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第3話 食後の宿探し

「――先程はありがとうございました」

「ま、これが終わったら払って貰えるしね」


 世夏は今回の領収書は見ていない。由来代が依頼金を貰ったときに差し引いてくれることとなった。問題が一つ後回しになったからかは分からないが、店先に出るとやる気が湧いてくる。


「絶対成功させるぞ、師匠!」

「次も酒だな」

「師匠!」


 もう呑ませてなるものか、と思い世夏が注意するが、道行く人の目が気になりその見た目で飲まないでくれ、と世夏は言い掛けたが後方に何かの気配を感じ取り、思わず口を閉じた。


「おや、由来代が人を連れていますね」

「まともに挨拶しないのは相変わらずだな、胡仰藍」


 胡仰藍と呼ばれた男は暗い青の服に身を包み、横には覆面の人型を従えている。その者は肌を一切露出しておらず、極端に胴が細い。従鬼だろうと世夏は推測する。


「土地師はなんでこう変な人が多いんだ!」

「ひょっとしなくても僕のことも含んでいるよね」

「私は退治人ですよ。それは名刺です。要件があればそちらまで」

「おっと!」


 胡仰藍が自らの名刺を札として世夏に投げ渡す。飛んできたそれは、意思を持ち世夏の手の平に潜り込んだ様にも見えた。


「服の色を見れば見分けがつくと思いますがね」


 世夏は何の気なしに着ていた服だが、確かに開封屋の建物の屋根と同様赤系統の色が基調となっている。由来代、胡仰藍とも照らし合わせると、赤が開封屋、緑は土地師、青は退治人と言ったところか。


「ちょっと記憶喪失中なんだ。日常的なことは大体覚えていたつもりだけど、所々抜けているかも」

「ほう……そうでしたか。おっと、心眼焼きが出来たみたいですね。さようなら、お元気で」


 胡仰藍は世夏の返答に興味を示したのか、猫のように瞳を丸くする。このまま暫く問答が続くかと思いきや、千里庵に備え付けられた屋台のような場所で何かを受け取り、取り巻きに指示を出す。


「掴み所のない奴だったな」

「心眼焼きってなんだ……」

「この店のメニューで、要するに目玉焼きの黄身抜きだね」


 黄身の方が好きな世夏としては、誰が頼むんだという気持ちだったが、折角なので先程貰った名刺を眺める。


「呪術三家当主、破病術士胡仰藍」

「漢字が多くて眩暈がするな」

「あの退治人、呪術士なのか」


 人間や妖の宿す妖力を、道具や媒体に縛られることなく体系化した呪術。基本的には門外不出の為、胡仰藍がどのような術を使うのかはさっぱりだ。


「彼は主に病気を扱う術士だね。性質上、一般の人からは滅傷、壊痛の当主よりも避けられてるかな」

「どの一門もキツい名前だな……」


 世夏は先程の事を思い出す。特に変わった人じゃないと思ったのは先に由来代に会っていたからだろうか。


「呪術三家は最も影響力のある退治人の集まりだから、名を目にする機会は多いよ」

「で、由来代。貴様の匣はどこにあるんだ」

「今回は鍛冶屋に寄ろう。頼んだ鋳物が出来ている筈だ」

「特注なんですか? 高そうですね」


 散財した訳ではないが、ここに来るまでにほとんどの所持金を使い果たした世夏達。自分の使う術が安上がりなことに今ほど感謝したことはない。


「一応原型と材料は自前だし、そこそこかな」

「ほら、早く行くぞ。この街の鍛冶屋はどこだ」

「取ってくるから散策でもしていたらどうだい?」


 勝手に着いていくつもりであったが、一休みも兼ねて別れて行動することにした。思えば晴流傘に来るなり依頼を受けに行ったため、ようやく落ち着いて観光できそうだ。


「宿を見繕うぞ。何日滞在するかは分からんが、良さげな所を選べ」

「そんなこと言っても分からないぞ。なんか、開封屋は組織直営の宿泊施設があるらしいけど」


 開封屋組合での説明を思い出し、師匠に告げる。良し悪しは置いといて、開封屋は無料で利用できるとの事だったので、最初から他の場所は選択肢に無かった。


「良ければ案内しましょうか?」

「あれ、胡仰藍さん?」


 一行は突然後ろから声を掛けられたので、振り向くとさっき別れた退治人の男がいた。やっぱりちょっと変わった人なのかもしれない。


「由来代はどこかに行ってしまったのでしょう? 下手に交わって新人を置き去りなんて、いい加減な奴だ」

「貴様の方の用事はなんだ? あの男がいたら何か不都合でもあるのか」


 師匠が聞きづらいことにはお構いなしで、ずけずけと踏み入る。困らされる時も多々あるが、こういう時は心強い存在である。


「人捜しの途中でして、うっかり聞きそびれてしまっただけですよ」


 胡仰藍は簡単に要件を述べる。由来代が関係しているかは分からないが、確かに困りごとはあったらしい。


「彼が言ってませんでしたかね。破病術士は一般人からは忌避されているのですよ。くしゃみをしたら噂される始末です、嫌になりますね。私の標的がくしゃみで済む筈がないのに」

