がいますね」


 宿に入って受付まで行くと、珍しく先客があった。


「えーと、萃梨さん? でしたっけ。今日はどうしました?」


 彼には先日依頼を受ける時に出会った。開封屋本部で受付をしている都合上、割と顔は広いのかもしれない。立炉木の初依頼も、彼が立ち会ってくれた。今日は、やや口うるさい後輩はいないらしい。


「君の部屋を精査する! ……訳でもなく、一応警告でもしておこうかと。ああ、そんなに身構えないで良い。むしろ気楽に聞いてほしい」


 世夏らの焦った顔に、なるべく萃梨は警戒されないように言葉を選ぶ。彼の立場上、捜査や検挙でもされるのかと思う人は多いのだ。


「本部から人を寄越して身構えるな、か。不意打ちは効かないと思えよ?」


 珍しい来客に師匠が臨戦態勢を取っている。萃梨は自分の後輩程ではないが、やや気難しい従鬼がいるのを思い出した。ついでにあと少し経てば、その新たな従鬼に驚くことになる。


「二人が受けた六青眼入道の依頼、一度退治人が打ち漏らした妖らしくてな。再掲載された物だったから、一応報告しに来たんだ。だから、生きて帰るんだぞ。絶対だからな」


 依頼には時折祓うことに失敗した妖が再び並ぶ事がある。それは自己申告や、熟練の土地師による一帯の調査等で明らかになることが多く、そのような妖は総じて力も強い。本音を言えば、萃梨は今回の世夏を引き留めたかった。それは自分の領分を越えている。

 しかし、真剣な表情を浮かべる萃梨と比べると、世夏は楽観的だった。


「今回の依頼が終わったら、本部に顔を出します。にしても、退治人の仕事が回ってくる事もあるんですね」

「物によっては両者から募る場合もある。立炉木は理由がわかるか?」

「本件は行動範囲が極端に制限されている妖だからですかね」

「よし」

「出発前に良いことを聞けたな、師匠!」

「もう出るのか……?」


 萃梨はこの間依頼を受けたばかりだよな、と思ったが、荷物を取りに行く世夏達。普段こういう冗談は言わないので、本当なのだろうと確信する。


「萃梨さん、用件は終わりましたか?」

「え? ああ。そっちも元気でな」


 受付で世夏の不在を伝えられていたが、丁度出会えたので言伝の必要はなくなった。萃梨は業務半ばで抜け出して来たので、少し名残惜しい気持ちを抱きながらも宿を後にする。


「邪魔しまし……何だこれ! 馬ぁ!?」



「世夏、悲鳴のようなものが聞こえなかったか?」

「こんな真昼に街中で悲鳴? それは治安が悪すぎるだろ」


 若手の祓いに翻弄させられる萃梨を他所に、世夏は用意しておいた荷物を持って、最後に部屋を見渡す。


「そうだな。行くか、世夏よ」


 部屋を出て、ふっと息を吐き、鍵を閉める。階段をおり、玄関を開くと、やけに機嫌の良い歳星号に迎えられた。


「なんか興奮してないか?」

「こいつも久々に敷地の外に出たのかもしれんな」


 挨拶のように歳星号の頭を撫でると、胴体の横に荷物を取り付ける。特別不満げな様子は無いが、心なしか視線を感じた世夏だった。彼の従鬼とはいえ、本人もまだ分からないことも多い。


「今日から沢山歩くぞ、歳星号」


 やや日の傾いた晴流傘を歩く一行。萃梨を驚かせた老頭も、往来の中だとそこまで気にする人は居なかった。


「よし、乗ってみよう」

「待ってください」


 東門を跨ぎ、いよいよと言う所で立炉木が待ったをかける。


「自分が案内をする都合上、前に乗りたいのですが」

「別に良いけど」


 世夏が後ろ、立炉木がマスコット化した師匠を抱えて前に座る。自分が後ろでも風景が見えなくなることは無い。逆に言えば、胡仰藍邸では立炉木の視界の大部分は背中だけだったのかもしれない。

