第30話 世夏の計画
今回の依頼は世夏の思うより遥かに長旅らしい。この街に着いてから、当分は無いとふんでいただけにショックも大きい。というか、単純にしんどいし辛い。何とかならないかと色々と考えを巡らせる。
「馬車とかなんかないか?」
「お金がちょっと……」
「荷物を置くために馬だけでも!」
「恐らく山道が厳しいかと。麓に預けるにしても、何かあったら費用が嵩みますしね」
「山か……」
世夏が深妙な顔で考え込んでいると、師匠が口を開いた。
「馬はいないが妖はいるだろう」
「師匠に乗ってもいいのか?」
「んなわけあるか! 胡仰藍のとこの厩舎の奴だ」
「ああ、あいつか」
「あいつってなんなんです?」
「あろうことか名付けをサボった従鬼だ」
師匠の言う通り、胡仰藍の披露宴とやらに巻き込まれて、一体の妖を従属させた世夏。確かに名前を付けた覚えは無い。
「俺らを乗せるには十分だったりしないかな」
「ま、荷物を持っててもらえるだけでも大分助かりそうですね」
「叔父に明日出るって言ってたけど、昼前に集合して一緒に行ってみないか? 駄目だったらそのまま出発しよう」
出発前日、とりあえず一度お開きとなった。翌日は世夏は最低限の荷造りを行い、手ぶらで待ち合わせ場所の千里庵の前へと向かう。
「俺たち追い出されたりしないかな……」
「二通りの可能性があるな。一つ、屋敷の前を通りかかると奴が何処からか姿を現す。二つ、奴の従鬼が出迎えてくる。まあ、従鬼には顔も知られているし、奴より話が分かると考えればどっちでもいいだろう」
「残念、出る場所を特定されないからこその神出鬼没ですよ」
世夏と師匠に長身の影がかかる。世夏が驚いてその場から飛び退くと、声の主は機嫌良さそうにひらひらと手を振っていた。
「うわ、こんな所にまで!」
「大通りすら歩けない程の罪はまだ犯してませんよ。初めて会ったのもこの店の前でしたね」
世夏も最初は気付かなかったが、胡仰藍は左手に紫色の角ばった包みを持っている。食べ物でも買っていたのだろうか。初対面の時を思い出した。
「心眼焼きでしたっけ? あれでも入ってるんですか?」
「昔の戯言をよく覚えてますね。そうです、白身を焼いたものですよ」
「貴様が初対面で冗談を言える奴だったとは、今になっても驚きだな」
我慢できなくなったのか、師匠が口を挟んだ。一発目から喧嘩腰だが、胡仰藍は親戚の子に接するように優しげではあるが、どこか無機質な口調で返す。
「墓前に添えるんですよ。特に、大事な仕事の前なんかね」
供え物の包みの結び目からは、落雷のように畳まれた和紙が顔を覗かせている。お互い紙術を使う間柄であるからか、無意識に少し背伸びして覗こうとしている世夏に胡仰藍が苦笑する。
「やれやれ、まだ子供ですね。妖だったら私が躾けて差し上げるのに」
「大神ですね! 屋敷が広いとやっぱり風化したものから徐々に張り替えて行くんです?」
世夏は共通の話題を話せることが嬉しいのか、胡仰藍の話もそこそこに聞き返す。しかし、相手の顔が一瞬曇ったことに気付いた。
「あれ、間違えましたかね……」
「マナー的には最初から間違えてますが、別に言い間違えてはいませんよ。一般的には紙垂と呼びますけどね」
「それなら良かったです」
「世夏、お待たせ! あれ、胡仰藍さんの屋敷に直行する流れですか?」
立炉木が植物で編んだ箱のような荷物入れを持ち、待ち合わせ場所に到着した。数日遠出する為の道具が入っているだけあり、見た目からも中身を詰めに詰めたことが伺える。もちろん、世夏の宿に置いていけるならそれに越したことは無かった。
「ああ、ご友人と私の屋敷を訪問する気だったのですか」
「立炉木です、世夏とは前にも依頼を受けた事があります……よろしくお願いします」
「胡仰藍です。呪術士で退治人をしています」
「そんな、晴流傘で知らない人いませんよ」
「世夏の連れなら簡単にでも自己紹介したほうが良いかと思いまして」
「俺の知り合いなら大丈夫です!」
「ありがとうございます! 変なことしないか緊張するー!」
胡仰藍を知らなかった世夏への皮肉と、世夏の立炉木への信頼、そして立炉木が感じた胡仰藍の世夏に対する評価の全てが空回って、師匠は溜め息をついた。
「行きまで貴様と一緒か。こんなことなら宿で寝ていれば良かったわ」
「これが普段室内飼いの妖ってやつですね」
晴流傘の大通りは四人並んでも行き交いに不都合が起こることはない。しかし、師匠はそんな気も知らずに先頭を行く。世夏も立炉木も、口数は昨日ほど多くはなかった。
「そう言えば宿に不思議な温泉があるんですが、今度胡仰藍さんはどうですか?」