「要点を話せ。その者の特徴は」


 聞き飽きたとばかりに師匠が胡仰藍を急かす。聞いてくれるのはありがたいが、やっぱり任せっきりにするには不安が大きい。


「師匠、教えて良いのか? どんな人を捜してるのかかさっぱり分からないけど」

「こういった手合いは下手に誤魔化すとしつこいぞ。この街に知り合いもいない。誰がどうしようと貴様に関係はないだろう」

「小生意気でかわいい師匠さんですね。白髪の女の子を捜しています。割と珍しいので、見たら忘れないとは思いますが」


 確かにこの街で白髪の人間はあまりいない。それでも全くという訳でもないので、世夏は付近を見回す。


「そうなのか? あそこの人は違うのか?」


 目に入った女性をそれとなく示してみる。


「あれは従鬼ですよ」

「確かにあれは人の類ではないな」

「なんだよ二人して」


 何の変哲もない人に見えたが、妖の類だったらしい。そもそも一般人には見えないらしいが、見える人はどうやって判別してるのか世夏にはよく分からない。


「良いんじゃないですか、妖力に振り回されている感じが初々しくて」

「とにかく、そういうことだ。行くぞ、世夏」

「つれないですね。名刺、大事にしてくださいよ。いつ手を貸しても良いですから。報酬さえあれば」

「あれ、宿に案内してくれるんじゃなかったのか?」


 その場で解散する流れになったので、世夏が師匠に尋ねる。このままだと胡仰藍が捜していた人を聞いただけになってしまう。


「肩を見てみろ」

「ん? うわ、なんか紙が動いてる!」


 世夏が首を傾けると、紙人形が肩で靡いている。術で動いていると分かっていても、無機物が外的な力を受けずに動いているのは少し怖い。


「奴の術だろう。お前も札を使うのだからこの程度で動じるな。早速案内して貰うぞ」

「師匠、よく見えたな……小さいのに」

「私にかかれば小指ほどの紙切れでも見逃さぬ」

「いや、師匠の大きさだよ。俺の股下くらいしかないじゃないか」


 師匠が自信満々に話していたところ、世夏の一言で不意に中断される。口を閉ざして確かめるように足元を見つめ、その後視線は世夏に移った。


「お前がこの姿が良いと言ったんだろうがロリコン野郎」


 師匠は本来の姿でうろつくと世夏から文句を言われるので、外見を変えている。何個か候補はあったが、人目についても大丈夫と思われたものが一つしかなく、パッと見は幼女を連れ歩いているような形になってしまった。


「そう言うことじゃないだろポンコツ妖!」

「世夏、言うことはそれで終わりか!」


 言い合いから始まったが、師匠が世夏の脚に組み付いてくる。世夏の方もそのままにする訳にはいかず、引き剥がそうと押したり引いたりが始まった。




「――着いた……」


 開封屋の宿泊施設の前に、多少の疲弊を隠せない世夏と師匠がいた。その胸中は、かなり綺麗な建物である事への嬉しさ半分、また実績不足により弾かれるのでは無いかという不安が半分だった。

 あまり人目に付きたがらない世夏は、先程の事を嫌でも思い出す。何かある訳では無いが、断られる為に話し掛けるのは出来るだけ避けたい。


「他の人には子供相手に喧嘩してるように見えるんだろうか……」


 さっきまでの行動を振り返り、世夏がげんなりした表情を浮かべる。


「不服ではあるが、従鬼とじゃれついてる程度にしか思ってないだろう」


 そう言うものか、と世夏。いよいよ扉を開く。


「いらっしゃいませ、証明書をお見せください……実績無しですか」


 開封屋は術に使用する以外で一枚の札を持っている。いわば名刺の様なものだが、世夏の札の裏は真っ白である。

 あえて言うこともないので、固い表情のまま俯く。


「二階、椿の部屋をお使いください。お連れの方も同室で問題ないでしょう。食事は出ません、トイレは共有のものが一階にあります。風呂はありませんが、裏手の方で勝手に湧いてますのでそちらで。備品などを破損や紛失した場合請求します。管理はしていますが、その他のトラブルには応じないことがあります。これ、鍵です」


 宿泊許可が降りた。望んでいたことだが、これには世夏も驚いた。しかし、その僅かな間も許さず畳み掛けられる事務的対応。一通り受付での話が終わると世夏は困惑した表情を浮かべていた。これは、喜びによるものか、新たに個性の強い人物に遭遇した衝撃かは分からない。


「あの」

「質問ですか?」

「いや、やっぱりいいです」


 とりあえずと口を開いたが、受付の女性に圧されてそのまま口を閉じる。ちらりと師匠を見ると、目があった。この先思いやられそうだ。何となく、言いたいことが分かった。

 別に聞きたいことがまるっきり無かった訳ではない。こんな自分でも受け入れられるのか。そう思ったが、口に出すことが出来なかった。そのまま、結局黙って二階へ上がる。


「ようやく荷物を置けるな。枯岩村に行って白雲を滅するのがいつになるかは知らないけど、何個か陣形を見繕おう」


 割り当てられた部屋は十五畳程の広さで、実質一人用にしては快適に使えそうだ。備品と言えそうなものは、今師匠と世夏で囲っている座敷用の机が一つ。


「ところで、これからは開封屋の依頼も増えるだろうが、私に頼るのは最終手段だからな?」

「ああ、出来るだけやってみる」


 世夏は師匠に笑い掛けると立ち上がり、吊り下げられた照明を睨む。何の変哲もないように思われたが、突然眩い光を放つ。扉の隙間から溢れ出す程の輝きに獣の様な影が映った。

 師匠の姿は見えない。右手で顔を覆う世夏に妖獣が狙いを定める。


「意地が悪いな。勝手に人を試そうなんて」


 世夏が右手の指先を僅かに捻る。二本の指で挟んでいた札が妖獣へと向けられ、世夏は術を唱える。


「此処に古くからの標を示す。我を通じて道を開け」


 純粋な自身の妖力を放出する札術である。世夏が机に座り込み天井を見上げると、今度はしっかり固定された本物の明かりが光っている。


「この街は宿を取るのも一苦労だな。だけど、俺の負い目も妖と一緒に少しだけ祓えたかもしれないな」

「なーにが妖と一緒に祓えた、だ。今度こそ依頼に備えて作戦会議よ」

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