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第29話 入道下調べ

 叔父を見送る立炉木の背中を世夏が叩く。何か言いたいことがあるようだ。


「立炉木、あれ危険でも何でも無かったじゃないか!」

「世夏さんこそ脅かさないでくださいよ! 変な見得切ったの思い出して恥ずかしくなりましたよ!」

「屋敷神の癖に自分の名前を書くやつは初めて見たな」


 言い争う二人を意に返さず、師匠が思ったことをそのまま口に出す。


「ま、まあ後でもっとちゃんと調べようか。今は依頼だ依頼……ていうか明日ってどういうことだよ、めちゃくちゃ早いじゃないか!」

「身内が帰ってくるのは予想外だったんですよ! 布団出さないで良いのは楽ですけど」


 ホッと一息つく立炉木に世夏は思ったことがあった。


「え、今日泊まらせてくれるつもりだったのか?」

「いや。あー、そうですか、そうですね……」


 立炉木は考えをまとめるのと同時に話しているような具合で、他人に言っているのか自分に言い聞かせているのかは定かでない。しかし強引ではあるが、依頼までの期限が決められて世夏も気が引き締まる。


「どうするんだ? 六眼青眼入道?」

「惜しいですね、六青眼入道です。一応奥の部屋に資料がまとめられた部屋があるので、二人で探しましょう!」


 世夏は居間の奥に行く立炉木に付いていく。立炉木が襖を横に押しやると、恐らく彼の仕事部屋の全貌が明らかになった。師匠は自然な流れで戦力外通告を受けたので、後ろで花瓶を見つめている。


「さて、あの棚の中の何処かにあります!」


 奥の部屋には大小様々な箱や棚が乱立しており、立炉木の視線を辿ってもあの棚というのがどれかは判別が難しい。四方の壁は息苦しそうに紙で埋まりかけているものの、床には読みかけの資料や戻しそびれた書物はない。

世夏は、最初こそ立炉木にしてはごたついている部屋だと思ったが、収容限界まで詰め込んだ上で物の散乱を控えた結果なのかもしれない。


「立炉木、隅の棚には何が入ってるんだ?」

「ここより北方、雛原方面の資料です。地図とか、過去の妖とか、植生もある程度。それより……ああ」


 この密度で世夏にいまいち伝わっていなかった事に気付き、立炉木が部屋の右奥を指す。


「あっちの一番高い棚のどっかの本のどっかの頁で見た覚えはあります」

「六青眼青六眼入道を?」

「そうです、その妖です」


 お互いの話に深く触れることはなく、作業は始まった。立炉木は立炉木で、別の棚を漁る。

 世夏は、目の前の棚を注視する。資料の背面は古い紙を繋ぎ合わせるのに精一杯のようで、題名を確認するどころか破れてしまわないか心配になる。


「この本は山鬼海霊録っていうのか。載ってる書物の題名だけでも分かればなー」


 どっかの本ということなので、中身を見なければ始まらない。生々しい挿絵が挟まれてないことを願いつつ、世夏は表紙をパラパラとめくる。


「六青眼入道のことは書いてないのかな」


 世夏は部屋の隅に座り込み、一冊一冊手にとって確認していく。日が傾くにつれて、少しずつ棚の空きと脇に詰まれる本が増えていった。

途中、部屋の暗さに世夏が顔を上げると、もう窓からの明かりだけでは厳しいと判断した立炉木が照明を点けた。


「もうほとんど読み終わったけど……あ、この妖、眼が六つある!」


 見落とした可能性が頭をよぎり始めた頃、ようやく世夏の開く頁にそれらしい妖の姿があった。最終的に眼の数が少ない挿絵は読み飛ばしていった作戦が功を奏した。


「立炉木、見つけたぞ。ついでに面白い妖の話聞くか?」

「覚えてたら後で聞きます。どこら辺ですかね?」

「この頁のこいつだろ、多分」


 世夏は立炉木と一緒に書かれている内容をいくつか読みあげる。


「六青眼入道、性格は温厚。山の風穴と一体化するように住んでいる。基本縄張りの外に出歩く事は無い。黒楼山、大仙墟、天岳などで筆者は目撃した」

「書いた奴は相当の妖好きか」

「あ! 師匠、起きちゃったのか」


 良いタイミングで師匠が首を突っ込む。世夏達が部屋に篭り資料を調べる一方、師匠は居間で大の字になり眠っていた。世夏は気持ちよさそうに体を伸ばす師匠と対照的に少し残念な顔を浮かべる。いつ起こそうかと思っていたが、その手間は必要なかったらしい。


「見つける頃合いは私の読み通りだったようだな」

「腹が減って起きただけだろ」

「世夏、変な言い掛かりをつけるでない! 見ろ、時計もちょうど18時を指しておる」

「腹時計じゃないか」

「一言多いぞ!」


 普段と一緒に見えて、どこか立場が逆のようなやり取りが交わされた。立炉木はそんな二人を尻目に、床に正座をして入道の頁を読んでいる。


「大仙墟はここから東の山岳地帯にあります! 蛇腹みたいな山腹を登った後、傾斜の浅い尾根を歩いた先ですね!」

「何が固有名詞でどれが妖退治の専門用語だ……?」

「その何かは一つだけですけど」


 立炉木の側には、彼が先程読んでいた冊子が積まれている。地名のような名前が表紙に記されているものが多い。地図に近いが、過去の事件や妖の携わった出来事まで網羅する、土地師としては必携品に近い品である。


「そうだな、小さい子供に話すならもっと崩さなければな」

「いや、師匠は見た目だけなのでは? まあいいです、大仙墟って山に登ります。急勾配の後はなだらかな道です」


 立炉木の横に積まれた地図は、同じ地域でも新品同然で保管されているものや、年代を感じさせるものまで様々で、立炉木のやる気が分かる。世夏も自分が調べ物に勤しむ間、彼は彼で真面目に作業をこなしていた事に一安心した。


「この山は一般人立入禁止のエリアがありますね……数年前に崩落があったようですが、大丈夫かな……」

「書いてるのは一般の奴ではないのだな」

「恐らく現地に造詣の深い土地師ですね」


 師匠と立炉木のやり取りを聞きつつ、世夏は居間に飾られた梅花空木の花枝を眺めていた。いくら見つめてもここまで香りは漂って来ないらしい。


「人の足だと幾日かかるか分かったものじゃないな」

「先輩方に山男のような人がたまにいるのはそのせいか……?」

「貴様の人間関係は知らぬ」


 世夏が他人事ながら大変なんだなと思っていると、立炉木から信じたくない一言が飛び出してきた。


「まあ、明日から我々も一週間は歩きっぱなしですけどね」

「え、急に?」

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