場の空気を和ませようと、世夏は軽い雑談を振ってみた。実際は不思議というよりは幽霊疑惑なのだが。
「温泉ですか……昔、酷くのぼせてしまった事があって、苦手意識があるんですよ」
「お前も人の子なのだな」
「お師匠さんは判断基準が独特ですね」
特に好感度が上がることは無かったが、世夏にしても興味深い話を聞けた。師匠が言うほどではないが、なんとなく苦手なものなんて無いのだろうと思っていたからだ。改めて、もっと会話が弾むような種を探し、世夏は一人頭を悩ませる。
「あー、失礼します」
世夏の横、胡仰藍の懐の隙間から、紙人形がすり抜けて来るのが目に映る。
「んぐっ!」
「分かっているかと思いますが、こんな下らない事を記事にしないで欲しいのですけど」
紙が後方に飛んで行ったのを目で追い掛けると、知らない人物の顔に直撃したのが見えて、思わず世夏は胡仰藍の方を振り向いた。
「あれは、何ていうんですかね……新聞記者? まあ、他人に嫌がらせした記録を民衆にばら撒く悪者ですよ」
「お前、勧善はしないが懲悪はするんだな」
「私に善を勧められたいと思いますか?」
「誰の発言でも最後は自分で考えてこそだろう」
「ふむ……」
いつもなら師匠の口を諌めるのだが、世夏にはこの二人の距離感がよく分からない。一触即発の空気を感じていたのは自分だけだったのか、今日はたまたま機嫌が良いのか。
結局答えが出るより先に胡仰藍の屋敷に到着した。ここ数日の内に、世夏の中では下手な店や通りより見覚えのある門構えだ。
「では改めて。この私、胡仰藍に何の用ですか? 妖でも人でも、出せる金額と目的は要相談です。この前新設した晴流風商会に用があるなら担当者も呼んできましょう」
門の前で振り返る胡仰藍は、手慣れた様子で商売文句を並べたてる。末尾には、最近付け加えたであろう一文も添えられていた。
「そんな商会ありましたっけ? もろに街の名前が入ってますけど」
「晴流傘南がこの街を主導する為の足掛かりです。やってることも分かりやすいですしね」
「ところで前に契約した小型は居ますか?」
世夏が従鬼とした妖の事を聞いてみると、今は厩舎に居るらしい。万が一自分の顔を忘れていたらどうしようと思ったが、会いに行かなければ始まらないので胡仰藍邸に足を踏み入れる。
「世夏達は知っていますね、こっちへどうぞ」
「前に庭を掘り起こしていた大型の足跡はもう残って無いのか」
「いや、あの時は楽しかったですね。酔いから醒めたら肝も冷えましたけど」
世夏達が思い出話をしながら庭を歩ける程度には大きい敷地だということを実感しながら、目当ての建物の前に着いた。
「お邪魔しまーす」
「世夏は律儀ですね」
厩舎の中は妖が一体、または空っぽの房で仕切られている。妖は世夏を見て鼻息を荒くするだけで、高度なコミュニケーションを取ることは難しいように感じた。
「世夏のは一番端に居ますよ」
「まるで妖を飼ってるみたいですね」
「老頭という種族です。不測の事態でも抑え込みやすいのと、敷地の広さからここにまとめてますね」
建物の突き当たりに辿り着くと、他と比べれば小柄なものの、大人の馬と比べて勝るとも劣らない体躯をしている妖がいる。まだ名のない老頭は、世夏に気付いてのそのそと柵越しに歩み寄ってきた。
「流石に忘れてなかったか」
「従鬼ですからね。それより、この子をお友達と散歩にでも連れてってくれるのですか?」
「ちょっと遠出するので、荷物持ってくれたり、乗せてくれないかなー、なんて……」
世夏は言いづらそうに胡仰藍に伝える。今更都合が良いと思われないだろうか。しかし、胡仰藍は特に気にする素振りも見せずに準備を進める。
「そんなことですか。子供なら三人乗せれなくも……師匠さん、それより小さい姿は取れません?」
「出来なくはない」
「あのマスコット形態か」
世夏に覚えはあるが今その形で無いということは、何らかの問題から却下された訳である。
「私の真の姿に見惚れるがいい!」
師匠が呟くと、小さく跳ねた身体が白煙に包まれた。晴れるまで長くは掛からなかった。厩舎の土が露出した床に着地し、再び足で躰を支える頃には姿が変わっていた。寧ろ、世夏の目に付いたのは、師匠が四本の足ーーぬいぐるみのような羊の四肢で地面を踏み締めた所だった。
「どうだ」
「やっぱりその姿か」
「師匠さんは金羊だったのですね」
「かわいい!」
「え、立炉木?」
世夏以外の者は見たことがない姿だったが、卵黄でコーティングしたタルトのような鮮やかな体毛、おおよそ攻撃か何かに使える大きさではない丸まった角、元のふてぶてしさを感じられなくもない緩んだ顔、そして立炉木でも容易に抱え上げられそうなふかふかの体は、一部の者には非常に魅力的に映ったようだ。