 ふと、世夏は疑問を口に出す。


「お前、師匠を触りたいだけじゃないか?」

「なんと!」

「まあ、ついでに触っときましょうかね」

「ついでとは何だ」

「歳星号、出発しよう」


 長くなる前に歳星号を走らせる。人の歩きよりは早い程度、妖獣にとっての歩きの感覚なのだろうか。いつもより視点が高ければ、郊外に受ける印象も少し違う。いよいよ出発した。武者震いではないが、遠出の始まりは心臓の下の辺りがそわそわとする。


「今日はどこまで行くんだ?」

「明日麓に着けるように、籠隠まで行きます。打ち捨てられた寺に泊まれた気がします。多分」

「泊まれなかったら?」

「野宿です」


 立炉木のきっぱりとした口調に、それは嫌だという話に続いて、他愛ない会話をしながら道に沿って進んでいく。途中で懐かしい場所も通る。立炉木と初めて依頼をこなした日、昼に食事を摂った岩場だった。


「あ、この場所……止まらないのか」

「もし擦れて痛いとかあったら言ってください」

「やっぱり立炉木はしっかりしてるな」


 以前と違い、今回は太陽も傾いてきている。空は赤いが、出発した時刻を踏まえれば幾分か早い。

 歳星号は晴流傘を出た時から相も変わらずとことこと歩き続ける。体を揺られて数時間、岩場から木々も目立つようになってきた。このまま日も暮れそうだと思う頃合いで立炉木が口を開いた。


「そろそろ着きそうです。今は見辛いですが、前方に湖がありますよ」

「ああ、ありがとう」


 いよいよ空の暗さから、瓦礫や草木が輪郭程度しか辿れなくなってきた。徒歩とはまた違う疲労と目的の見えない焦りから解放される事に、世夏は安堵した。


「そういえば、歳星号はどうすれば良いんでしょうね」

「本人に聞いて見るか?」

「歳星号はこっちの言葉を理解してそうですし、きっとバフッかボフッていう回答が返ってきますね」

「師匠に解読してもらおう!」


 師匠が歳星号と喋っているのは見たことがないが、恐らく会話は出来るだろうと踏んでいる世夏。

 もう少し進んでいると、開けた場所に建物がちらほらと目につく。


「師匠、今の歳星号はなんて言っている?」

「……右の荷物が取れそう」

「ホントに分かるんだ」

「右って俺の荷物だ。歳星号、止まってくれ」

「ここならもう歩いていけそうですね」


 地面に立つと、足元がごろごろした岩場であることに気付いた。


「歳星号、体調は平気なのか?」

「まかせろ、だと」


 師匠を通じて会話が行われる。右に回った世夏は、荷物が外れかけて緩くなっている器具を調整した。


「よし、これでいいか」

「自分で、持てば?」

「いや、ごめん」


 意思疎通が出来るようになった途端、色々な事に気付かされる。


「いや、勘違いだ」

「何がだ、歳星号」

「今のは私の言葉だ」

「何がだ、師匠」


 立炉木は使える建物がないか探しに行った。今いるのは世夏と従鬼がニ体である。


「休むなら持ってった方が良いだろう。特に気にするな。ということらしい」

「なるほど」


 特に気にするな、とは師匠の言葉なのか歳星号のかはよく分からない。それを抜いても、案外こちらの事情を考えていることに世夏は驚いた。


「世夏さん、あっちの小屋が使えそうです!」

「探してくれてありがとう。今行く」


 気付けば辺りはすっかり暗い。足元も注意はするが、目視で確認出来ない程だ。声の方に近付くと、小屋が一つ立っていた。


「歳星号は木に繋いでおくぞ」

「ふむ、構わないらしい」


 履物を脱いで、夜食の準備をする。とはいっても携帯食なので、荷物の中から取り出すだけである。持ってきたものなのか、行灯を立炉木が用意した。立炉木が火を起こす前に、師匠がすかさず火を吐き、明かりが灯る。見た目は羊のぬいぐるみだが、やっていることは小さい怪獣のようだ。


「飯だぞ、師匠」

「待ちくたびれたぞ」


 どうやら食事を取る時は子供の姿に戻るらしい。逆に、火が吐けないから姿を保っていたのだろうか。僅かに飛んで、いつもの姿に戻った師匠。その着地で床が軋んだ。ふと世夏は、師匠の食生活を回想する。


「なにはともあれ一日目、師匠も立炉木もお疲れさま!」

「お疲れさまです」


 久し振りの長旅は、食事を取った後、そのまま転がり込むよう床についた。

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