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第31話 歳星

「この子に人は乗れるのかな?」

「問題ないと思います」

「よし、この扉は開いても大丈夫ですか?」

「まずは軽い命令でも下してみては?」


 胡仰藍が言うことを聞くかどうか調べる為にも、指示を出して様子を見ることを提案する。数多くの従鬼を使役しているだけあり、扱い方を心得ている。

 世夏は自らの従えた妖、名もない老頭を凝視して命令を考える。


「良い感じの……お手、はまあまあ危ないか。じゃあ、伏せ!」


 人を乗せるなら伏せてくれれば便利そうだと思った世夏、ついでに生物的に伏せられるのかは気になる所だった。


「行けるのか?」


 世夏に命じられた老頭は、脚を畳んで身を低く構える。背はなだらかな滑り台のような曲線を描いており、素人目には大人二人程度なら余裕で載せられそうにも見える。何ならこちらを伺う老頭の視線が、俺に乗れと囁いているような気もしないでもない。


「伏せてますね。これって主以外の言葉でも大丈夫なんですかね」

「気性は穏やかそうですから、まあこの子の気分次第ですよ」


 従鬼と主人の様子を観察していた胡仰藍がゲートに手を掛ける。ひとまず危険はないと判断したらしい。


「世夏さんは老頭に名前でも付けておいてください」


 部屋を開けた胡仰藍は、そう言い残すとどこかに歩いていった。


「名前……歳星で良いか。みんなに歳星号と呼んでもらうんだぞ」

「早すぎでしょ」


 立炉木が思わず呟いた。名付けられた本人が理解出来たのか定かでないが、世夏の言葉に答えるように嘶いた。


「適当に決めたな。ま、私がいる時点でこいつはおまけだが」

「じゃあ師匠が俺らを運んでくれよ」

「それは違う」


 今の師匠はぬいぐるみ大くらいのサイズなので、流石に乗ったら潰れてしまいそうだ。本来の姿なら人二人くらい何てことなさそうだが、それは駄目らしい。


「師匠が隣星って名前だし、なら後輩のこいつは――痛っ! 頭突きをするな、歳星号」

「自分で付けた名前を呼ばぬから怒っておるのだ」


 世夏の言葉で歳星号は攻撃を止めた。構われたくてじゃれついたのか、師匠の言う通り名前を呼ばれなかったのが不満だったのかは定かでない。


「待たせましたね。その老頭に色々付けてみましょう」

「さっき歳星号って名前にしました」


 胡仰藍は馬具のようなものを持ってきたようだ。鞍やそれを固定するもの、籠のようなもの。それぞれがどう機能するのかは分からないが、恐らく今の世夏にしてみれば大変ありがたい。


「これくれるんですか!」

「んー、貸しで」

「どうやってつけるんですか?」

「一緒に付けてみましょうか」


 具合は分からないが、流石に誘われて断れる訳もない。なんとなく胡仰藍に先導されるまま進める。


「朝一に担当が蹄や毛並みは綺麗にしてくれてる筈なので、鞍でも乗せますか。まずは見ててください」


 胡仰藍が薄い座布団のようなものを、ぽいぽい背中に置いていく。作業の脇では、師匠が立炉木に両腕で抱えられている。この妖、すっかり室内飼いに慣れてしまったらしい。


「従鬼ならある程度の命令は理解できると思いますが、頭と手綱を繋ぐ頭絡を付けます」


 胡仰藍が説明しつつ、頭に紐のようなものを取り付けようとする。が、中々首を横に振ったり顔を背けたりと上手くいかない。まるで虫が飛んでいるのを嫌がるような態度だった。


「何をしておる、さっさと我々に楽をさせよ」

「世夏、師匠に頭絡を付けても?」

「多分付けても言うことは聞きません!」

「困りましたね、じゃあ世夏くんにお願いしましょうか」

「自分に付けるんですか!?」

「いや、自分で付けてください」


 いくら慣れてないとはいえ、歳星号は世夏の従鬼である。勝手に胡仰藍が全部やってくれると思ってしまった気持ちと、少し考えれば分かりそうな勘違いが、世夏の身体を熱くさせる。


「わ、分かりました?」


 恐らく頭絡と呼ばれる装備を付ける必要があるのだろう。胡仰藍から受け取って、顔の前に持っていく。嫌そうではあるが、それでも大人しくしてくれているのは、自分が主人であるからだろうか。


「良いですね、後は荷物用の鞍を付けましょう」


 まだまだ付けるのかと世夏が思ったのも束の間、これで最後だと胡仰藍から補足が入る。ついでに、最後の仕上げも胡仰藍の指示を受けて世夏が進める。やはり主人の言うことの方が聞いてくれるらしい。

 やがて諸々を付け終わると、いよいよ歳星号が様になる立ち姿になった。彼も終わったのを察してか、顔を擦り寄せるようにして甘えてくる。


「よしよし、なんか乗れそうな気がしてきた。今日はありがとうございました、胡仰藍さん! 行こう、立炉木!」

「それほどでも……え? そのまま行くのですか?」

「珍しくまともに世話になったぞ。さらばだ」


 晴流傘の中でも馬を連れている人はたまに見かけるので、恐らく問題はない筈だ。老頭は馬では無いが、一見するとそこまで違いがあるものでもない。

 世夏は厩舎を出ると、今度は自ら伏せの姿勢を取っている歳星号を跨いだ。上体を起こされると、思ったより視点は高く、目立ちすぎやしないかと心配になった。


「俺も乗ってみたいです」

「まずは腕の中に収まっている師匠を渡して貰おうか……ありがとう。歳星号にも一応聞いてみよう。歳星号、まだ行けそうか? っておい、それはやめるんだ!」


 余裕綽々といった風に、歳星号が立ち上がろうとするのを制する世夏。座していた背中が壁のように傾くのは心臓に悪い。


「世夏さん、大丈夫ですか?」

「なんとか……さあ、立炉木も乗ってみろよ」


 世夏の後ろに立炉木が上がる。それと共に、胴に回された腕で締められるのを感じた。


「うわっ! 驚いた……」

「何かには掴まらせてください」


 歳星号の上に乗った二人と一匹。ここまでは完璧である。ただ、前に進むこともせず、胡仰藍邸の庭で立ち尽くす一行。徐々に何をしているのかと全員が思い始める。


「あ、歩くんだ、歳星号」


 世夏の命令を受け、ようやく今回の目的が達成される。そう思い、胡仰藍邸を出ようとしたのも束の間だった。


「歳星号、止まれ! 一旦停止!」


 門をくぐろうとした歳星号に、世夏が慌てて声をかけてやめさせる。正門は妖一匹を通すのに不自由な狭さではないが、上に人が乗っていたら話は別である。身を屈めば通れなくも無さそうだが、初めての恐怖心から思わず待ったをかけたのだった。


「立炉木、ここからは一旦降りよう。街中じゃやっぱり目立ちそうだし。歳星号、慣れないかもしれないけど、自分の上にも気にかけてくれると助かる」

「分かりました」

「ん? 歩くのか? 面倒くさいな……私だけ乗っていようか」

「師匠はまず人の姿に戻れ」


 移動手段として歳星号が旅に付いてくる事になった。まだ世夏には分からない所も多いが、そんな相棒にもなんだか悪い気はしない。

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